――セットした前髪が台無しになるまで撫できった紫苑の手が、ようやく離れていく。
紫苑の視線が数秒だけ床に落ちて、ふっと短い吐息が耳に届いた。
「鈍感な香月さんに、ひとつ有益な情報をあげるよ」
失った前髪を手櫛で取り戻しながら、紫苑を見る。
普通の男の子の顔をした紫苑は、そこにはもういない。
目の前にいるのは、私がよく知っている策士で黒い、成宮紫苑だ。
「美玲ちゃんはさ。
爽真と俺、好きな方との結末を選べる権利を手に入れてるよ」
静かに告げられた言葉に、表情も思考も、何もかもが停止する。
冷ややかな顔をした紫苑は、停止した私を見て見ぬふりで言葉を続ける。
「そして――ご覧の通り、
美玲ちゃんは今、爽真を選ぼうとしている」
部屋の湿度が、ズンと一気に重くなる。
ごくんと唾を飲み込んだ喉が、顎を押し上げるほど大きく動いた。
「鞍替えされるのは正直どうでもいいんだけど――……
ただ、ルートを変えるなら“手順”を踏まなくちゃいけない。
それに気付いてない美玲ちゃんのやり方は、ちょっと強引だよね」



