数日後。
大会1ヶ月前。部活は本気モード。
「ターンだ! 気合入れろ!」
「はいっ!」
でも。
頭の中には、昨日届いた蒼からのメッセージ。
「明日も練習?」
「頑張ってね! 応援してる!!」
“応援してる”。
その言葉が、ずっと残ってる。
タイム測定のとき。
私の出場競技は女子200Mフリーと200M混合メドレーリレー。
今日は200Mフリーのタイムを測るみたい。
泳ぎ終わって顧問から告げられたタイムは……。
「桜庭、2分8秒21」
……遅い。
完全に、蒼のせいだ。
蒼があんなメッセージを送ってくるから。
(私のせいじゃないもん……っ)
練習終わりの更衣室で仲のいい、結菜が近づいてきていう。
「ひより、なんかあった?」
結菜がニヤニヤしてる。
な、何っ……?
もしや、蒼のことがバレてる?
なんでだろうっ?
でも、隠さなきゃっ!
「う、ううんっ。何にもないよ?」
「ふうーん……もしかして、恋だったりして?」
「ち、違うし!」
「え〜っ!そうかあ、ひよりもいよいよ恋愛デビューか……華の中学生活デビューだなあ」
あのね〜。
私だって、恋愛くらいはしたことありますっ……!
しかも、【華の中学生活】って。
心の中でそう呟いた。
ちなみに結菜は1つ上の学年に幼馴染の彼氏がいるんだ。
だからか、いろんな人から恋愛アドバイスを求められている。
「好きぴはどんな人?また合わせてよ!」
結菜はどんどん寄ってくる。
顔が近いっ……!
「だから、違う。彼氏はいないって!」
「ふうん……でも、好きな人はいるでしょ。彼氏‘‘は’’いないんだもんね、彼氏‘‘は’’。ね」
……っ!
「図星だー。そうでしょ?」
図星なのは、自分が一番わかってる。
それからも否定し続けたけど、無理だった。
私って顔に出やすいタイプなのかな……?
これから気をつけよう。
私が帰りの信号街でスマホを見ると──。
蒼)「今度の土曜、時間ある?」
えっ……?
それはもしやっ……!
この前言ってた【また一緒にどこか行こう】ってこと⁉︎
心臓、爆発寸前。
脳内はお祭り状態。
……期待していいの?
でも、また振られて傷つくの、怖いよ。
いや、そんな考えはダメだよね。
もう、小学生の私じゃない。
今の私は成長してるはず。
私は、震える指で打ち込んだ。
「うん。あいてるよ」と。
送信ボタンを押した瞬間。
私の夏が、静かに動き出した──。
それからすぐに返信が来て、今週の土曜日の11時半、近くの駅で蒼と待ち合わせして、一緒に出かけることになった。
どこに行くかはわからない。
『俺が楽しいプラン考えておく』だって……!
いつの間に、そんなことをサラッと言えるようになったんだろう。
この前の蒼はすっごく大きくなってて。
背はもちろん、手も足も大きくなってた。
でも、それだけじゃない。
蒼の全部が少しずつ変わっていて。
私はこうやってまた、少し変わった蒼に惹かれていく。
こうやって、蒼の変わったところを見つけてはまた、惹かれていくんだろうな。これからも。
無意識に先のことを想像してしてしまった。
……いやいや。
私は慌てて首を横に振った。
まだ何も始まってないのに、未来のことまで考えるなんて。
落ち着け、私。
どうしたんだろう。
胸が、どきどきしてる気がする。
そう自分に言い聞かせながらも、口元はどうしても緩んでしまう。
私はベッドに寝転びながら、スマホを手に取った。
画面には、蒼とのトーク画面。
まだメッセージの数は多くない。
それでも、その一つ一つが大事な宝物みたいに感じる。
『今日は部活?』
『うん。水泳の練習!』
『そっか。暑いし大変だな』
『蒼こそ勉強大変でしょ』
『まあね』
そんな、特別でもなんでもないやり取り。
でも、不思議と嬉しい。
送信ボタンを押すたびに、胸の奥が少しだけ跳ねる。
私は何度も文章を打っては消して、また打っては消していた。
変に思われないかな。
重くないかな。
そんなことばかり考えてしまう。
(もっと普通に話せたらいいのになあ……)
私は小さくため息をつきながら、スマホを胸の上に置いた。
天井をぼんやり見つめる。
その視界の端に、またスマホの画面が目に入る。
蒼の名前。
それだけで、なんだか胸がくすぐったくなる。
小学生の頃は、こんな風に連絡を取り合うことなんてなかった。
同じ教室にいて、同じ時間を過ごして。
休み時間に話したり、ふざけ合ったりして。
それだけでよかった。
でも今は、スマホ越しに会話をしている。
それがなんだか少し大人になったみたいで、少し照れくさかった。
そして、気づけば私はスマホのカレンダーを開いていた。
土曜日。
蒼と会う日。
まだ数日あるのに、その日がやけに遠く感じる。
(早く土曜日にならないかな)
そんなことを思ってしまう自分に、思わず笑ってしまった。
次の日も、その次の日も、部活はいつも通りだった。
「ターンもっと早く!」
「キック止めるな!」
「はいっ!」
水の中に飛び込むと、世界が一気に静かになる。
水の音だけが耳に響く。
いつもなら、それだけで頭の中が空っぽになるのに。
今日は違った。
息継ぎをするたびに、ふと蒼のことを思い出してしまう。
『大会いつ?』
『来月だよ』
『応援行けたら行きたいな』
そのメッセージを思い出しただけで、胸の奥が少し熱くなる。
私は思いきり水を蹴った。
(ダメダメ!今は練習!)
頭を振って、泳ぎに集中する。
それでも、練習が終わって更衣室に戻ると、真っ先にスマホを見てしまう自分がいた。
もし蒼からメッセージが来ていたら。
そんな小さな期待をしてしまう。
そして夜。
ベッドの中で、私はまたカレンダーを見ていた。
土曜日。
蒼と会う日。
指でその日付をなぞる。
胸が、少しだけ高鳴った。
小学生の頃、蒼のことが好きだった。
でも、その気持ちは言えなかった。
ただ遠くから見ているだけだった。
だけど今は違う。
こうして連絡も取れているし、今度は一緒に出かける約束もしている。
それだけで、少しだけ前に進めた気がした。
窓の外から、夏の夜の風が入ってくる。
私はスマホを胸に抱えた。
(早く土曜日にならないかな)
そう思いながら、ゆっくり目を閉じた。

