ORANGE×BOY

屋上に近づくと、重い鉄扉を押し開けた。

バササッ、と初夏の香りをはらんだ気持ちのいい五月の風が、咲良の黒髪を激しく揺らす。

遮るもののない青空がどこまでも高く広がっていて、校庭の騒がしい雑音が遠くかすかに響く、静かな空間だった。

「……あ」

屋上の端まで歩いていった咲良は、そこで思わず足を止めた。

フェンス沿いに置かれたベンチの周り。
そこには、約束通り咲良を待っていた綾瀬先輩――だけではなく、あの日のコンビニ前にいたアッシュグレーの髪の人や、他の男子の友人たちまでもが、一緒になって楽しそうにお弁当のパックを広げて座っていたのだ。

「お、噂の彼女さん、お目見えじゃん!」
「噂の清楚系美少女! まじで蓮の横にいると絵になるなー!」

彼らの賑やかな声が、青空に吸い込まれていく。
咲良は手に持ったお弁当を握りしめ、笑顔の仮面を張り直しながら、心の中で盛大につぶやいた。

(……ちょっと待って。一対一じゃなかったの!?っていうか、ヤンキーの集団でお弁当食べるとか、聞いてないんですけど――っ!!)

咲良の平穏な高校生活は、この澄み切った青空の下で、さらに予測不能な方向へと加速していくのだった。

「……あのー、先輩。私を騙したんですか?」

咲良は一歩も動けないまま、手に持ったお弁当の袋をぎゅっと握りしめ、彼に向けて明確に眉間にシワを寄せた。

「何も二人きりとは言ってないけど? ――え!もしかして咲良ちゃんてば、俺と二人きりが良かったとか!?」

綾瀬先輩はベンチからひらりと立ち上がると、咲良の怒りをどこ吹く風と受け流し、ニヤニヤと意地悪そうにからかってきた。
その不敵な笑みを見つめていると、咲良は顔に血が上るのが分かった。
ここでまともに言い返したら、また彼の都合のいいペースに巻き込まれるだけだ。

咲良はフイッと視線を逸らし、盛大に無視を決め込むことにした。

「え?スルー?」

そのまま綾瀬先輩を置き去りにして、フェンス沿いにたどり着き、お弁当を広げている彼の友人たちの輪へと咲良は自ら進んでいく。

(……はぁ。ヤンキーの集団に自ら飛び込むなんて、まるで最後の晩餐に向かう囚人じゃない。最悪……)

心の中で盛大に毒づいている咲良を、友人たちは大歓迎で迎え入れた。

「うお、マジで来てくれた! 蓮、やるじゃん!」

「初めまして! 俺、二年の柊 凌久(ひいらぎ りく)! こっちが双子の(さわ)で、こいつはコンビニで咲良ちゃんにナンパしてた 相馬 海里(そうま かいり)!」

「その紹介の仕方どーかと思いますけど…」

「清楚系美少女が俺たちの聖域に来てくれるなんて、今日が俺の命日かもしれないわ……!」

彼らは勝手に大騒ぎしながら、口々にちやほやと褒めちぎり、勢いよく自己紹介をしてきた。
中学時代の、あの陰湿で意地の悪いヤンキーたちとは、何だか空気感が全く違っている。

その底抜けの明るさと圧倒的な熱量に圧倒されながら、咲良は胸の奥の怒りと緊張を必死に沈めるように、引き攣った苦笑いを浮かべるしかなかった。

「……初めまして。一年A組の、小鳥遊 咲良です。よろしくお願いします」

愛想のいい仮面を辛うじて保ちながら、咲良はベンチの端に腰掛け、茉那の分と一緒に買っておいた焼きそばパンの袋を破った。
もうお弁当を開いて優雅に食べるような精神状態ではなかったのだ。

ふてくされながら、大きく口を開けて焼きそばパンを思い切り頬張る。
炭水化物でこのモヤモヤを吹き飛ばしてやる、と言わんばかりに咀嚼する咲良を、いつの間にか隣に戻ってきた綾瀬先輩が、じっと見つめていた。

「ははっ、咲良ちゃん。ほっぺた膨らませてパン食べてんの、なんか小動物みたいで可愛いーな!」

「……なっ、人の顔を見て楽しまないでいただけます!?」

むっとしながら睨みつけると、彼は嬉しそうにまたにかっと笑った。

(……あ、でも)

パンをモグモグと動かしながら、咲良はふと、屋上を流れる心地よい風に目を細めた。

都会に引っ越してきてから、咲良はずっと、自分の周りにガラスの盾を張り巡らせて生きてきた。
誰の心も踏み込ませず、自分の弱いところも見せず、いつも完璧で澄ました女子高生のままでいようとしていたのだ。

こんな風に、青空の下で風に吹かれながら、男の子たちに囲まれて賑やかにお昼ごはんを食べるなんて、咲良の人生で一度もなかった。

咲良は、隣で弁当をルンルンで食べている綾瀬先輩を盗み見るようにちらりと見つめた。

大嫌いなヤンキー。
関わってはいけない不良。
……なのに、彼はどうしてこんなに、周囲の闇をすべて吹き飛ばしてしまうような、眩しい太陽みたいに笑うのだろう。

(もしかしたら……この人たちは、私が知っている『あの奴ら』とは、少しだけ違うのかも……)

胸の奥の頑なな氷が、彼の笑顔の熱でほんの少しだけピキリと音を立てて溶けかけた、その瞬間。

(いけない、いけない……っ!! 何を考えてるの、私!)

咲良は慌ててぶんぶんと頭を横に振り、不穏な甘い考えを強引に叩き落とした。

外見だけで人を判断しちゃダメだって、あの日に誓ったじゃない。
どれだけ太陽みたいに眩しくても、この人は学園一の不良なのだ。

騙されちゃダメ、絶対に流されちゃダメ。

咲良は必死に自分にそう言い聞かせ、残りの焼きそばパンをぎゅっと握りしめて、再びガラスの盾を強く、硬く張り直すのだった。

そして、賑やかだったお昼ごはんの時間が終わり、お開きになった。

「じゃ、俺ら次の時間の移動教室あるから先行くわ!」

海里たちはそう言って、こちらの空気を察したのか、楽しそうに喋りながら自然な動作で屋上から出ていってくれた。

途端に、二人きりになった屋上。

にわかに静まり返った空間で、お弁当箱の包みを丁寧に片付けながら、咲良は意を決して口を開いた。