2026(令和八)年某日――日本では水無月と呼ばれる頃に筆者は、とある場所を訪れた。普段なら使うことのない、名のある高級ホテルである。来ることが滅多にないので、ちょっと道に迷ったが、どうにか約束の刻限に遅れず辿り着くことができた。エントランスの自動ドアの横に置かれたスチール製の掲示板で催しが開かれる部屋を確認する。『この2人が最強‼ベストバディ短編コンテスト』開催会場は<鳳凰の間>となっていた。ロビーに入り、正面の壁の上に掲げられた絵画をしばし眺め、それからホテル内の案内板を探す。見つかった。フロントの斜め前に置かれていた。絵を眺める時間より案内板を探す方が長い時を要した。こういう手間がかかるから、知らない場所へ行くのは苦手なのだ。私の不得意分野をカバーしてくれる唯一無二の最強バディがいてくれたら……と、こんな時は思う。一人の方が好きな私ではあるが。
件の<鳳凰の間>はロビーからエスカレーターを昇って三階の真ん中にある。会議室あるいは宴会場に使う多目的ホールのようだ。入り口の脇に受付があった。私は、そこに近づいた。懐から招待状を出して、受付の若い男性に見せる。
「ご招待頂いた○○という者だ」
「お待ちしておりました。こちらにお名前をご記入お願いします」
私は字が下手なので、記帳が必要な行事に参加するのは憂鬱だ。それでも来たのは、この『この2人が最強‼ベストバディ短編コンテスト』に興味があったからだ。
いや、正確には、それだけではない。私の昔のパートナーが、こういったイベントに目がなかった。もしかすると、ここに来れば、あの人と再会できるのではないか? そんなロマンチックな淡い期待があったのだ。
名簿に記帳しながら、あの人の名を探す。なかった。だが、別の紙に名前が載っている可能性はある。ただし、確認はできない。名前を見せてくれと言えば見せてもらえるかもしれないが、コンテストの開始時刻が迫っており、私の後ろには記帳を待つ人の列が出来つつあった。無理は言えない。私は受付を離れた。<鳳凰の間>へ通じるドアを開ける。中は人で溢れていた。空いている席を探す。見つかった。そこに座って、受付で貰ったパンフレットを読もうとしたら、スピーカーから声が聞こえてきた。
「そろそろ開始時刻となりましたので、お席の方にお願いします」
左右の席に人が座った。両方に会釈する。知らない顔だった。それから再びパンフレットに目をやる。
パンフレットには、こんなことが書かれている。
『ふたりなら、どんな壁だって乗り越えられる!
お互いの強みや弱みを補い合い、影響し合いながら成長していく――そんな唯一無二の関係性。
ライバルでもあり、仲間でもあり、「この人が隣にいれば最強」と思えるような
最高で最強のバディやペア、コンビが登場する物語を書いてください。
このテーマで大切なのは
ふたりの関係性がしっかり伝わること
短い文字数の中でも、物語の山場となる事件や出来事を用意すること
敵対する存在との対峙、試練、すれ違い、決断の瞬間などなど…
物語のクライマックスとなる場面を通してこのふたりだからこそ成立する関係を書いてみましょう。
ふとした会話や仕草、信頼が感じられる行動から、ふたりの仲の良さや絆が垣間見える描写も忘れずに♡』
ハートのマークが微笑ましく、私は頬を綻ばせた。パンフレットの続きを読む。
『例えばこんなバディ・ペア・コンビを募集中!
年の差/正反対な性格/不思議な関係性/敵対関係
女子同士/男子同士/男女/部活/芸能系/双子/幼なじみ…などなど』
バリエーションは無限大だな……と考えていたら、コンテストが始まった。壇上に司会の男性が立つ。
「え~それでは、お時間となりましたので、これより『この2人が最強‼ベストバディ短編コンテスト』を始めさせていただきます。私は司会進行役を務めさせていただきます、ノイチと申します。よろしくお願いします」
会場から拍手がまばらに起きた。私はしなかった。
「それでは審査員の先生方をご紹介致します――」
審査員一人一人の経歴が発表される間、私は会場内を見回していた。かつてのパートナーで、私のベストバディだった人間の姿を探していたのだ。後姿でも分かる自信がある。いれば分かるはず……と目を凝らしたが、会場内は広い。しかも、この<鳳凰の間>は、かなり大勢の人間を収容していた。審査員紹介が終わるまでに、あの人を見つけ出すことができなかった。
やがて司会は言った。
「それでは最初の作品をご紹介致します。霊能力最強の女子高生と泥棒のおっさんが活躍するホラーアクション、タイトルは『女子高生の胸の鍵をピッキングツールで開けるのはアウト、セーフ、よよいのよい!』です」
灰色の雨が、廃ビルのコンクリートを濡らしていた。
女子高生霊媒師の神代莉音(かみしろ りおん)は、呪詛の塊である巨大人型怪異『業魔』の前に膝をついていた。霊力を使い果たし、お気に入りのセーラー服は泥と血で汚れている。
「ここまで、か……」
絶望に目を閉じかけたその時、バシャバシャと激しく水たまりを跳ね上げる音が響いた。
「おいおい、おねんねには早すぎるぜ、お嬢ちゃん!」
現れたのは、ボロボロのヨレヨレトレンチコートを着た男――阿久津新(あくつ あらた)、三十八歳。莉音の「ビジネスバディ」であり、霊能力ゼロの元泥棒である。
「新……!? バカ、なんで来たの! あなたには霊が見えないし、攻撃も通じないのに!」
「見えなくたって、お前がピンチなのは空気で分かるさ」
新は不敵に笑い、懐から古びたピッキングツールを取り出した。
彼のスキルは【概念解錠(コンセプト・オープン)】。鍵穴だけでなく、この世のあらゆる「閉ざされたもの」をこじ開ける、泥棒上がりの超個性的かつ奇抜な能力だ。
「莉音、お前の『最強の霊力』、頑丈な心の奥に鍵をかけて閉じ込めてやがるな? 恐怖って名の南京錠だ」
業魔が咆哮し、巨大な腕を振り下ろす。直撃すれば命はない。
「新、逃げて――!」
「逃げるわけねぇだろ。俺たちは、二人で一人の最強コンビだ!」
新は迷わず業魔の攻撃の軌道へ飛び込んだ。そして、莉音の胸元へ手を伸ばし、ピッキングツールを空間でカチリと鳴らす。
「開け、神代莉音の本当の力!」
カチャリ、と莉音の心の中で音がした。
新のスキルによって、恐怖で萎縮していた莉音の霊界が強制解放される。次の瞬間、莉音の身体から爆発的な黄金の霊力が噴き出した。風圧だけで、業魔の腕が弾き飛ばされる。
「……すっごい。身体が、軽い」
莉音は立ち上がり、新の背中を見た。霊力を持たない新は、ただの風圧の余波でさえ、歯を食いしばって耐えている。年の差21歳。正反対の能力。だけど、彼が隣にいるだけで、負ける気が一切しない。
「おっさん、サポートよろしく!」
「任せとけ、お嬢ちゃん。あいつの『防御の概念』も、今から俺がぶっ壊してやる!」
新が業魔に向かって走り、空間をひっかくようにツールを振るう。業魔を包んでいた不可視の結界が、ガラスのようにパリンと割れた。
「今だ、莉音! ぶち抜け!」
「はあああああ!」
莉音は全霊力を右拳に集束させ、跳躍した。無防備になった業魔の胸へと、痛快な一撃を叩き込む。
轟音と共に業魔が光の粒子となって消滅していく。灰色の雲が割れ、二人の上に美しい青空が広がった。
着地した莉音は、ふらつく足取りで新に歩み寄る。
「……ありがと。またおっさんに助けられちゃった」
