ひとしきり笑い終えた咲良は、ふっと表情を和らげると、いつもよりずっと優しい眼差しを綾瀬先輩に向けた。
「茉那に言われて、来てくれたんですよね。……ありがとうございます」
「あ、いや……」
真っ直ぐなお礼の言葉を予期していなかったのか、綾瀬先輩は少し驚いたように瞬きをした。
それから、「いてもたってもいられねーと思ったから……」と、バツが悪そうに少し照れながら目線を斜め下に反らす。
そんな先輩の姿を、咲良は見つめ返していた。
そして、まだ痛みのない左手をそっと伸ばす。
「えっ……咲良ちゃん?」
何がなんだかわからないといった風に、先輩の身体がピクリと固まる。
咲良はその綺麗な瞳を見つめながら、先輩の頭にかぶさっていた黒髪のウィッグを、ゆっくりと、滑り落ちるようにして外した。
夕暮れの倉庫に、バサリとウィッグが落とされる。
遮るもののなくなった先輩の頭髪が、窓から差し込む美しい夕日の光を浴びて、まるでそれ自体が発光しているかのようにきらきらと輝いた。
いつも通りの、鮮やかな金髪。
咲良は少しの間、その金髪と、露わになった先輩の素顔をじっとまじまじと見つめた。
そして、少しだけにこりと微笑む。
「知ってますよ。本当は私のために、かぶっててくれたんですよね」
「あー……。いや、まぁ……」
図星を突かれた先輩は、頬をポリポリとかきながら口を濁した。
普段の強気な『不良』の面影はどこにもなく、ただの恋する男の子の顔になっている。
「でも……」
咲良は一歩だけ先輩に近づくと、その真っ直ぐな目をしっかりと見つめて言った。
「綾瀬先輩はやっぱり、こっちの方がずっと似合ってます」
その瞬間、綾瀬先輩の動きが止まった。
夕暮れの光の中で、先輩の瞳の奥に、さっきまでのおちゃらけた空気とは違う、どこか熱を帯びた真剣な光が灯る。
先輩は咲良を見つめ返したまま、一音一音を確かめるようにして静かに言葉を紡いだ。
「それって……つまり、咲良ちゃんが少しでも俺のことを意識してくれてる、って思っていいの?」
「え……っ!?」
急に男らしい、真剣な表情で距離を詰められ、咲良の心臓がドクンと大きく跳ね上がった。
みるみるうちに顔が真っ赤に染まっていくのが自分でもわかる。
「あ、えっと……!それは、その……!」
今度は咲良がよそよそしくなり、慌てて視線を泳がせた。
そんな咲良の分かりやすすぎる動揺を見て、綾瀬先輩は緊張の糸を解くようにくすりと小さく笑った。
「ごめん。ちょっと意地悪したわ」
そう言って、先輩は咲良の痛んでいない方の左手を、大きな手でそっと包み込んだ。
そのままゆっくりと優しく引っ張り、床に座り込んでいた咲良を立たせる。
「え、綾瀬先輩……?」
驚いて見上げる咲良に、先輩はいつもの、だけどどこか安心しきったような、底抜けに眩しい笑顔を向けてみせた。
「茉那ちゃんが心配して待ってるだろーし、そろそろ行こっか」
「あ……はい」
「ほら、おいで」
繋いだ左手にほんの少しだけ力が込められ、咲良は促されるように一歩を踏み出す。
いつもなら、照れ隠しで、あるいは拒絶するようにすぐに振り解いていたはずのその手を――今の咲良には、どうしても振り解くことができなかった。
繋がれた手のひらから伝わってくる先輩の体温が、夕暮れの帰り道を、じんわりと温かく満たしていくのを咲良は感じていた。



