「もう、ここで大丈夫です」
咲良の家の近く、見慣れた角までたどり着いたところで、咲良は足を止めてそう告げた。
「そっか、わかった。じゃあまた、学校で」
綾瀬先輩はいつもと変わらない優しい笑みを浮かべ、繋いでいた手をゆっくりと離した。
すっと離れていく手のひらの温もりが妙に名残惜しくて、咲良は心細さに胸をきゅっと締め付けられる。
(私……結局、綾瀬先輩に何も答えを出してない……)
あんなに真っ直ぐな告白をしてくれたというのに。
綾瀬先輩は咲良に返事を問いただすことも、答えを急がせることも一切しなかった。
「家、着いたら連絡して」
それだけを言い残し、綾瀬先輩はじゃあねと手を振って、来た道を静かに去っていった。
夕陽が静かに降りてくる道で、ぽつんと取り残された咲良は、あっけなく終わってしまったデートの終わりに強い寂しさを感じていた。
もっと一緒にいたかった。もっとあの温かい手を繋いでいたかった。
(そっか……。今回のデートは、一回きりのお礼だって言ったのは私の方だ。だから綾瀬先輩は、あえて私との距離を保ってくれているんだ……)
今さらながら、過去の自分の頑なな言動に激しい後悔が押し寄せる。
また月曜日になれば、学校でいつもの日常が始まるのだろうか。
綾瀬先輩はいつも通りで、いつもみたいに笑いかけてくれて、咲良は変わらないままで。
あんなに大きな告白をしてもらったままで、自分は何も返さないなんて、最低じゃないか。
「私、ほんと自分勝手じゃない……」
ぽつりと溢した自嘲の言葉は、誰もいない道に冷たく響き、ふわりと舞った風にさらわれて消えていった。
今日、自分の気持ちを伝えなかったら、一体いつ伝えるというのだろう。
今日を逃したら、もう二度とこんな機会は訪れないかもしれないのに。
目を閉じれば、今日一日の出来事が鮮明に脳裏を駆け巡る。
水族館で無邪気に笑った顔、男たちに向けていた見たこともないほど怒った顔、橋の上で包み込むように見つめてくれた優しい顔、そして、自分の問いかけに焦って驚いた顔――。
先輩の表情を思い返すたびに、胸の奥がぎゅうぎゅうと痛いほどに締め付けられていく。
「私……綾瀬先輩が、好き。」
ふいにつぶやいた言葉は、誰に宛てたものでもなかったけれど、驚くほどすんなりと空気に溶けていった。
言葉にした瞬間、咲良の曇っていた胸の奥が、すーっと軽くなっていくのが分かった。
もう、偽物の自分なんて言い訳にして逃げたくない。
本当の私を全部知った上で、好きだと言ってくれたあの人に、今すぐこの想いを届けたい。
咲良は顔を上げると、綾瀬先輩が去っていった道の方向を見つめた。
そして、自分の本当の気持ちだけを胸に抱きしめて、風を切り裂きながら全力で走り出した。



