昼休みのチャイムが鳴ると同時に、咲良は教室の喧騒をすり抜けて、校舎の裏手にある中庭へと逃げ込んだ。
ここなら、あのまぶしすぎる金髪の侵略者に見つかる可能性は極めて低いだろう。
日陰にある古びた木製ベンチに腰を下ろし、咲良は小さく膝を抱えた。
「(――だって今、綾瀬先輩に会ったりしたら、正直どんな顔をしていいのか一ミリも分からないし)」
心の中で、みっともない自己防衛の言い訳を繰り返す。
視線を落とした先、中庭の花壇には、初夏の光を浴びた鮮やかなマリーゴールドがこれでもかと咲き誇っていた。
そのオレンジ色の花弁に、一羽の紋白蝶がふわりと舞い降り、静かに蜜を吸い始める。
咲良はその光景を虚無の目で見つめながら、ぽつりと呟いた。
「……蝶々だって、ずっと同じ花には留まらないよね」
彼は色とりどりの花が並ぶ世界に生きる人間で、自分はその中の一つに過ぎなかったのだ。
そんな風に解釈すると、咲良の心の中の泥水は、さらにずっしりと重みを増して沈んでいった。
――その頃。
すっかり熱の下がった綾瀬蓮は、数日ぶりの学校という空間に、これ以上ないほど上機嫌な足取りで舞い戻っていた。
「咲良ちゃーん、昼メシ――って、あれ?」
いつものように我が物顔で1年の教室に侵入したものの、目的の彼女の姿が見当たらない。
蓮は不思議そうに首を傾げながら、咲良の特等席の隣にいた茉那を見つけて、親しげに片手を挙げた。
「やほ! 茉那ちゃん! 咲良ちゃん、どこ行ったか知らない?」
いつも通りの、周囲の空気を一瞬で自分の色に染めてしまうような、まぶしい太陽系みたいな笑顔。
しかし、対面した茉那の反応は、蓮の予想を完全に裏切るものだった。
「さぁ? 咲良なら『綾瀬先輩とはもう二度と会いたくない』って言って、どこかへ消えましたけど?」
茉那はお弁当箱の中のタコさんウインナーを不機嫌そうにモグモグと咀嚼しながら、明らかに普段とは違う、氷点下に等しいツンツンした態度で言い放った。
「え?!……何それ、どういう事!?」
さすがの蓮も、その強烈な拒絶に綺麗な目を丸くして驚きを露わにする。
昨日まで自分の部屋で健気に看病してくれていたはずの女の子が、登校した途端に自分を拒絶している。
脳内の処理能力が完全に追いついていない蓮を見て、茉那はさらに怒りのボルテージを上げた。
「っていうか、綾瀬先輩!?私、先輩には本当にがっかりしました! 咲良のことが好きだの何だのって、あれだけ学校中で猛烈一途アピールをして外堀を埋めておいて、自分の家には別の綺麗な女性を連れ込んでるなんてっ!私、本気で見損ないましたから!!」
お弁当の箸をカタカタと鳴らしながら、プンスカと文字通り湯気を立てて怒る茉那。
茉那の席の周りの女子達はおろおろしている。
学校中の憧れの的である「王子様」を前にしても一歩も引かない親友の猛抗議に、蓮はますます訳がわからないといった風に、ただただ唖然と立ち尽くすしかなかった。