「へへ、お互い様だろ。お前が霊を退治してくれなきゃ、俺は今頃あの世行きだ」
新はトレンチコートのポケットから、莉音が大好きなイチゴ味の棒付きキャンディを取り出し、ぽいと投げた。莉音はそれをナイスキャッチし、不器用な笑みを浮かべる。
「はい、今回の報酬。これでチャラな」
「安い報酬。でも……まあ、今回は許してあげる」
キャンディを口に含んだ莉音は、新と肩を並べて歩き出す。
霊能力最強の女子高生と、概念を解錠する泥棒のおっさん。交わるはずのなかった二人の絆は、どんな試練も、どんな壁も、絶対に打ち砕く。これぞ唯一無二の、最高で最強のバディだった。
司会が言った。
「先生方、いかがでしょうか? 何かご意見がございましたら、どうぞ」
審査員たちは様々な意見を述べた。
「クライマックスのバトルシーンだけなのね」
「どうして二人がこんなになってんの? 説明が欲しいよね」
「必要最小限の描写で話がサクサク進むのはイイね」
大体の審査員が意見を言ったところで司会は次の作品を紹介し始めた。
「貴重なご意見をどうもありがとうございます。それでは次のエントリー作品に参ります。スローライフを満喫するコンビを描いた『湯加減どうですか? いいお湯です!』です」
満天の星が輝く、ここは異世界の辺境の村。
お茶汲みしかできないと学園を追放された【水魔法(ただし微量)】の聖女・エレナは、今、獰猛な魔獣『キングベア』の前に立ち尽くしていた。
「ここまで、です……か……」
学園のエリートたちを見返すための素材採集。だが、戦闘力ゼロのエレナには荷が重すぎた。魔獣の鋭い爪が振り下ろされようとしたその瞬間、草むらから一人の少年が飛び出してきた。
「おいおい! 俺の特等席で何ピンチになってんだよ、聖女様!」
現れたのは、この辺境の村でニート同然のスローライフを送る少年、トウマ。
彼は剣も魔法も使えない。だが、世界で彼だけの面白スキルを持っていた。その名も――【全自動湯沸かし(フルオート・ボイル)】。
「トウマくん!? ダメ、逃げて! あなたじゃその魔獣には勝てない!」
「勝つ必要なんてねぇよ。お前、水なら出せるんだろ? 全力で出せ!」
トウマは不敵に笑い、魔獣の目の前へ勇敢に(というか呑気に)躍り出た。
エレナはトウマの意図を察し、最後の魔力を振り絞る。
「……お願い、出て! ウォーター!」
エレナの杖から、バケツ一杯分ほどの頼りない水が噴き出し、魔獣の顔面にビシャリとかかった。それが不快だったようだ。魔獣はただ濡れただけで、さらに怒り狂う。
「よし、ナイスだエレナ! ――【全自動湯沸かし】、限界突破(オーバードライブ)!!」
トウマが叫んだ瞬間、魔獣の顔にかかった「ただの水」が、一瞬で『100度の沸騰した熱湯』へと姿を変えた。
じゅうううう! と激しい湯気と音が立ち込める。
「ギャオオオオオン!?」
顔面を襲った突然の激痛に、キングベアが悲鳴を上げてのたうち回る。
トウマのスキルは、視界にある「水」を強制的に沸騰させるだけの生活魔法。だが、エレナの「お茶汲み程度の水魔法」と合わされば、一瞬で敵を無力化する最強の熱湯地獄へと変貌するのだ。
「す、すごい……! 私の魔法が、効いてる……!」
「へへ、驚くのはまだ早いぜ。トドメだ、エレナ!」
トウマは腰のポーチから、村の特産品である『しびれ茶の葉』を取り出し、魔獣の足元の水たまりに投げ入れた。
「エレナ、あいつの足元にもう一発、水をくれ!」
「はいっ!」
エレナが再び放った水が、茶葉を濡らす。トウマがそれを瞬時に沸騰させ、超濃厚な『しびれ茶』をその場で抽出した。魔獣は足の皮膚から麻痺成分を吸収し、その場にドスンと頽(くずお)れ、完全に気絶した。
追放された無能聖女と、お湯しか沸かせない辺境の少年。
正反対で、一見すると何の役にも立たない二人の能力。だけど、二人合わされば、どんな強敵だって一瞬で “ざまぁ” できる痛快大逆転バディだった。
「ふぅ、大物ゲットだな。これで今月の村の生活費は安泰だ」
トウマはいつもの気楽な笑顔に戻り、懐からマイボトルを取り出した。
「ほら、お疲れさん、エレナ」
「あ……ありがとう、トウマくん」
手渡されたのは、エレナの水とトウマの魔法で作った、ほんのり甘い極上のハーブティー。
一口飲むと、張り詰めていた心がじんわりと温かくなっていく。
「私、学園を追放されて絶望してた。でも……トウマくんの隣にいる今が、一番楽しいです」
「お前のお茶汲み魔法、世界一実用的だからな。これからも俺の隣で、美味しいお茶、淹れてくれよ?」
「ふふ、喜んで!」
のんびりとしたスローライフの裏で、二人は今日も最高のコンビネーションを見せる。この二人が隣にいれば、どんな試練だって、美味しく沸かして解決できるのだ。
司会が審査員たちに批評を求める。
「ここまでが、またですか。これ、前の作品と同じでは? ちょっと違うけど」
「こっちは “ざまぁ” が入ってますから」
「二人でカフェーを開く未来が見えます」
「それでは次の作品。こちらはモキュメンタリーですね。タイトルは『【配信中】絶対に見てはいけない旧トンネルで、僕らは最強の相棒(バディ)になる。』です」
「……ねえ、本当に映ってる? これ」
深夜2時。ジメジメした山奥の旧トンネル。
カメラを構える僕――蓮(れん)の手は、恐怖でガタガタと震えていた。画面の向こう、スマートフォンのコメント欄は「やばい」「逃げろ」「後ろに誰かいる」という視聴者の悲鳴で埋め尽くされている。
「安心しろ蓮。俺のカメラワークと、お前のビビりリアクションがあれば、今夜の配信は同接1万人超えだ」
隣で不敵に笑うのは、オカルト配信の相棒であり、動画編集担当の拓海(たくみ)。
僕らは高校の同級生で、凸凹コンビだ。僕は霊感ゼロの超ビビり。対する拓海は、幽霊なんて一ミリも信じていない超現実主義のオレ様人間。
「そんな呑気なこと言わないでよ! さっきから、誰もいないのに足音が――」
その時だった。
キィィィィィン、と鼓膜を刺すような金属音が響き、スマホの画面が激しく乱れた。
『……ミツケタ……』
湿った、粘り気のある声。トンネルの奥から、四つん這いになった「何か」が、恐ろしい速度でこちらへ這いつくばって迫ってくる。それは人間の形をしていなかった。顔がなく、無数の髪の毛が蠢いている。
「ひ、ひぃっ……!」
僕は恐怖のあまり腰を抜かし、地面に倒れ込んだ。完全に足がすくんで動けない。
「おい、蓮! 立て!」
拓海が僕の腕を引っ張るが、硬直しきった体は、びくともしない。怪異はもう、十数メートル先まで迫っている。
「拓海、もういい、逃げて……! 僕のせいで巻き添えに――」
「バカ言え! お前を見捨てるわけねぇだろ!」
拓海は叫ぶと、僕を背中に庇うようにして怪異の前に立ちはだかった。そして、懐から取り出したのは……なんと、超強力な『業務用LED工事用ライト』だった。
「幽霊だか何だか知らねぇが、レンズを通せばただの被写体だ! 蓮、ライトをあいつの顔に固定しろ!」
「えっ……!?」
「お前はビビりだけど、危険を察知するセンサーは天才的だ! 俺にはあいつの正確な位置が見えねぇ! お前が指示しろ!」
そう、拓海には怪異の姿が「ただのモヤ」にしか見えていない。逆に、僕にはハッキリと見えている。
恐怖が、一瞬で信頼へと変わる。僕が光を当て、拓海が突っ込む。この二人なら、絶対に生きて帰れる!
