熱狂に包まれた体育祭の閉会式が終わり、グラウンドにはどこか祭りの後の寂しさが漂い始めていた。
生徒たちがそれぞれの担当に分かれ、一斉に後片付けの作業へと入る。
「よいしょ、これで最後かな?」
茉那と咲良は、グラウンドの隅に置かれたカラフルなコーンをせっせと重ねて集めていた。
その時、「あ、茉那ちゃん!ちょっと手伝って!」と、離れた場所から他クラスの女子生徒が声を張り上げるのが聞こえた。
「あ、ごめん咲良!すぐ戻るから、そこまで運んでて!」
「あ、ちょっと、茉那――」
引き留める間もなく、茉那は「お願い!」と手を合わせながらタタタッと駆けていってしまう。
「もー、しょうがないなー……」
一人残された咲良は、重なったコーンを両手で抱え、小さくため息をついた。
これ、どこに片付ければいいのだろう。
途方に暮れて、近くを通りかかった上級生らしき男子生徒に声をかける。
「あの、すみません。このコーンってどこに片付ければいいですか?」
「ん?あぁ、それなら多分あっちの奥にある古びた倉庫にしまってあったはずだけど」
近くにいた上級生が指さした先は、運動場から少し離れた、木々の影に隠れるようにして建っている木造の古い倉庫だった。
「ありがとうございます」とお礼を言い、咲良はずっしりと重いコーンを落とさないよう抱え直して、その倉庫へと歩いていった。
キィ、と嫌な音を立てて古い扉を開けると、中は夕方だというのにひんやりとしていて薄暗い。
埃っぽい匂いに眉をひそめながら、咲良は倉庫の奥へと進み、指示された場所にコーンをせっせと重ねていく。
「ふぅ……やっと終わった」
額の汗を手の甲で拭い、一息ついた、その時だった。
ゴォッ、と少し大きな隙間風が倉庫を吹き抜ける。
その風に煽られるようにして――バタァンッ!と、すさまじい音を立てて背後の扉が閉まった。
「きゃっ!?」
心臓が跳ね上がる。
驚いて勢いよく後ろを振り返り、咲良は慌てて扉へと駆け寄った。
薄暗い中、手探りで古いドアノブを掴み、外へ出ようと回してみる。
――ガチャ。
「え……?」
ノブは回るのに、扉がピクリとも動かない。
何かが外側から引っ掛かっているのか、まるで壁のようにびくともしなかった。
「嘘、でしょ……?開かないんだけどっ!」
何度も何度もノブをネジり、肩でドアを強く押してみるけれど、古い木製の扉は重苦しい沈黙を保ったままだ。
ガタガタと無駄に音だけが響き、暗い倉庫の中に吸い込まれていく。
急に心細さが押し寄せてきて、咲良の呼吸が浅くなった。
「どうしよう……。そうだ!茉那に連絡しよ!」
名案を思いついた咲良は、ポケットから大慌てでスマホを取り出した。
冷える指先で茉那の連絡先を表示し、すぐに通話ボタンを押す。
トゥルルル……トゥルルル……。
無機質なコール音が静かな倉庫に響く。
けれど、どれだけ待っても茉那が電話に出る気配はなかった。
「もーっ、なんで出ないのよ……、お願い、出て……!」
焦りで視界が狭くなる中、ふと昼間の茉那の言葉が脳裏をよぎる。
『あ、そういえばスマホ教室に忘れちゃったかも!』と、彼女が笑いながら頭を叩いていた姿が、鮮明に蘇った。
「うそ……、本当に教室に忘れてるんだ……」
さぁっと血の気が引いていくのが分かった。
心臓がバクバクと嫌な音を立てて暴れだす。
その後も何度もかけ直したけれど、やっぱり茉那が出ることはなかった。
「誰か――っ!」
スマホを握りしめたまま、咲良は扉を両手で激しく叩いた。
「誰か、いませんか――っ!助けてくださいっ!!」
喉がちぎれそうなくらい声を張り上げる。
けれど、運動場からわりと離れたこの場所には、驚くほど人の気配がない。
体育祭の喧騒は遠くでかすかに聞こえるだけで、咲良の叫び声は誰の耳にも届いていないようだった。
「どうしよう……どうしよう……」
冷たい床に、ずるずると膝からへたり込む。
夕暮れの光すら届かない暗闇が、じわじわと倉庫を満たしていく。
誰も気づいてくれないかもしれないという底知れない恐怖と不安に、咲良はただ、小さく身体を丸めて震えることしかできなかった。



