私だけに見せる、彼の独占欲。

スーツを着ると、
少しだけ強くなれた気がする。

紺色のジャケット、
まとめた髪、
低めのヒール。
ちゃんと「銀行員」に見える。

でも――

窓口で言葉を噛む。
伝票を間違える。
先輩に「落ち着いて」と言われる。

こんなはずじゃなかったんだけどなぁ……。

女子大を出て、いよいよ社会人。
もっとテキパキしてしている自分を
想像していた。

現実は、
昼休みにロッカー室でため息をつく。

「はぁ……」

「なに、凹んでるの?」

低くて、少し笑いを含んだ声に、
びくっとした。

振り返ると、営業課の主任。

背が高くて、
いつも服装もきちんとしている人。

何度か廊下ですれ違ったことはあるけど、
あいさつ程度で話したことはない。

「い、いえっ、別に……!」

慌てて立ち上がると、
ヒールがカツンと鳴る。

主任は少し首をかしげて、私を見た。

「今日、窓口で頑張ってたでしょ」

「……見てたんですか?」

「うん。声、ちゃんと通ってたよ」

思ってもみなかった言葉に、

「でも、ミスもして……」

「一年目でミスしない人、逆に怖いけど」

くすっと笑うその顔が、少し近い。

「真面目すぎるんじゃない?」

「……え?」

「ちゃんとできなきゃって顔してる。
まだ四月だよ」

主任は自販機にコインを入れて、
缶コーヒーを一本、私に差し出した。

「はい。頑張りすぎ新人用」

「え、あの……ありがとうございます」

指が触れた瞬間、びくっとした。

主任と何を話せばいいか分からない。

「困ったらさ、
課が違っても聞きに来ればいい」

「いいんですか?」

「うん。凹んでる顔、似合わないし」

その一言で、
顔が一気に熱くなる。

「主任って、
みんなに優しいんですか?」

思わず聞いてしまってから、
しまったと思った。

主任は少しだけ目を細めて、言った。

「さあね。どうだろう」

その曖昧な笑い方が、
ずるい。

「でも、なんか、放っておけないかも」

今度は、心臓が、
どくん、と大きく鳴った。

「また凹んでたら、声かけるから」

そう言って
主任は廊下の向こうへ歩いていった。

私はしばらく動けなかった。

さっきまでの落ち込みが、嘘みたいに軽い。

銀行員としては、
まだまだだけど……

もしかしたら明日、
ほんの少しだけ、
前を向けるかもしれない。

だって――

「凹んでるの?」って、

また聞いてほしいって思ってしまったから。