「……右! 30センチ上! 今!」
「しゃあ! くらえ、光量マックス(一万ルーメン)!!」
カチリ、とスイッチが押され、トンネル内が昼間のような爆発的な白光に包まれた。
「ギャアアアアアアアア!?」
怪異が激しい悲鳴を上げる。霊能力なんてない。だけど、あまりの爆光に、闇の存在である怪異の「視界」と「気配」が完全に焼き切られたのだ。怪異は激しくのたうち回り、そのまま霧のように消散していった。
静寂が戻ったトンネル内。
スマホの画面を見ると、ノイズが消え、コメント欄が祭り騒ぎになっていた。
『今の何!?』『ガチで消えた!?』『スカッとしたwww』『最強コンビすぎる!!』
「……はは、ざまぁみろ。俺たちの勝ちだ」
拓海がへたり込み、差し出してきた右手に、僕は自分の手をパチンと合わせた。
「もう最悪。心臓止まるかと思った。あ……はい、これ、拓海の好きな炭酸サイダー」
僕がポケットから差し出すと、拓海は「サンキュ」と不器用に笑って、一気に喉を鳴らした。
「蓮、お前の『ビビりセンサー』、世界一役に立つわ。次も頼むな?」
「次はもう絶対に来ないからね!」
文句を言い合いながら、僕らは肩を並べてトンネルを後にする。
恐怖を映す僕と、それを力でねじ伏せる拓海。この凸凹な二人こそが、どんな心霊現象も味方につける、最高で最強のモキュメンタリーバディだった。
審査員たちが感想を述べる。
「モキュメンタリーというより、普通にバトルものでは?」
「BLかとオモタ」
「山奥の旧トンネルでもスマホ通じんの?」
司会が審査員たちを遮る。
「聞かれもしないのにご批評をどうもありがとうございます。それでは次のエントリー、青春小説『その一秒を、君と駆ける。』です」
ジリジリと肌を焼く、うだるような夏の西日。
高校総体、陸上男子4×100メートルリレーの決勝の舞台。
アンカーの僕――新(あらた)は、スタートラインで前走者の背中をじっと見つめていた。心臓がうるさいくらいに脈打っている。
「新、絶対に前だけ見てろ。俺が、最高のバトンを届けてやる」
レース前、そう言って不敵に笑ったのは、3走を走る幼なじみの陸(りく)。
僕らは小学校からの付き合いだが、性格は真逆だ。僕はプレッシャーに弱い小心者の理論派。対する陸は、どんな大舞台でも物怖じしない超感覚派の野生児。
「……っ、陸、速い……!」
コーナーを抜けてきた陸は、現在3位。しかし、驚異的な爆発力で前の走者を猛追している。その瞳は、ただ真っ直ぐに僕だけを捉えていた。
実は、先月の県大会で、僕らはバトンミスをして失格になっていた。
『新がビビって早く出すぎるからだ!』
『陸の突き出しが強すぎるんだよ!』
大喧嘩をして、何日も口を利かなかった。だけど、放課後のグラウンドで夕暮れまで二人きり、何度も何度も手のひらを合わせ、お互いの呼吸を合わせてきた。
そして今、その決断の瞬間が来る。
「……いけ、新ッ!」
陸の叫び声と同時に、僕は前を向いて全力で一歩を踏み出した。
振り返らない。ここでスピードを緩めたら、前を走る強豪校には絶対に追いつけない。恐怖を捨て、幼なじみの足音だけを信じて加速する。
――バチィィィン!
右手のひらに、痛いくらいの衝撃が走った。
完璧なタイミング。吸い付くような、これ以上ない最高の一撃。
陸が、僕の弱気(南京錠)をその魂でぶち壊してくれたんだ。
「うおおおおお!」
バトンを受け取った僕は、残された100メートルを無我夢中で駆け抜けた。
隣のレーンのライバルが視界の端から消えていく。追い抜き、突き放す。僕の中に、陸の熱い体温が、走りが、そのまま流れ込んできたみたいだった。
――ゴール!
電光掲示板に「1位」の文字が灯る。
大歓声の中、息を切らして振り返ると、トラックの向こうから陸が満面の笑みで走ってきた。
「やったな、新! 見たかよ俺たちのバトン!」
「……うん、最高だった。陸が、完璧に繋いでくれたから」
陸は僕の肩をガシッと掴み、自分の首に巻いていたタオルで僕の汗を乱暴に拭った。
「当たり前だろ。お前を信じて突っ込んだんだ。はい、これ、約束のご褒美」
陸がポケットから取り出したのは、僕の大好物であるレモン味のスポーツドリンク。
冷たいボトルを頬に押し当てられ、僕は思わず笑ってしまう。
「ありがと。陸と一緒じゃなきゃ、この景色は見られなかった」
「何言ってんだ、隣に新がいなきゃ俺はただの暴走特急だ。これからも、俺の後ろは任せたぜ?」
「うん。次はもっと速いバトン、期待してるよ」
夕焼けに染まるトラックの上、僕らは拳を力強く突き合わせた。
小心者の僕と、自信家の陸。正反対な二人だからこそ、混ざり合えばどんな壁だって超えられる。これぞ僕たちの、最高で最強の青春バディだった。
審査員たちが感想を語る。
「また南京錠が出てきましたね」
「それに二人目の新が登場しましたね」
「陸とセットで上という名前にすれば良かったのに」
「上様じゃ時代劇だから」
「領収書だよ」
「時間が押して参りましたので次に行きます。時代劇です。『江戸の華、ふたりで咲かす。』」
カン、カン、カン!
