ORANGE×BOY


そんなことがまるで無かったかのように、
次の日も、綾瀬先輩は咲良の元へ来た。 

そして、その次の日も、そのさらに次の日も。

 咲良の祈りなど梅雨時の天気予報くらい当たらなかった。

昼休みのチャイムが鳴るたびに、彼は咲良の教室の前に当然のような顔をして現れ、親戚の子供を散歩に誘うような気軽さで声をかけてくるのだった。

「咲良ちゃーん、メシ♪」
「行きません」
「今日こそ!」
「行きませんってば」
「あ、パンなら買ってあるよ?」
「いりません」
「冷たいなぁ」
「普通です」

 毎回ほとんどコピペしたみたいな会話を繰り返しているのに、綾瀬先輩は少しもめげる気配がない。

むしろ、咲良の冷たい拒絶を一種のエンターテインメントとして楽しんでいる節すらあった。

 しかも、そのやり取りが行われるたびに、廊下に芸能人でも現れたかのような注目を集めるのだから、被害者としてはたまったものではない。

 最初は面白がって観戦していた周囲の生徒たちも、さすがにこれが三日も続けば、ざわつき方のニュアンスが少しずつ変わってきていた。

「小鳥遊さん、すご……」
「綾瀬先輩をあんなふうに断るんだ」
「ていうかさ、ちょっと感じ悪くない?」
「だよねー」

 そんな、悪意の薄い、けれど確実に削ってくる小さな声が、咲良の耳にも届くようになっていた。

別に気にしなければいい。
そう自分に言い聞かせていた。
自分は何も悪いことをしていない。

ただ、しつこく境界線を侵犯してくる相手を適正に断っているだけだ。

 それでも、胸の奥が何かで少しずつこすられたみたいにざわついている。

 もともと、誰かを傷つけることが得意なわけじゃない。

咲良が尖った言葉を使うのは、自分が傷つかないための防衛手段であって、本当は先輩を悪者にしたいわけでも、周囲に悪女だと思われたいわけでもない。

 一方で、この冷戦を全く違うベクトルで見守る勢力もいるのは確かで。

それは隠れた咲良派のクラスの目立たない男子生徒たちだった。

実はクラス内には咲良の『隠れファン』的な男子がそれなりに生息しており、彼らはじとーっとした恨めしげな視線を綾瀬先輩に送りながら、ひそひそと結束を固めていた。

「小鳥遊さーんたのむ!今日も断ってくれ……!」
「あの手のタイプに絆されたらだめだぞ!」
「そうだよ、あんな見た目だぞ?うちの小鳥遊さんが、顔が良いからって簡単に相手にするわけないだろ!」

 男子生徒からの、ありがたいけれど少々方向性のズレた熱い声援。

 すると、その不穏な視線とひそひそ話を鋭く察知した綾瀬先輩が、楽しそうに口元をニヤリと歪めた。

「ふーん。やっぱり咲良ちゃんて、結構モテんだね」

 そう言うか言わないかのうちに、綾瀬先輩の長い指先が、咲良の長い髪をひとすくいした。

「…っ!」

あまりにも自然で滑らかな動作に、思考が一瞬フリーズする。

指先から伝わる体温に心臓が跳ねるのを隠すように咲良が身構えると、綾瀬先輩は至近距離で、悪戯っぽく綺麗なウインクを贈ってきた。

 目に焼き付くような、破壊力のありすぎる笑顔。
けれど咲良は、迫り来る胸のときめきを強引にすり潰し、これ以上ないほど冷え切った、いわゆるドン引きの表情を貼り付けて言い放った。

「……そんな月9ドラマみたいなことしても、行きませんからね?」