ようやく綾瀬先輩と想いを通わせることができた、その日の夜。
咲良はベッドの中で深く息を吐きながら、親友の茉那にLIMEで付き合うことになったと報告を入れた。
画面の向こうの茉那はまるでお祭り騒ぎで、自分のことのように大喜びしてくれた。
数えきれないほどの祝福のスタンプが、咲良の頑なだった心をさらに温かくしてくれた。
そして迎えた、次の日の朝。
咲良が教室の引き戸を開けた途端、ものすごい勢いで人影が突進してきた。
「咲良――っ!!本当におめでとう――っ!!」
「わっ……っ!」
勢いよく抱きついてきた茉那を受け止め、咲良はバランスを崩しそうになりながらも、自然と口元を綻ばせる。
「ありがとう、茉那。昨日はいっぱい話を聞いてくれて嬉しかった」
真っ直ぐに伝えた感謝の言葉に、今度は茉那が「へ?」と動きを止め、口をあんぐりと開けて驚いた。
「きゃー! あの頑固な咲良がめちゃくちゃ素直なんだけど!?大変、明日は雪が降るかも~!!」
「ちょっと、はしゃぎすぎ。夏に雪が降るわけないでしょ」
大げさに身震いしてみせる親友に、咲良は苦笑いを返した。
だけど、自分の変化を一番近くで喜んでくれる茉那の存在が、たまらなく愛おしかった。
昼休み。
チャイムが鳴ると同時に、茉那が「ちょっと用事があるから先に行くね!」と言って、不敵なニヤニヤ笑いを残して教室を立ち去った。
「え?ちょっと、茉那ー?」
一人残された咲良が、机の上でお弁当箱を出していた、その時――。
廊下の方から、黄色い悲鳴の塊が教室へと近づいてくるのが分かった。
学校中の女子生徒たちが色めき立ち、口々に彼の名前を呼んでいる。
(……あ、蓮先輩だ)
トクン、と心臓が跳ね上がる。
(っていうか……私と蓮先輩って、本当に付き合ってるってことでいいんだよね……?)
夕暮れの踏切での甘い抱擁や、おでこへのキスの感触を今更ながらに思い出し、咲良はカッと顔を赤くした。
「みんなごめんねー。彼女の咲良ちゃんに会いに来たから、ちょっと道通してくれる?」
教室の入り口から響いた、聞き慣れた、だけどいつもよりどこか独占欲を滲ませた低音ボイス。
廊下で群がっていた女子生徒たちを鮮やかにかいくぐり、長い足を一歩一歩進めて咲良の席へと近づいてくるのは、他でもない蓮先輩だった。
『彼女』というあまりにもストレートな響きに、教室内は一瞬にして静まり返り、次の瞬間、爆発的な騒ぎに包まれた。
「マジ!?あの噂って本当だったの!?」
「た、小鳥遊さんが……あの有名な綾瀬先輩と付き合うなんて……」
「嘘でしょ、綾瀬先輩が彼氏とか最高じゃん!小鳥遊さん羨ましすぎるんだけど!!」
驚愕、嫉妬、そして純粋な興奮。
男子生徒も女子生徒も巻き込んだ周囲の騒ぎに、咲良は縮み上がりそうになる。
これまでの地味だった自分からは考えられないほどの注目を浴びて、だんだんと顔から火が出そうなほど恥ずかしくなっていく。
当の蓮先輩はというと、周囲の喧騒など全く耳に入っていないかのように、咲良の目の前で足を止めると、ニカッと眩しい笑顔を浮かべた。
「咲ー良ちゃん!飯行こ!」
まるで「散歩に行こう」とでも言うような気軽さで、先輩は咲良を見つめる。
「もう……っ、目立ちすぎですよ!」
咲良は真っ赤になった顔を隠すようにお弁当箱を抱え込むと、先輩に促されるまま、慌てて教室を後にした。
背中に浴びる無数の視線は熱かったけれど、前を歩く先輩の背中は、昨日よりもずっと身近で、頼もしく見えた。