静まり返った神田の夜に、激しい半鐘の音が響き渡る。
「火事だ! 本組(ほんぐみ)の出番だ!」
立ち上る猛烈な黒煙と赤黒い炎。火元は、大店(おおだな)の呉服屋だ。
「おい、へっぴり腰の『算盤(そろばん)先生』! 遅れるんじゃねぇぞ!」
火事場へ駆ける本組の纏持ち(まといもち)、一馬(かずま)が不敵に笑う。
「誰がへっぴり腰ですか! 私は現場の風向きと、火勢の推移を計算しているのです!」
息を切らしながら並走するのは、町塾の教師であり、本組の書役(事務方)を務める時生(ときお)。 ふたりは江戸の町を支える、正反対の幼なじみバディだ。一馬は考えるより先に体が動く、命知らずで血気盛んな現場の華。対する時生は、武家上がりの冷静沈着な理論派で、体力はないが頭脳は随一。
「おいおい、ありゃあ、ただの火じゃねぇな」
現場に着いた一馬の目が細まる。
風上で不自然に油をまく男たちの姿があった。火事に紛れて大店から金品を盗み出す、悪質な火事場泥棒の一味だ。一味が仕掛けた「二箇所同時の付け火」により、燃え盛る大屋根が今にも崩れ落ちそうになっていた。
「一馬、ダメです! 今飛び込めば、崩落に巻き込まれる!」
時生が引き留めるが、一馬は譲らない。
「バカ言え、あの上で纏を振って、他の組に『ここが火元だ』って知らせなきゃ、町が丸ごと灰になる! 俺の仕事は、命を張って道を指し示すことだ!」
一馬の頑固さを、時生は誰よりも知っている。ここで止めるのは相棒ではない。一馬が命を張るなら、自分はその命を守るための「計算」を全うするだけだ。
「……3分です」
時生は素早く懐から長崎出島土産の懐中時計を取り出し、夜空の煙を見上げた。
「風向き、火の回り、柱のきしみから見て、あと3分はあの屋根は持ちます。ただし、それを過ぎれば確実に崩落するでしょう。一馬、私の読みを信じられますか?」
「はっ、お前の算盤が外れたことなんて、一度もねぇよ!」
一馬はガシッと時生の肩を叩くと、燃え盛る呉服屋の屋根へと一気に駆け上がった。
猛烈な熱風が吹き荒れる中、一馬は本組の重い纏を力強く掲げ、闇夜に大きく振りかざす。
「本組、ここにありぃ!」
その勇姿を見て、火事場泥棒たちが「邪魔だ!」と一馬に襲いかかろうとした。
「させません!」
地上にいた時生が、塾の敷居を直すために持っていた大工道具の長尺(物差し)を手に取り、泥棒たちの足元へ正確に投げつける。計算された軌道は泥棒の足首を完璧に捉え、一味は派手に転倒した。
「2分経過! 一馬、降りろ!」
時生の鋭い声が響く。一馬はすぐさま纏を抱え、屋根から飛び降りた。
ドガガガァン!
一馬の足が地面に着いた刹那、背後で呉服屋の大屋根が凄まじい音を立てて崩れ落ちた。時生の計算は一秒の狂いもなかった。
駆けつけた他の火消したちによって火は消し止められ、泥棒一味も御用となった。
夜明けの薄明かりの中、煤(すす)で顔を真っ黒にしたふたりは、道端に腰を下ろす。
「……ひぇ、死ぬかと思った。もう、火消しの書役なんて辞めて、大人しく塾でいろはを教えていたいです」
時生がガタガタと震えながら愚痴をこぼす。
「へへ、何言ってんだ。お前の算盤がなきゃ、俺は今頃消し炭だ。はい、これ、ご褒美な」
一馬は笑って、懐からまだ温かい「神田名物の焼き芋」を半分に割って差し出した。
「甘い……。一馬、次はもっと安全な計算をさせてくださいね」
「おう、善処するぜい! でも次も、俺の背中は頼んだぜ、相棒?」
「……ふふ、仕方ありませんね」
熱い魂で道を切り拓く一馬と、冷徹な頭脳でその命を支える時生。
このふたりが江戸の町にいる限り、どんな大火も、どんな困難も、決してふたりの絆を焼き尽くすことはできない。これぞお江戸が誇る、唯一無二の最強仕事人バディだった。
審査員たちは口々に感想を言い合った。
「時代劇でバディってのに、違和感」
「きっと蘭学を修めているのでしょう、それで、英語がポロリと」
「蘭学だったらオランダ語だろ。そうだろう?」
バディに該当するオランダ語を巡り喧々諤々の審査員たちを尻目に、司会が次のコンテスト作品の紹介を始める。
「次はSF作品です。題名は『この宇宙(そら)の果てで、君の手を握る。』」
警告音が赤く明滅し、崩壊を続ける宇宙戦闘艦のブリッジに響き渡る。
「外殻装甲、残り8パーセント! これ以上は耐えられません!」
操縦桿を握る僕――ハルは、冷や汗を流しながら叫んだ。
僕たちの任務は、未知の地球外生命体『ネビュラ』の猛攻から、居住移民船団を逃がすための時間稼ぎ。しかし、敵の圧倒的な物量を前に、僕たちの戦闘艦はすでに限界を迎えていた。
「ハル、泣き言を言う暇があるなら、重力機関の出力を3%上げろ。計算上、あと4秒は延命できる」
隣の戦術席で、恐ろしいほど冷静にキーボードを叩くのは、サイボーグの少女・エル。
僕らは軍の実験部隊で組まされた、真逆の凸凹ペアだ。僕は感情豊かで直感頼みの「人間」の操縦士。エルは感情を排除し、すべてを確率で計算する「機械」の戦術官。
「無理だよエル! 敵の包囲網は完璧だ。確率ゼロだよ!」
「いいえ、0.001%だけ、生還のルートがある」
エルは淡々と言った。しかし、画面に表示されたその作戦(ルート)を見た瞬間、僕の息が止まった。
エルの乗る戦術ブロックを切り離し、それをデコイ(身代わり)にして敵の砲撃を引きつける。その隙に、僕の操縦席だけが脱出する――。
「エル……これじゃ、君が」
「私はサイボーグ。任務の完遂と、パイロットの生存が最優先。……すれ違いは、ここで終わりにしましょう。ハル、あなたは生きて」
エルの細い指が、ブロック切り離しのレバーにかかる。
いつも一歩引いて、僕を「人間だから」と遠ざけていたエル。でも、それは彼女なりの不器用な優しさだったんだ。
「ふざけるなッ!」
僕は身を乗り出し、エルの手をガシッと掴んだ。
機械の冷たい肌。だけど、微かに震えているのが伝わってきた。
「僕を誰だと思ってるんだ! 君が計算した『100%の絶望』を、何度もひっくり返してきた操縦士だぞ!」
「ハル……? 私の手を握る行為は、生存確率をさらに低下させ――」
「エル、僕の直感を信じろ! 二人でひとつの最強バディだろ!」
エルの瞳(センサー)が、驚きに大きく見開かれる。
僕は彼女の手を掴んだまま、残された左手だけで操縦桿を限界まで引き絞った。
「エルの計算した敵の攻撃予測データを、僕の脳に直接同期(リンク)して!」
「……同期開始。思考の並列化、完了。ハル、敵の次弾は――右、角度45!」
エルの頭脳(計算)と、僕の反射神経(直感)が完全に一つになる。
迫り来る無数のレーザーの雨。僕はエルの指示通り、寸分の狂いもなく戦闘艦を滑らせた。装甲をかすめ、火花を散らしながら、針の穴を通すような軌道で敵の包囲網の「隙間」へと突っ込んでいく。
「いっけえええええ!」
ドガァァァン! 凄まじい衝撃波を背中に受けながら、僕たちの戦闘艦は、敵の包囲網を奇跡的に突き抜けた。ワープ空間への突入に成功したのだ。
静寂が戻ったコックピット。
背後の窓には、遠ざかっていく敵軍と、無事に光の彼方へと逃げ切った移民船団の姿があった。
「はは……やった、やったよエル! 僕たちの勝ちだ!」
座席にへたり込んだ僕は、緊張が解けて笑いが止まらなくなった。
隣を見ると、エルは自分の右手をじっと見つめていた。さっきまで僕が握っていた、その手を。
「ハル。私の計算式に、修正が必要です」
