六月に入って、
私は少しだけ窓口に慣れてきた。
それでも、
主任の視線は相変わらず分かる。
顔を上げると、
遠くのデスクからこちらを見ている。
目が合うと、すぐ逸らされる。
気のせい……だよね?
ある日、若い男性のお客様が続いた。
笑顔で対応して、無事に手続きも終わる。
「ありがとうございました」
いつもより少しだけ、
自然に言えた気がした。
後ろに下がると、
同じ課の先輩がひそっと言う。
「最近、堂々としてきたね。
さっきのお客様、
ちょっと嬉しそうだったよ?」
「え、そうですか?」
その瞬間。
「……へえ」
低い声。
振り向くと、主任が立っていた。
「仕事、終わった?」
「は、はい」
主任は私の手元の書類を軽く見て、
それから一言。
「ちょっと来て」
え。
人気の少ない打ち合わせスペースに入る。
ドアが閉まる音が、やけに大きい。
「さっきの対応」
「何か、まずかったですか?」
「いや」
主任は腕を組んで、私を見る。
「楽しそうだったなって」
心臓がどくんと鳴る。
「え……?」
「よく笑ってた」
「それは、お客様なので……」
「うん。分かってる」
そう言いながら、少しだけ距離が近い。
「でもさ」
主任は、ほんの少しだけ声を落とした。
「他の男と楽しそうにしてるの、
あんまり見たくない」
……え?
言葉の意味が、すぐに飲み込めない。
「しゅ、主任?」
主任は一瞬だけ目を逸らして、
軽く息を吐いた。
「……ごめん。今の忘れて」
「……」
「職場だしな」
その言い方が、逆に本気みたいで。
「主任、もしかして……」
勇気を出して、聞く。
「ちょっとだけ、嫌でした?」
一瞬の沈黙。
次の瞬間、主任の手が、
机の端に置かれた私の指のすぐ横に置かれる。
触れてはいない。
でも、逃げ場のない距離。
「新人のくせに、生意気」
低く笑う。
「……嫌に決まってるだろ」
頭が真っ白になる。
「だって俺、」
そこで言葉を止めて、
主任はまっすぐ私を見る。
「ずっと見てきたから」
配属された日から。
凹んでいた日も。
必死でメモを取っていた日も。
うまく言えないけど、胸の奥がざわつく。
「主任の前では……緊張するんです」
正直に言うと、主任は少しだけ目を細めた。
「じゃあ、慣れて」
一歩、近づく。
「……俺に」
空気が、少しだけ甘くなる。
廊下の足音が聞こえて、
主任はすっと距離を戻した。
「……ほら、戻るぞ」
何事もなかった顔でドアを開ける。
でも、去り際に小さく言った。
「今日の帰り、少し時間ある?」
振り返った私に向けられたその目は、
ほんの少しだけ、特別で。
心臓が、うるさい。
銀行の中はいつも通りなのに。
私の世界だけ、
少し変わり始めている。
私は少しだけ窓口に慣れてきた。
それでも、
主任の視線は相変わらず分かる。
顔を上げると、
遠くのデスクからこちらを見ている。
目が合うと、すぐ逸らされる。
気のせい……だよね?
ある日、若い男性のお客様が続いた。
笑顔で対応して、無事に手続きも終わる。
「ありがとうございました」
いつもより少しだけ、
自然に言えた気がした。
後ろに下がると、
同じ課の先輩がひそっと言う。
「最近、堂々としてきたね。
さっきのお客様、
ちょっと嬉しそうだったよ?」
「え、そうですか?」
その瞬間。
「……へえ」
低い声。
振り向くと、主任が立っていた。
「仕事、終わった?」
「は、はい」
主任は私の手元の書類を軽く見て、
それから一言。
「ちょっと来て」
え。
人気の少ない打ち合わせスペースに入る。
ドアが閉まる音が、やけに大きい。
「さっきの対応」
「何か、まずかったですか?」
「いや」
主任は腕を組んで、私を見る。
「楽しそうだったなって」
心臓がどくんと鳴る。
「え……?」
「よく笑ってた」
「それは、お客様なので……」
「うん。分かってる」
そう言いながら、少しだけ距離が近い。
「でもさ」
主任は、ほんの少しだけ声を落とした。
「他の男と楽しそうにしてるの、
あんまり見たくない」
……え?
言葉の意味が、すぐに飲み込めない。
「しゅ、主任?」
主任は一瞬だけ目を逸らして、
軽く息を吐いた。
「……ごめん。今の忘れて」
「……」
「職場だしな」
その言い方が、逆に本気みたいで。
「主任、もしかして……」
勇気を出して、聞く。
「ちょっとだけ、嫌でした?」
一瞬の沈黙。
次の瞬間、主任の手が、
机の端に置かれた私の指のすぐ横に置かれる。
触れてはいない。
でも、逃げ場のない距離。
「新人のくせに、生意気」
低く笑う。
「……嫌に決まってるだろ」
頭が真っ白になる。
「だって俺、」
そこで言葉を止めて、
主任はまっすぐ私を見る。
「ずっと見てきたから」
配属された日から。
凹んでいた日も。
必死でメモを取っていた日も。
うまく言えないけど、胸の奥がざわつく。
「主任の前では……緊張するんです」
正直に言うと、主任は少しだけ目を細めた。
「じゃあ、慣れて」
一歩、近づく。
「……俺に」
空気が、少しだけ甘くなる。
廊下の足音が聞こえて、
主任はすっと距離を戻した。
「……ほら、戻るぞ」
何事もなかった顔でドアを開ける。
でも、去り際に小さく言った。
「今日の帰り、少し時間ある?」
振り返った私に向けられたその目は、
ほんの少しだけ、特別で。
心臓が、うるさい。
銀行の中はいつも通りなのに。
私の世界だけ、
少し変わり始めている。



