ORANGE×BOY



「何してんの?」

低く冷え切った声が、男たちの罵声を鋭く切り裂いた。

「……っ!!」

次の瞬間、咲良の右手を掴んでいた男が悲鳴を上げて顔をしかめた。
その腕を、戻ってきた綾瀬先輩が恐ろしいほどの力で掴み返していたのだ。

あまりの痛みに男が勢いよく手を離し、咄嗟に自由になった咲良が驚いて振り返ると、そこにはかつて見たこともないほど静かな怒りを全身から放つ綾瀬先輩が立っていた。

「綾瀬、先輩……」

震える声でその名を呼ぶと、先輩は咲良を自分の背後に隠すようにして、男たちとの間にすっと割って入った。

「お前ら、寄ってたかってなんなの?遊んでほしいなら、俺が相手するけど?」

今にも殴りかかりそうな一触即発のオーラに、咲良は先輩の後ろで、ガタガタと震える手で先輩の白Tシャツの裾を強く掴んだ。

学校での優しい先輩からは想像もつかない激しい怒りに怯えながらも、咲良は一刻も早くこの場から離れたくて、不安で胸がいっぱいになる。

対する男たちは、綾瀬先輩の圧倒的な体格と威圧感に一瞬怯んだものの、すぐにヘラヘラとした下品な笑みを取り戻した。

「あー、待って待って!誤解っすよ!」

「あぁ、お兄さんって小鳥遊の彼氏さんっすか?俺ら、中学の同級生なんすよねー」

ニヤニヤと馴れ馴れしく話しかけてくる男たちに、先輩は眉間に深いシワを寄せたまま、背後の咲良へと声を落とす。


「……咲良ちゃん、そうなの?」

「……はい、本当です」

咲良が消え入りそうな声で事実を認めると、男たちはここぞとばかりに調子に乗って声を張り上げた。

「あまりに姿が変わってたんで、からかってただけっすよ」

「そーそー。お兄さんも可哀想っすよねー、こいつに騙されてんすから!ギャハハ!」

下劣な笑い声が公園に響き渡る。
その言葉を聞いた瞬間、咲良の顔から完全に血の気が引き、その場に真っ青になって固まってしまった。

(どうしよう……綾瀬先輩に、昔の私のことなんて、絶対に知られたくない……っ)

絶望に打ちひしがれる咲良の前に、綾瀬先輩がさらに一歩踏み出す。
眉間のシワをさらに深く刻み、地を這うような声で凄んだ。

「あぁ?何が言いてぇの?そんなことするわけねーだろ」

言うが早いか、先輩は男の一人の胸ぐらを力任せに掴み上げた。

あまりの剣幕に、咲良は弾かれたように叫ぶ。

「綾瀬先輩!もういいですから……っ!」

掴まれた男も慌てて手をバタつかせながら、必死の形相で叫び返した。

「待て待て!これ見てみろよ!」

男が突き出してきたスマホの画面には、ある写真が映し出されていた。

そこにいたのは、今のみずみずしい姿とは程遠い、垢抜けない地味な服を着て、野暮ったいメガネをかけて俯いて怯えている中学時代の――咲良の姿だった。

それを見た綾瀬先輩の目が、わずかに大きく見開かれる。

過去の醜い自分を、一番見られたくない大好きな人に突きつけられたショックで、咲良の頭はパニックに陥った。

「見ないでっ!!」

悲鳴を上げながら、男のスマホを掴み取ろうと手を伸ばす。しかし、男はそんな咲良を忌々しげに睨みつけた。

「おいおい、みっともねぇぞ!俺達が親切に教えてやってるのによぉ!!」

逆上のあまり、男が咲良の髪の毛を掴もうと大きな手を振り上げた――その瞬間だった。

鈍い衝撃音が、鼓膜を激しく揺らした。

「綾瀬先輩っ!!」

咲良の悲痛な叫びがこだまする。

綾瀬先輩の拳が、容赦なく男の顔面を捉えていた。
殴られた男は勢いよく地面に倒れ込み、鼻を押さえてうめき声を上げる。

(どうしよう、どうしようっ……
私のせいで綾瀬先輩が、暴力をっ……
ごめんなさい、ごめなさい……っ)

罪悪感と恐怖で涙が溢れそうになる咲良の横で、綾瀬先輩の怒りはこれっぽっちも収まっていなかった。

これでもかというほどにキレ散らかした目で、残りの男たちを睨みつける。

「だから何?それ、どう見ても盗撮だろ。――おい、消せ」

今にも次から次へと殴りかかりそうな綾瀬先輩の気迫に、完全に恐じ気づいた男たちは、腫れ上がった顔を押さえながら悲鳴のような声を上げた。

「わ、わかった!消す、消します!」

男たちは慌ててスマホを操作すると、命からがらといった様子で、そそくさとその場から逃げ去っていった。

静まり返った木陰で、綾瀬先輩は「ふぅ……」と荒い一息をつく。
そして、ゆっくりと咲良の方へと振り返った。

「咲良ちゃん、とりあえずそこ座って?」

促されるまま、咲良は力なくベンチに腰を下ろした。

だけど、その頭の中はすでに最悪な思考の渦に飲み込まれていた。

(綾瀬先輩に見られた……。過去の、あんなに惨めで地味な私を見られた。……きっともう、私に幻滅してるよね。嫌われたかもしれない……っ)

負のループがどんどん加速し、視界が涙で歪んでいく。

そんな咲良の様子を心配した先輩が、そっと大きな手を彼女の頬へと伸ばしてきた。

「怪我、してない――」

パシッ。

乾いた音が、二人の間に虚しく響いた。
咲良は、差し出された先輩の優しい手を、全力で振り払ってしまっていた。

綾瀬先輩が、驚きに大きく目を見開く。

取り返しのつかないことをしたと分かっていても、今の咲良には自分の醜い過去ごと先輩に向き合う勇気なんて、ひとかけらも残っていなかった。

「綾瀬先輩、ごめんなさいっ……!もう、今日で終わりにしてください。今までのこと、全部、無かったことにしてください……!」

泣き出しそうな、だけど張り裂けんばかりの悲痛な表情でそれだけを告げると、咲良は弾かれたようにベンチから立ち上がった。

そして、引き止める先輩の声に耳を塞ぐようにして、全速力でその場から走り去っていった。