「え?」「『ハルと二人で飛ぶ場合、生存確率は常に無限大になる』……と」
そう言って、エルは僕の方を向き、生まれて初めて、ほんの少しだけ口元を緩めて微笑んだ。それはどんな精密機械のグラフィックよりも、ずっと綺麗な笑顔だった。
「はい、これ。お疲れ様の糖分補給」
エルがポケットから取り出したのは、僕の大好物である宇宙食のイチゴゼリー。
冷たいパッケージを頬に押し当てられ、僕は「あはは、ありがとう」と笑ってそれを受け取る。
「エルの計算があれば、僕らはどこまでだって飛べるよ」
「ええ。あなたの無茶な操縦に付き合えるのは、世界で私だけですから」
直感で宇宙を駆ける人間の僕と、冷徹な計算で道を拓くサイボーグのエル。
この広い銀河の果てであっても、二人の絆がある限り、僕たちはどんな絶望の確率だって打ち砕いてみせる。これぞ宇宙一、最高で最強のSFバディだった。
審査員たちは感想を語り合った。
「直感タイプの主人公って、ここまでの作品になかったかも」
「サイボーグは計算タイプになるよね、だから人間の主人公だと、反対の直感型になるんじゃないかな」
「この後がどうなるか、気になります。この二人、どうなるのでしょうか?」
「時間がないので次の作品『画面の向こうの君へ、世界で一番のアツい音を。』を始めます」
眩しいスポットライトが、スタジオのステージを白く染め上げる。
「それでは、最終審査を始めます。制限時間は3分。……どうぞ!」
審査員の冷徹な声が、張り詰めた空気をいっそう震わせた。
大手芸能事務所が主催する、次世代のアーティスト発掘オーディション。
ギターを抱えた僕――ハルは、ステージの真ん中でガチガチに緊張していた。元々は部屋の片隅で弾き語り動画を投稿していただけの、コミュ障な『陰キャ配信者』。大勢の大人に見下ろされ、指が凍りついたように動かない。
「ここまで、なのかな……」
頭が真っ白になりかけたその時、僕の背中を、手のひらでバンッ!と力強く叩く音が響いた。
「おいおい、ビビってんじゃねぇよハル! お前の最高にかっこいい音、ここにいる大人たちにぶつけてやれ!」
隣でマイクを握り、不敵に笑うのは、バディのレン。
彼は動画配信の世界でミリオン再生を連発する、超人気者の『陽キャ実況者』だ。僕らは男子同士の芸能系コンビ。僕は技術はあるけれど自分に自信がない「音の職人」。レンは歌唱力は荒削りだけど圧倒的なカリスマ性で人を惹きつける「魅せる天才」。
「レン……!? でも、僕たちの演奏じゃ、この厳しいプロの審査員たちには――」
「関係ねぇよ! 俺の言葉(トーク)とお前のメロディが合わされば、同接(視聴者)だって世界だっていつでもお祭り騒ぎにできたろ!」
レンは審査員席に向き直ると、不敵にマイクを突き出した。
実は、このオーディションの直前、僕らは「お前の独りよがりのテンポじゃ歌えない!」「レンこそもっと周りの音を聞けよ!」と激しいすれ違いを起こし、大喧嘩をしていた。だけど、楽屋でお互いのスマホに録音された過去のコラボ動画を聴き返した時、気づいたんだ。僕の退屈な旋律に命を吹き込んでくれたのはレンの歌声で、レンの荒い歌を完璧に支えていたのは僕のギターだったことに。
そして今、決断の瞬間が来る。
「……いくよ、レン!」
僕が最初のコードを掻き鳴らした瞬間、凍りついていた指先が嘘のように熱くなった。
振り返らない。お互いの目を見なくても、隣を走る相棒の呼吸(テンポ)が肌に突き刺さるように伝わってくる。
「――かましてやろうぜ、相棒ッ!」
レンが叫び、爆発的なハイトーンボイスがスタジオを包み込んだ。
喧嘩して、すれ違って、それでも何度も重ね合わせてきた僕たちの『音楽』。レンが言葉の力で審査員の退屈(南京錠)をぶち壊し、僕が圧倒的なアレンジで彼を加速させる。二人なら、どんな高い壁だって一瞬で飛び越えられる!
「うおおおおお!」
僕のギターソロが火を噴く。レンの声と僕の音が、最高のアツいウネリとなってスタジオを支配していく。さっきまで冷ややかだった審査員たちが、驚愕の表情で身を乗り出すのが見えた。痛快な大逆転の瞬間だった。
演奏が終わり、スタジオに静寂が戻る。次の瞬間、割れんばかりの拍手が僕たちに降り注いだ。
ステージの袖に引き揚げた瞬間、僕はどっと力が抜けて、その場に座り込んでしまう。
「……やった、やったよレン。僕たちの、勝ちだ」
「へへ、当たり前だろ。お前のギター、今日が世界で一番最高だったぜ」
レンは笑って、ブレザーのポケットから、僕が大好物なイチゴ味の炭酸サイダーをぽいと投げた。僕はそれをナイスキャッチし、冷たいボトルを額に当てる。
「はい、お疲れ様のご褒美。これで次の配信の企画、付き合ってくれるよな?」
「……もう、強引なんだから。でも、レンと一緒なら、どこまでだって行ける気がする」
文句を言い合いながら、僕らは拳を力強く突き合わせた。
部屋の片隅で弾いていた僕と、画面の向こうで叫んでいたレン。真逆な二人だからこそ、この手を取り合えば、どんな世界だって一瞬で僕たちの色に変えてみせる。これぞ最高で最強の、新時代配信者バディだった。
審査員たちの笑い声が会場に響く。
「ハル、出てきましたね(笑い)」
「蓮(れん)も再登場でしょうか(笑い)」
「南京錠も(笑い)」
「ここまでが、ここまでで続出するのも凄いですね(笑い)」
「司会です。それでは次の作品『あやかし処の神隠し、ふたりで夜明けを。』を始めます」
おどろおどろしい紫の霧が、真夜中の神社の境内を包み込んでいた。
「人間ごときが、この『大天狗の領域』に踏み込むとは片腹痛い!」
怒号とともに、巨大な黒い羽根の突風が吹き荒れる。
女子高生の神楽坂(かぐらざか)ましろは、石畳にへたり込んでいた。実家の神社を継ぐために、人知れず『あやかしを祓う審神者(さにわ)』の修行中だが、今は結界が破られ、絶体絶命のピンチだ。
「ここまで、なのかな……」
恐怖に身をすくませたその時、ましろの前にスッと影が差した。
「やれやれ。うちのお嬢様を泣かせるとは、趣味の悪い天狗さんだね」
現れたのは、高級そうな漆黒の着物を崩して着た、銀髪の青年――夜叉丸(やしゃまる)。ましろの家に代々仕える守護妖(しゅごだいる)であり、年齢は数百年を数える。
ましろは真面目で小心者な「人間」。夜叉丸は不真面目で超不遜な「大妖怪」。普段から喧嘩ばかりの、年の差(?)正反対コンビだ。
「夜叉丸!? バカ、来ちゃダメ! 相手は神格に近い大あやかしなのよ!」
「お嬢、勘違いするな。俺はただ、お前が死ぬと明日から美味しい『特製お狐御膳』が食べられなくなるから助けに来ただけさ」
夜叉丸は妖しく微笑み、長い爪を鋭く研ぎ澄ませた。
夜叉丸は圧倒的な怪力を持つが、あやかしの性質上、「人間の祈り(霊力)」がなければ真の力を発揮できない。逆にましろは、強大な霊力を持つが、それを攻撃へと変換する戦闘センスが皆無だった。
「お嬢、いつまで縮こまってる。お前の『祈り』で、俺の力を解放しろ」
大天狗が再び、すべてを切り裂く烈風を放つ。直撃すれば、夜叉丸とて無事では済まない。
「夜叉丸、後ろに下がって――!」
「下がるわけねぇだろ。俺たちの絆は、この程度の風じゃびくともしないぜ!」
夜叉丸はましろの盾となるように一歩も引かない。ましろは、その広い背中を見て覚悟を決めた。
いつも意地悪ばかり言うけれど、ピンチの時は必ず一番に駆けつけてくれる。この大妖怪が隣にいるなら、私は何も怖くない!
