ORANGE×BOY



夕暮れのグラデーションが広がる橋の上で、咲良がただ一人、肩を震わせて泣き続けていた時だった。

「はぁ、はぁ……っ、咲良、ちゃんっ……!」

背後から、途切れ途切れの、だけど必死な足音と声が近づいてくる。

振り返るまでもない。
息を激しく切らしながら、限界まで走って追いかけてきたのは、紛れもない綾瀬先輩だった。

(嘘……どうして、ここまで……!?)

驚きに目を見開いた咲良は、反射的にまた足を踏み出そうとした。
今のぐしゃぐしゃに泣き腫らした顔を、醜い心を、これ以上綾瀬先輩に見られたくなかった。

「待って……っ!」

しかし、逃げ出そうとした咲良の身体は、背後から伸ばされた大きな手によって引き留められた。
がっしりと腕を掴まれ、身動きが取れなくなる。

「放してっ!……放してくださいっ!」

咲良は腕を振り払い、必死に抵抗する。
けれど、綾瀬先輩の手にさらに強い力がこもった。

「放さない……!」

切実な、今にも泣き出しそうな声が咲良の鼓膜を震わせる。

「今放したら、また……どこかに行っちゃうでしょ……っ!」

その言葉が、咲良の胸の奥にしまいこんでいたものが完全に決壊させた。

どうしてそこまでして自分を追うのか。

その優しさが、今の咲良にはあまりにも苦しくて、痛くて、耐えられなかった。

咲良は涙をボロボロとこぼしながら、胸に溜まったすべてを吐き出すように勢いよく叫んだ。

「もう、放っといてください……!あの写真、見ましたよね!?あれが、本当の私なんです!綾瀬先輩だって、本当は幻滅したんじゃないですか!?」

溢れ出る言葉を、もう誰も止められない。

「そうですよ!私、綾瀬先輩を騙してたんです! 中学の時、散々からかわれて、傷つけられて……だからどうしてもアイツらが許せなくて!見た目だけでも変えて見返してやろうと思って、高校デビューしたんです!見た目に言い寄ってくる男なんて、みんなこっぴどく振ってやろうって、傷つけてやろうって!今までそうやって、周りの人を騙してきたんですよ……っ!」

最低な告白だった。

自分の醜い復讐心を、あやし先輩への騙し討ちを、これで見限ってくれと言わんばかりに突きつける。

だが、そんな咲良の言葉を遮るようにして、綾瀬先輩は真っ直ぐに言い放った。

「それの何がだめなの?それでいーじゃん」

「……は?」

あまりにも予想外な全肯定に、咲良は涙で濡れた瞳を大きく見開いた。

「過去なんて関係ない。……咲良ちゃんの本質は、何も変わってないでしょ?俺、どんな過去の咲良ちゃんを見ても、好きなのを諦めるつもりなんて更々ないけど?」

「どうして……どうしてそんなこと、言い切れるんですか……っ!?」

見た目だけを見て好きになったくせに。
そんな綺麗な言葉、信じられるわけがない。

悲痛に問い詰める咲良に、

「ずっと見てきたから」

橋の上に、先輩の熱い声が響き渡る。

「毎日、毎日……咲良ちゃんのちょっと冷たい所とか、ふとした瞬間に柔らかく笑った顔とか、拗ねた所とか……茉那ちゃんになんだかんだで優しい所とか。意外とすぐ顔に出ちゃう所とか!俺の言動一つで、くるくる表情が変わる咲良ちゃんを、俺はずっと側で見てきたんだよ。だから、嫌いになるなんてこと、一瞬だって一度だってねーよ!」

「綾瀬先輩、」

「写真がなんだよ!過去がどうだって関係ねぇだろ!目の前にいる咲良ちゃんは、咲良ちゃんだろ!?俺の、世界で一番好きな咲良ちゃんには、変わりねぇーだろ!!」

それは、咲良の頑なな心を粉々に砕く、あまりにも純粋で、圧倒的な溺愛の証明だった。

自分の紡いできたすべてを、先輩はとっくに見抜いていて、その上で全部愛してくれている。

先輩の胸に深く刻まれた独占欲と、真っ直ぐな恋心が、咲良の凍りついた心をゆっくりと、だけど確実に溶かしていった。