「どっか、見に行く?」
食事を終え、お店を出た私に蒼が聞く。
「そうだなあ。本屋さん、見に行ってもいい?」
「もちろん。俺も欲しい参考書あったからちょうどいいよ」
参考書、か。
白鳳のテストは、私がやっている期末テストよりもずっと難しいんだろうなあ。
私の学力は蒼達の足元にも及ばないんだろうけど。
「少し、見に行ってくるね。桜庭さんはどこら辺にいる?」
「恋愛小説のコーナーにいるよ」
「分かった」
蒼は見たい参考書のコーナーに進んで行った。
やっぱり背が高いなあ。
小6の頃は私の方が高くて、蒼に「中学になったら抜かすから!」と言われていたんだけど、それがこんなにすぐ現実になっちゃうなんてっ。
私は心でそう思いながら恋愛小説の棚へと足を進めた。
「あ、あったー!」
私は見つけた小説を手に取る。
私は恋愛小説が大好きで、家にも何十冊もある。
これじゃ、恋愛ができない隠キャだと思われそう。
まあ、実際、恋愛は苦手なんだけどね。
私は手に撮った小説を立ちながら読み始めた。
少しして、奥から誰かの、女の人の声がした。
「あ、神崎くん!」
え?
その女の子は蒼の名前を呼んでいる。
「学校以外で会ったことなかったのに。珍しいね、校外で会うなんて」
この会話を聞いて、同じ白鳳に通っている人だと分かった。
クラスメイトかな?
「そうだな。山本さんは何しに来たの?」
「え、私ぃ?私は小説を買いに来たの。好きな恋愛小説の続きが出たから」
その女の子との会話を聞いていると、蒼の声が楽しそうに聞こえる。
あの子のこと……好きなの、かな。
なぜか胸が苦しくなる。
そりゃ、そうだよね。
蒼だって好きな人はいるよね。
今でも私だったりして?
なんて思ってた自分が馬鹿みたい。
自分で自分を説得することが、精一杯だった。
「なんて言う小説なの?」
「えー、秘密!」
「なんでだよー。教えてくれてもいいじゃん」
二人の会話はまだまだ続いている。
好きな人が、別の女の子と楽しそうに話しているのなんて聞きたくないのに、二人がいるのは私のいるコーナーの道を挟んだ斜めの場所。
だから、いやでも耳に入ってくる。
この会話から逃げるために、別のコーナーに行こうとした時、ちょうど真ん前から二人が来た。
「‼︎」
あちゃ──。
この二人から逃げようとしたのに、バッタリ会っちゃった。
1番起こって欲しくなかった方向に行っちゃった。
「あ、桜庭さん」
「えっと、どうしたの……?」
さっき、‘‘山本さん’’と呼ばれていた女の子は混乱した表情になっている。
「んーと……神崎くんの知り合い?」
あはははははは……。
そうなりますよねえ。
恥ずかしいし、この場から逃げたくなる。
「うん。同じ小学校の同級生。桜庭ひよりさんって言うんだ」
「へーえ、そうなんだ」
その女の子の顔は笑っているように見えるけど、奥が笑っていなかった。
「桜庭さん。この人は、同じ白鳳で隣の席の山本さん」
「山本香澄です。よろしくね、ひよりちゃん。私のことはかすみって呼んでね」
「あ……うん。ありがとう」
少し、苦手なタイプだと感じた。
なんで苦手なのんか、うまく言葉にできないんだよなあ。
なんでだろう……グイグイくるこの雰囲気がダメなのかもしれない。
「じゃあ、私そろそろ行くね」
山本さん、いや、香澄はそう言って、蒼の方をちらっと見た。
「神崎くん、また月曜ね」
「うん。またな」
それだけのやり取りなのに、胸の奥がちくりと痛む。
香澄の顔は少し赤くなっているように感じた。
香澄は私に向かって軽く手を振ると、そのままレジの方へ歩いていった。
その背中を見送ったあと、私は小さく息を吐いた。
「……ごめん、待たせた?」
蒼が、申し訳なさそうに言う。
「ううん。全然大丈夫」
本当は、全然じゃない。大丈夫じゃない。
でも、そんなこと言えるわけもなくて、私は笑って誤魔化した。
「もう少し見てから行く?」
「いや、俺はもう大丈夫。桜庭さんは?」
「私も……うん、もういいかな」
結局本は買わなかった。
私たちはそのまま本屋を出て、モールの中を並んで歩いた。
さっきまでは自然と話が進んでいたのに、妙に沈黙になる。
なんか気まずいなあ。
誰も、悪くない。
悪いのは、勝手に期待して、勝手に傷ついている私だ。
「……さっきの子」
沈黙を破ったのは、蒼だった。
「びっくりしたよな」
「う、うん。白鳳の子なんだよね」
「そう。隣の席でさ。よく話すけど、別に深い意味はないよ」
──え?
「そっか」
「うん」
蒼はそれだけ言って、前を向いたまま歩き続ける。
深い意味はない。
どう言う意味なんだろう。
気になってしまう。
「……ねえ、蒼」
「どうした?」
「蒼はさ……白鳳、楽しい?」
不意に聞いてしまった。
「うん。大変だけど、楽しいよ」
即答だった。
その答えに、少しだけ安心して、少しだけ寂しくなる。
「そっか」
「桜庭さんは?」
「私は……部活ばっかりだからなあ。大会近いし」
「水泳、続けてるんだよね」
「うん。好きだから」
そう答えた瞬間、蒼がふっと笑った。
「変わってないね」
「え?」
「小学生の時から、ひよりはずっとそうだった。好きなことには一直線。苦手だった水泳も1年で得意になってたし」
──ひより。
一瞬、時間が止まったみたいになった。
なんで急に名前呼びになったんだろう……?
「あ、ごめん。名前呼ぶの、嫌だった?」
慌てたように言う蒼。
「う、ううん!ありがとう」
嫌なわけないじゃん。
むしろ、嬉しいよ。
好きな人に名前呼びしてもらえるんだから。
でも、それをそのまま出すなんて、私には無理だ。
やっぱり私は、まだまだ弱いなあ。
そう感じる。
「小学生の時、他のやつが‘‘ひより’’って呼んでて、羨ましくて……」
それはもしや。
やきもち焼いてくれてたってことだよね。
その言葉で少し嬉しくなった。
「……うん。ありがとう」
胸の奥が、じんわり温かくなる。
水面に差し込む光みたいに、ゆらゆらと。
やっぱり、私、蒼のことが好きみたい。