「……夜叉丸、頼んだよ!」
ましろは夜叉丸の背中にそっと両手を添え、心の底から祈りを捧げた。
ましろの清らかな霊力が、夜叉丸の身体にダイレクトに流れ込む。すれ違っていた二人の呼吸が完全に一つになった瞬間、夜叉丸の周囲に爆発的な青い妖火が燃え上がった。大天狗の烈風が、その炎によって一瞬でかき消される。
「ハハッ、最高の霊力だ! いくぜ、お嬢!」
「うん、いって!」
夜叉丸が地を蹴り、光速で大天狗の懐へと飛び込む。霊力で強化された夜叉丸の一撃が、大天狗の持つ強力な『風水団扇(うちわ)』を真っ二つに叩き割った。
「ば、馬鹿なァァァ!」
武器を失った大天狗は、その圧倒的な威圧感に恐れをなし、霧の彼方へと逃げ去っていった。
静寂が戻った境内に、心地よい朝の光が差し込み始める。
夜叉丸はふぅと息を吐くと、いつもの飄々とした態度に戻り、ましろを振り返った。
「お見事。やっぱりお嬢の霊力は、世界一美味いな」
「……もう、心臓が止まるかと思ったんだからね。はい、これ。お礼」
ましろは制服のポケットから、夜叉丸が大好物の「いなり寿司(大サイズ)」を包みごと差し出した。夜叉丸はそれを嬉しそうに受け取り、ぱくりと口に咥える。
「ん、美味い。これで今回の貸しは帳消しにしてやるよ」
「上から目線なんだから。でも……ありがと、夜叉丸」
「どういたしまして、私のお嬢様」
二人は肩を並べ、朝日に照らされながら社務所へと歩き出す。
未熟な人間の審神者と、ひねくれ者の大妖怪。正反対な二人の唯一無二の絆は、どんな世界の闇だって、痛快に照らし出してみせるのだ。
審査員たちが感想を言い合った。
「ここまで、また出ましたね」
「一番最初の話を雰囲気が似てますね」
「こっちは和風だから」
「制服のポケットにお稲荷さんを入れる女子高生って……」
「万引きじゃないでしょうね(笑い)」
「パンツから出してないからセーフ」
「それでは次の作品。ミステリーですね。タイトルは『その嘘を、君の真実で暴いて。』」
嵐の夜、白亜の洋館の書斎。
「……フフ、無駄だよ。この完璧な密室殺人の犯行を立証できる証拠など、どこにもない」
警察の目を巧みに欺いた冷酷な犯人が、勝ち誇ったように嘲笑う。
高校生探偵の御剣(みつるぎ)千紗(ちさ)は、悔しさに唇を噛み締めていた。
犯人の完璧なアリバイと、現場に残された奇妙な暗号。どれだけ思考の糸を巡らせても、最後のピースだけがどうしても繋がらない。
「ここまで、なのかな……」
千紗が諦めかけたその時、書斎の重い扉が静かに開いた。
「相変わらず諦めが早いのね、千紗。あなたのその『真っ直ぐすぎる目』が、時に真実を曇らせるのよ」
現れたのは、長い黒髪をなびかせた同級生――不知火(しらぬい)玲(れい)。
千紗のクラスメイトであり、裏の顔は天才的な手口を持つ『元・詐欺師』の少女だ。
ふたりは学園でも有名な女子同士の凸凹バディ。千紗は正義感にあふれ、物事を表から論理的に組み立てる「光の探偵」。対する玲は、人間の心理を操り、物事を裏から斜めに見る「影の詐欺師」。
「玲!? どうしてここに……! 関係のないあなたは下がってて!」
「関係なくないわ。私は、あなたが悔しそうな顔をしているのが世界で一番大嫌いなの」
玲は不敵に微笑み、犯人の前に進み出た。
玲には千紗のような緻密な推理力はない。しかし、相手の呼吸や目線の動きから「嘘」を確実に見抜く超直感的な心理分析スキルを持っていた。
「千紗、あの男の左手の指を見て。さっきから結婚指輪を何度も弄(いじ)っているわ。彼が本当に怯えているのは、密室のトリックが暴かれることじゃない。――自分が隠した『もう一つの鍵』の位置よ」
犯人の顔色が、一瞬で土気色に変わる。
「な、何を根拠に……!」
「玲、それって……!」
千紗の脳裏に、霧が晴れるように一本の線が繋がった。玲が見抜いた犯人の心理的動揺(バグ)。それこそが、千紗が導き出せなかった最後のピースだった。
「逃がさないわ。――ふたりで一つの、最強の謎解きを見せてあげる!」
千紗はすぐさま床の絨毯を指差した。
「犯人は密室を作ったんじゃない! この部屋の家具の配置をあらかじめ数センチずつずらし、私たちの『視覚の死角』を利用して、外から鍵が閉まっているように錯覚させただけです! そしてその本物の鍵は――あなたが今も触っている、その結婚指輪の裏に隠されている!」
千紗の完璧な論理と、玲が引き出した心理的決定打。
ふたりのコンビネーションの前に、犯人はガタガタと震え出し、その場に崩れ落ちた。痛快な大逆転劇だった。
事件が解決し、パトカーの赤色灯が洋館を赤く染める頃。
千紗はどっと疲れて、庭のベンチに座り込んでいた。
「……ありがと、玲。またあなたに助けられちゃった」
「別に。あなたの推理がなければ、私はただの口の悪い女の子よ」
玲はブレザーのポケットから、千紗が大好きなイチゴ味のチョコレートをぽいと投げた。千紗はそれを慌ててキャッチし、ふふっと笑みを浮かべる。
「はい、今回の報酬。これで貸し借りなしね」
「甘い報酬。でも……これがあるから、玲との探偵ごっこはやめられないの」
チョコを口に含んだ千紗は、玲と肩を並べて歩き出す。
正義の探偵と、元詐欺師の少女。正反対なふたりの唯一無二の絆は、どんなに複雑に絡み合った嘘の迷宮だって、絶対に解き明かしてみせるのだ。
審査員たちが感想を述べ合う。
「ここまで、好きすぎるだろ!」
「密室トリックが凄いね。何なんだろう? ちょっと動かしておくって、何なの!」
「本格ミステリって、基本は馬鹿ミスだから(震え声)」
「密室殺人って書いてあるけど、それを女子高生のコンビが解決するって、どういうこと?」
「そりゃ野いちごに投稿する作品だから」
「女子小学生でもいいかもよ」
審査員たちの話は続いていたが、私は聞いていなかった。私が会いたかった人物の姿が、目に入ってきたのだ。その人は今、会場を出て行こうとしている。行かせてはならない。どうしても、話をしたいのだ。そして、今度こそ言うのだ。あのときに言えなかった言葉を、どうしても伝えたいのだ。「私の一生のパートナーになってほしい、唯一無二の最強バディになって下さい」と。
席を立つ。あの人の後を追いかけ、会場である<鳳凰の間>を出る。
件の<鳳凰の間>はロビーからエスカレーターを昇って三階の真ん中にある。会議室あるいは宴会場に使う多目的ホールのようだ。入り口の脇に受付があった。私は、そこに近づいた。懐から招待状を出して、受付の若い男性に見せる。
