煉瓦坂の少し奇妙なX'mas

「おい奈美子。お前がケーキを取りに行け」
「えぇ?」
「予約もしたし金を渡す。だから買いに行くのはお前だ。あんなものに関わりたくない」
 俺が約束したのは買うことだけだ。並ぶの方には主語はないし、並ばないだろう。だから俺は俺の言葉に反していない。強めに奈美子を睨めば、コテンと首をかしげる。
「ええと、ブッシュドノエルって何か意味があるんですか。木っぽいケーキっていうだけで」
「その木っぽいところに宗教的な意味があるから問題なんだよ」
 北欧では冬至に丸太を燃やし、太陽の再生を祝い春の始まりを告げる。つまり神事だ。他所の神の真似事なんてできるか。
「気にしなければいいんでは?」
「気になるから困ってるんだよ」
 そのなんでもないような言い方に腹が立つ。
 みんなそうだ。キリスト教徒でもドルイドでもないのに当然のようにクリスマスを祝う。何故祝わないのかと圧をかけて来る。だからクリスマスは嫌いだ。そういうと変な奴に見られるところも。
「俺はクリスマスを排除する。引きこもるぞ」
 そう宣言すれば、奈美子はムンクの叫びみたいに頬を両手で覆った。大げさな。常駐してるこのクウェスの奥まった席に引きこもるだけだよ。幸いにもこの喫茶店は繁華街のどん詰まりで、それほどクリスマスは押し寄せてこない、だろう。去年は入口にトナカイやツリーをディスプレイしていたが、あれはただのオブジェで光る木だ。
 そう認識しようとすればそれはそれでつまらなく、酷く不毛な気分になってくるが、実際そうなのだ。あのトナカイが動いたりツリーめがけてサンタが降って来ることもない。そして俺はそれを信じない。
「それじゃクリスマスじゃないじゃないですか!」
「ブッシュドノエルをお前が一人で食うならいい」
「嫌です! 一人で食べられるわけないし」
 いずれほとんど一人で食うくせに。今もチーズスフレを2つとも食っている。そのこと自体は構いやしないが、どうも相矛盾する言葉を無自覚で吐くという行為自体が気持ちが悪い。
「じゃあ少しずつ意味をずらそう」
「意味を?」
「ああ。ひいらぎでリースを作る」
「いいですね!」
「それを鰯の頭に刺す」
「節分じゃないですか!」
 その通り。クリスマスじゃなく節分なら問題ない。呪術的にも区別が明確になる。
「まさかツリーの代わりに門松を出すなんていわないですよね!」
「お、それいいな。時期も近いしばっちりじゃないか」
「嫌です! 絶対嫌です! もう一声! 環さんはクリスマス拒否なのは諦めますけど、私はやりたいんです、クリスマス!」
 飾る、木、うーん。ああ。
「じゃあ左義長(さぎちょう)はどうだ」
「左義長? なんですかそれ」
 奈美子は目を丸くする。都会では見なくなって久しいからなぁ。
「神社の山で拾ってきた木や門松とかを小正月に燃やすんだよ。それっぽくごまかしてツリーっぽくディスプレイしよう。お前の目にはごまかせるように」
「……それ、焼くんですよね」
「厄除けだから当たり前だろ」
 奈美子は頭を抱えた。仕方がないだろ、始めたのはお前なんだから。そして奈美子には何の悪意も影響もないことに思い至る。