私だけに見せる、彼の独占欲。

それから数日。

主任は、廊下ですれ違うたびに、ほんの一瞬だけ目を合わせてくるようになった。

「今日、声出てたね」

「は、はいっ」

それだけ。
それだけなのに、一日頑張れた。

ある日の夕方。
閉店後のロビーで、私は一人、伝票の再確認をしていた。

また小さなミス。

やっぱり向いてないのかな……。

「残業?」

背後から、あの声。

振り向くと、主任がネクタイを少し緩めて
立っていた。
昼間より少し柔らかい。

「確認が遅くて……すみません」

「なんで謝るの」

主任は私の隣の椅子を、当然みたいに引いた。

距離が、近い。

同じ書類をのぞき込む。
肩が触れそうで触れない。

「ここね、数字は合ってるよ。考えすぎ」

「でも……」

「“でも”禁止」

さらっと言って、
ペンで軽く私の伝票を指した。

その横顔が、近すぎる。

「新人が一番ダメなのは、
ミスじゃなくて自信なくすこと」

「……」

「ちゃんとできてるのに、自分で減点してる
でしょ?」

そう言って、
ふっと私の顔をのぞき込んだ。

目が、合う。

逃げられない距離。

「そんなに怖い?」

「な、何がですか」

「俺と話すの」

心臓が、跳ねる。

「……ちょっとだけ」

正直に言ったら、主任は少し笑った。

「よかった」

「え?」

「嫌われてるわけじゃないなら」

その言い方が、ずるい。

「主任は……
誰にでもこうやって教えてるんですか?」

また聞いてしまった。

主任は一瞬だけ考えて、静かに言う。

「残業してる新入生に、
わざわざ隣に座るのは、たぶんお前だけ」

息が止まる。

ロビーはもうほとんど人がいない。
静かな空気。

主任の指が、私の伝票を押さえる。
その手の甲が、

ほんの少し、
私の指に触れた。

熱い。

「そんなに緊張しないで」

低い声。

「ちゃんと見てるから」

「……何をですか」

「頑張ってるとこ」

胸の奥が、きゅっとなる。

主任は立ち上がり、
私の椅子の背に軽く手を置いた。

「明日もミスしていいよ」

「え?」

「その代わり、ちゃんと成長して」

少しかがんで、私の耳元に近い距離で。

「俺が見てるから」

吐息がかかりそうな距離。

もう、心臓が忙しい。

主任は何事もなかったみたいに離れていった。

「ほら、帰るよ」

その背中を見ながら、私は立ち上がる。

もう凹んでなんかいられない。

だって――

“見てる”って言われた。

仕事も。

そして、たぶん……私も。