「ご招待頂いた○○という者だ」
「お待ちしておりました。こちらにお名前をご記入お願いします」
私は字が下手なので、記帳が必要な行事に参加するのは憂鬱だ。それでも来たのは、この『この2人が最強‼ベストバディ短編コンテスト』に興味があったからだ。
いや、正確には、それだけではない。私の昔のパートナーが、こういったイベントに目がなかった。もしかすると、ここに来れば、あの人と再会できるのではないか? そんなロマンチックな淡い期待があったのだ。
名簿に記帳しながら、あの人の名を探す。なかった。だが、別の紙に名前が載っている可能性はある。ただし、確認はできない。名前を見せてくれと言えば見せてもらえるかもしれないが、コンテストの開始時刻が迫っており、私の後ろには記帳を待つ人の列が出来つつあった。無理は言えない。私は受付を離れた。<鳳凰の間>へ通じるドアを開ける。中は人で溢れていた。空いている席を探す。見つかった。そこに座って、受付で貰ったパンフレットを読もうとしたら、スピーカーから声が聞こえてきた。
「そろそろ開始時刻となりましたので、お席の方にお願いします」
左右の席に人が座った。両方に会釈する。知らない顔だった。それから再びパンフレットに目をやる。
パンフレットには、こんなことが書かれている。
『ふたりなら、どんな壁だって乗り越えられる!
お互いの強みや弱みを補い合い、影響し合いながら成長していく――そんな唯一無二の関係性。
ライバルでもあり、仲間でもあり、「この人が隣にいれば最強」と思えるような
最高で最強のバディやペア、コンビが登場する物語を書いてください。
このテーマで大切なのは
ふたりの関係性がしっかり伝わること
短い文字数の中でも、物語の山場となる事件や出来事を用意すること
敵対する存在との対峙、試練、すれ違い、決断の瞬間などなど…
物語のクライマックスとなる場面を通してこのふたりだからこそ成立する関係を書いてみましょう。
ふとした会話や仕草、信頼が感じられる行動から、ふたりの仲の良さや絆が垣間見える描写も忘れずに♡』
ハートのマークが微笑ましく、私は頬を綻ばせた。パンフレットの続きを読む。
『例えばこんなバディ・ペア・コンビを募集中!
年の差/正反対な性格/不思議な関係性/敵対関係
女子同士/男子同士/男女/部活/芸能系/双子/幼なじみ…などなど』
バリエーションは無限大だな……と考えていたら、コンテストが始まった。壇上に司会の男性が立つ。
「え~それでは、お時間となりましたので、これより『この2人が最強‼ベストバディ短編コンテスト』を始めさせていただきます。私は司会進行役を務めさせていただきます、ノイチと申します。よろしくお願いします」
会場から拍手がまばらに起きた。私はしなかった。
「それでは審査員の先生方をご紹介致します――」
審査員一人一人の経歴が発表される間、私は会場内を見回していた。かつてのパートナーで、私のベストバディだった人間の姿を探していたのだ。後姿でも分かる自信がある。いれば分かるはず……と目を凝らしたが、会場内は広い。しかも、この<鳳凰の間>は、かなり大勢の人間を収容していた。審査員紹介が終わるまでに、あの人を見つけ出すことができなかった。
やがて司会は言った。
「それでは最初の作品をご紹介致します。霊能力最強の女子高生と泥棒のおっさんが活躍するホラーアクション、タイトルは『女子高生の胸の鍵をピッキングツールで開けるのはアウト、セーフ、よよいのよい!』です」
灰色の雨が、廃ビルのコンクリートを濡らしていた。
女子高生霊媒師の神代莉音(かみしろ りおん)は、呪詛の塊である巨大人型怪異『業魔』の前に膝をついていた。霊力を使い果たし、お気に入りのセーラー服は泥と血で汚れている。
「ここまで、か……」
絶望に目を閉じかけたその時、バシャバシャと激しく水たまりを跳ね上げる音が響いた。
「おいおい、おねんねには早すぎるぜ、お嬢ちゃん!」
現れたのは、ボロボロのヨレヨレトレンチコートを着た男――阿久津新(あくつ あらた)、三十八歳。莉音の「ビジネスバディ」であり、霊能力ゼロの元泥棒である。
「新……!? バカ、なんで来たの! あなたには霊が見えないし、攻撃も通じないのに!」
「見えなくたって、お前がピンチなのは空気で分かるさ」
新は不敵に笑い、懐から古びたピッキングツールを取り出した。
彼のスキルは【概念解錠(コンセプト・オープン)】。鍵穴だけでなく、この世のあらゆる「閉ざされたもの」をこじ開ける、泥棒上がりの超個性的かつ奇抜な能力だ。
「莉音、お前の『最強の霊力』、頑丈な心の奥に鍵をかけて閉じ込めてやがるな? 恐怖って名の南京錠だ」
業魔が咆哮し、巨大な腕を振り下ろす。直撃すれば命はない。
「新、逃げて――!」
「逃げるわけねぇだろ。俺たちは、二人で一人の最強コンビだ!」
新は迷わず業魔の攻撃の軌道へ飛び込んだ。そして、莉音の胸元へ手を伸ばし、ピッキングツールを空間でカチリと鳴らす。
「開け、神代莉音の本当の力!」
カチャリ、と莉音の心の中で音がした。
新のスキルによって、恐怖で萎縮していた莉音の霊界が強制解放される。次の瞬間、莉音の身体から爆発的な黄金の霊力が噴き出した。風圧だけで、業魔の腕が弾き飛ばされる。
「……すっごい。身体が、軽い」
莉音は立ち上がり、新の背中を見た。霊力を持たない新は、ただの風圧の余波でさえ、歯を食いしばって耐えている。年の差21歳。正反対の能力。だけど、彼が隣にいるだけで、負ける気が一切しない。
「おっさん、サポートよろしく!」
「任せとけ、お嬢ちゃん。あいつの『防御の概念』も、今から俺がぶっ壊してやる!」
新が業魔に向かって走り、空間をひっかくようにツールを振るう。業魔を包んでいた不可視の結界が、ガラスのようにパリンと割れた。
「今だ、莉音! ぶち抜け!」
「はあああああ!」
莉音は全霊力を右拳に集束させ、跳躍した。無防備になった業魔の胸へと、痛快な一撃を叩き込む。
轟音と共に業魔が光の粒子となって消滅していく。灰色の雲が割れ、二人の上に美しい青空が広がった。
着地した莉音は、ふらつく足取りで新に歩み寄る。
「……ありがと。またおっさんに助けられちゃった」
「へへ、お互い様だろ。お前が霊を退治してくれなきゃ、俺は今頃あの世行きだ」
新はトレンチコートのポケットから、莉音が大好きなイチゴ味の棒付きキャンディを取り出し、ぽいと投げた。莉音はそれをナイスキャッチし、不器用な笑みを浮かべる。
