綾瀬先輩姿を見なくなってから、数日が経っていた。
あんなに毎日、世界の物理法則を無視するかのように咲良の教室の前に現れていた金髪の侵略者は、唐突にその足跡を途絶えさせた。
それはそれは静かだった。
咲良の高校生活は、彼と出会う前の、あの退屈で平穏なグラデーションを完全に取り戻していた。
廊下を歩いても誰にもひそひそと囁かれないし、昼休みに購買のパンをビクビクしながらかじる必要もない。
なのに、咲良の心臓の端っこは、まるで大切なパズルのピースを紛失したみたいに、妙にすかすかとしていた。
気になってなんていない。
あんな不真面目なヤンキー先輩がどうなろうと、自分の知ったことではない。
――そう自分に言い聞かせること自体が、すでに彼を意識している証拠なのだと気付かないほど、咲良は馬鹿ではなかった。
結局のところ、咲良は自分の自意識との勝負に惨敗したのだ。
昼休みのチャイムが鳴ると同時に、咲良はまるで何かに背中を押されるようにして、あの懐かしい屋上へと足を運んでいた。
鉄製の重々しい扉の前で、咲良は立ち止まる。
「別に気になってるわけじゃないし。ただ、あまりにも急に来なくなったから、その社会的な理由を義務として確認しに来ただけ。それ以外に意味なんて一ミリもないし!ちょっと確認するだけだしっ」
誰もいない踊り場で、咲良は自分自身を納得させるためだけに、みっともない言い訳をぶつぶつと呟いた。
そうして、意を決してノブに手をかけようとした、その時だった。
薄い鉄扉の向こうから、聞き覚えのある騒がしい声が漏れ聞こえてきた。
「蓮、風邪大丈夫かなー? ちょっと長引いてね?」
声の主は、確か凌久先輩だったはずだ。
「だよねー? あいつ一人暮らしだしさぁ。飯とかちゃんと食えてんのかな。お見舞い行くべきじゃね? 海里はどう思う?」
爽先輩が心配そうに言葉を重ねる。
その会話が鼓膜に触れた瞬間、咲良の指先がピキリと凍りついた。――風邪? 一人暮らし?
頭の中に、あのいつも太陽みたいに無邪気に笑っていた金髪の男が、薄暗い部屋で一人、寂しそうに熱にうなされている映像が勝手に浮かび上がってしまう。
「まぁ、灯さんが……」
海里先輩が何かを言いかけたその瞬間、咲良は自分の感情のコントロールを失っていた。気がつけば、考えるよりも先に、体重をかけて扉を強く押し開けていた。
ガシャン、と、静かな屋上に不躾な金属音が響き渡る。
「うおっ!?」
青空の下でお弁当を広げていた三人が、弾かれたように驚いてこちらを振り返った。
普段なら、彼らのような不真面目な集団を前にしたら、咲良は気配のボリュームをゼロにして逃げ出しているはずだった。
けれど今の咲良は、彼らの放つオーラに怯むことすら忘れていた。
咲良は彼らを見据えたまま、喉の奥から絞り出すようにして、言葉を紡ぐ。
「えっと……、今の話、本当ですか……?」
その声は、自分でも驚くほどに小さく、そして、ひどく震えていた。



