水族館を出た後、綾瀬先輩は近くにある緑豊かな公園へと咲良を連れていってくれた。
「結構歩いたし、ここでちょっと休憩!」
綾瀬先輩はそう言って、大きな木陰にあるベンチに咲良を優しく座らせてくれた。
歩き慣れない靴で足が少し痛んでいたため、その気遣いがじんわりと身に染みる。
「飲み物買ってくるけど、何がいい?」
「そんな、悪いですよ!私も買いにいきます!」
至れり尽くせりの状況に恐縮して、咲良は慌てて立ち上がろうとした。
けれど、綾瀬先輩はそれを片手で制し、悪戯っぽく微笑む。
「ダーメ。今日は俺が咲良ちゃんに良い所見せる側だから!」
有無を言わせない、だけどどこまでも甘い笑顔。
咲良は胸をきゅっと掴まれながら、大人しくベンチに座り直した。
「……ありがとうございます。じゃあ、オレンジジュースで」
「了解。すぐ戻るから、ここで待ってて」
ひらひらと手を振りながら自動販売機の方へと歩いていく、高い背中。
それを見送った後、咲良は近くで涼しげに音を立てる噴水をぼんやりと眺めていた。
水面に反射するきらきらとした光を見つめながら、咲良は水族館で芽生えた自分の気持ちと、静かに向き合おうとしていた。
胸の奥から溢れそうになる、綾瀬先輩への温かい感情。
(私……やっぱり綾瀬先輩のことが、……)
心の中で導き出したその答えは、驚くほどすんなりと腑に落ちて、すーっと胸が軽くなった。
けれど、自分の恋心に気づいたのはいいものの、これから先輩とどう接していけばいいのかが分からず、咲良は一人で考えあぐねてしまう。
そんな時だった。
「おーい、お姉さーん」
「ひとりで何してんの?俺達と遊ばねぇ?」
低俗で下品な笑い声が、咲良の思考を無理やり引き裂いた。
せっかくの幸せな余韻を台無しにされ、咲良は不快感に眉をひそめる。
(最悪……こんな日に限って、絡まれるなんて)
心の中で悪態をつきながら、きっぱりと断ろうと顔を上げた。
しかし、声をかけてきた数人の男子高校生の顔を見た瞬間、咲良の身体は凍りついた。
(……えっ)
どこかで見たことのある顔ぶれだった。
記憶の底に蓋をしていた、忘れたくても忘れられないあの苦い過去――。
中学時代、咲良を散々からかい、そして何より、あの『倉橋くん』を執拗にいじめていた主犯格の連中だったのだ。
「なんで……ここに……」
予期せぬ最悪な再会に、咲良の唇からかすかな声が漏れる。
楽しかったデートの空気は一瞬にして吹き飛び、咲良の全身から一気に血の気が引いていった。



