ORANGE×BOY



あのタワーマンションを飛び出してから、自分が一体どうやって自分の部屋まで帰り着いたのか、正直言って記憶のどこを探しても見当たらなかった。

気づいたときには、自室のベッドの上で、まるで世界から身を隠すように膝を抱えて丸まっていた。

 部屋の天井を見つめていると、ここ数日間の、綾瀬先輩の言動が、容赦なく脳内のスクリーンに再生される。

 咲良の生活のペースをめちゃくちゃにかき乱して、毎日毎日、それこそ絶滅危惧種並みにしつこく教室にやってきて。
咲良の不機嫌をエンターテインメントみたいに面白がりながら、それでも、太陽みたいに屈託なく、まぶしすぎる笑顔で「咲良ちゃん!」と名前を呼んでいた、綾瀬先輩。

 咲良は、ついさっきまで寝室で彼に包み込まれていた、自分の右の手のひらをじっと見つめた。

まだ皮膚の奥に、彼の生々しい熱が残っているような錯覚がして、胸の奥がズキズキと、物理的な痛みを伴って激しく傷んだ。

「何よ……、彼女いるじゃないっ……!」

静かな部屋に、自分の情けない声が惨めに響く。
他にも女の人がいるじゃないか。

それも、自分なんかとは比べものにならないくらい綺麗で、大人で、洗練された大人の女性が。

彼のあの広い部屋の鍵を開けて、当たり前みたいに入ってくるような関係の人が、最初からいたのだ。

「……いや、誰がいたって、私にはこれっぽっちも関係ないけどさ」

 そう口にしてみたものの、防衛本能で吐き出したセリフは、咲良の心を一ミリも守ってはくれなかった。
関係ないはずなのに、どうしようもなく悲しくて、胸の奥が冷たい泥水に浸されたみたいに重くなっていく。

 ふと、視界が急激に歪んで、水膜が張ったようにぼやけていくのに気がついた。
 ポツリ、と枕のカバーに暗い染みが広がる。

『――私、なんでこんなに悲しいの……?』
『綾瀬先輩のことなんて、どうでもいい別世界の人間じゃなかったの?』
『だったらどうして、こんなに胸が痛いの……?』

 咲良、溢れ出てくる感情の質量に耐えかねて、思いきり枕に顔を押し付けた。

 押し殺した呼吸の隙間から、次から次へと涙がこぼれ落ちていく。
それを乱暴に手の甲で拭い去りながら、咲良はついに、自分の中にずっと隠されていた、一番認めたくなかった正体に気がついてしまった。

「私……、もしかして嫉妬してる……?」

 声に出して、その言葉を空間に放った瞬間。

 驚くほど、胸の奥がすーっと冷えて、パズルの最後のピースがはまったみたいに、ストンとしっくりきてしまった。

 そうか。嫌いだ、関わりたくない、ヤンキーなんて大嫌いだ。

そうやって必死に張り巡らせていた咲良の防衛線は、彼を拒絶するためではなく、彼に惹かれていく自分の心に気づかないための、ただの哀れな言い訳だったのだ。

咲良はもう、とっくにあの太陽みたいな笑顔の彼に惹かれていたのだ。

 けれど、自分の本当の気持ちを自覚した満足感なんて、一瞬で最悪の絶望へと塗り替えられる。

「……気づいたって、次、どんな顔して会えっていうのよ……」

 自分の心が完全に敗北したことを知った咲良は、タアマンションに残してきた特大の誤解の傷跡を抱えたまま、再び深い絶望の闇の中へと沈んでいくのだった。