「はい、今回の報酬。これでチャラな」
「安い報酬。でも……まあ、今回は許してあげる」
キャンディを口に含んだ莉音は、新と肩を並べて歩き出す。
霊能力最強の女子高生と、概念を解錠する泥棒のおっさん。交わるはずのなかった二人の絆は、どんな試練も、どんな壁も、絶対に打ち砕く。これぞ唯一無二の、最高で最強のバディだった。
司会が言った。
「先生方、いかがでしょうか? 何かご意見がございましたら、どうぞ」
審査員たちは様々な意見を述べた。
「クライマックスのバトルシーンだけなのね」
「どうして二人がこんなになってんの? 説明が欲しいよね」
「必要最小限の描写で話がサクサク進むのはイイね」
大体の審査員が意見を言ったところで司会は次の作品を紹介し始めた。
「貴重なご意見をどうもありがとうございます。それでは次のエントリー作品に参ります。スローライフを満喫するコンビを描いた『湯加減どうですか? いいお湯です!』です」
満天の星が輝く、ここは異世界の辺境の村。
お茶汲みしかできないと学園を追放された【水魔法(ただし微量)】の聖女・エレナは、今、獰猛な魔獣『キングベア』の前に立ち尽くしていた。
「ここまで、です……か……」
学園のエリートたちを見返すための素材採集。だが、戦闘力ゼロのエレナには荷が重すぎた。魔獣の鋭い爪が振り下ろされようとしたその瞬間、草むらから一人の少年が飛び出してきた。
「おいおい! 俺の特等席で何ピンチになってんだよ、聖女様!」
現れたのは、この辺境の村でニート同然のスローライフを送る少年、トウマ。
彼は剣も魔法も使えない。だが、世界で彼だけの面白スキルを持っていた。その名も――【全自動湯沸かし(フルオート・ボイル)】。
「トウマくん!? ダメ、逃げて! あなたじゃその魔獣には勝てない!」
「勝つ必要なんてねぇよ。お前、水なら出せるんだろ? 全力で出せ!」
トウマは不敵に笑い、魔獣の目の前へ勇敢に(というか呑気に)躍り出た。
エレナはトウマの意図を察し、最後の魔力を振り絞る。
「……お願い、出て! ウォーター!」
エレナの杖から、バケツ一杯分ほどの頼りない水が噴き出し、魔獣の顔面にビシャリとかかった。それが不快だったようだ。魔獣はただ濡れただけで、さらに怒り狂う。
「よし、ナイスだエレナ! ――【全自動湯沸かし】、限界突破(オーバードライブ)!!」
トウマが叫んだ瞬間、魔獣の顔にかかった「ただの水」が、一瞬で『100度の沸騰した熱湯』へと姿を変えた。
じゅうううう! と激しい湯気と音が立ち込める。
「ギャオオオオオン!?」
顔面を襲った突然の激痛に、キングベアが悲鳴を上げてのたうち回る。
トウマのスキルは、視界にある「水」を強制的に沸騰させるだけの生活魔法。だが、エレナの「お茶汲み程度の水魔法」と合わされば、一瞬で敵を無力化する最強の熱湯地獄へと変貌するのだ。
「す、すごい……! 私の魔法が、効いてる……!」
「へへ、驚くのはまだ早いぜ。トドメだ、エレナ!」
トウマは腰のポーチから、村の特産品である『しびれ茶の葉』を取り出し、魔獣の足元の水たまりに投げ入れた。
「エレナ、あいつの足元にもう一発、水をくれ!」
「はいっ!」
エレナが再び放った水が、茶葉を濡らす。トウマがそれを瞬時に沸騰させ、超濃厚な『しびれ茶』をその場で抽出した。魔獣は足の皮膚から麻痺成分を吸収し、その場にドスンと頽(くずお)れ、完全に気絶した。
追放された無能聖女と、お湯しか沸かせない辺境の少年。
正反対で、一見すると何の役にも立たない二人の能力。だけど、二人合わされば、どんな強敵だって一瞬で “ざまぁ” できる痛快大逆転バディだった。
「ふぅ、大物ゲットだな。これで今月の村の生活費は安泰だ」
トウマはいつもの気楽な笑顔に戻り、懐からマイボトルを取り出した。
「ほら、お疲れさん、エレナ」
「あ……ありがとう、トウマくん」
手渡されたのは、エレナの水とトウマの魔法で作った、ほんのり甘い極上のハーブティー。
一口飲むと、張り詰めていた心がじんわりと温かくなっていく。
「私、学園を追放されて絶望してた。でも……トウマくんの隣にいる今が、一番楽しいです」
「お前のお茶汲み魔法、世界一実用的だからな。これからも俺の隣で、美味しいお茶、淹れてくれよ?」
「ふふ、喜んで!」
のんびりとしたスローライフの裏で、二人は今日も最高のコンビネーションを見せる。この二人が隣にいれば、どんな試練だって、美味しく沸かして解決できるのだ。
司会が審査員たちに批評を求める。
「ここまでが、またですか。これ、前の作品と同じでは? ちょっと違うけど」
「こっちは “ざまぁ” が入ってますから」
「二人でカフェーを開く未来が見えます」
「それでは次の作品。こちらはモキュメンタリーですね。タイトルは『【配信中】絶対に見てはいけない旧トンネルで、僕らは最強の相棒(バディ)になる。』です」
「……ねえ、本当に映ってる? これ」
深夜2時。ジメジメした山奥の旧トンネル。
カメラを構える僕――蓮(れん)の手は、恐怖でガタガタと震えていた。画面の向こう、スマートフォンのコメント欄は「やばい」「逃げろ」「後ろに誰かいる」という視聴者の悲鳴で埋め尽くされている。
「安心しろ蓮。俺のカメラワークと、お前のビビりリアクションがあれば、今夜の配信は同接1万人超えだ」
隣で不敵に笑うのは、オカルト配信の相棒であり、動画編集担当の拓海(たくみ)。
僕らは高校の同級生で、凸凹コンビだ。僕は霊感ゼロの超ビビり。対する拓海は、幽霊なんて一ミリも信じていない超現実主義のオレ様人間。
「そんな呑気なこと言わないでよ! さっきから、誰もいないのに足音が――」
その時だった。
キィィィィィン、と鼓膜を刺すような金属音が響き、スマホの画面が激しく乱れた。
『……ミツケタ……』
湿った、粘り気のある声。トンネルの奥から、四つん這いになった「何か」が、恐ろしい速度でこちらへ這いつくばって迫ってくる。それは人間の形をしていなかった。顔がなく、無数の髪の毛が蠢いている。
「ひ、ひぃっ……!」
僕は恐怖のあまり腰を抜かし、地面に倒れ込んだ。完全に足がすくんで動けない。
「おい、蓮! 立て!」
拓海が僕の腕を引っ張るが、硬直しきった体は、びくともしない。怪異はもう、十数メートル先まで迫っている。
「拓海、もういい、逃げて……! 僕のせいで巻き添えに――」
「バカ言え! お前を見捨てるわけねぇだろ!」
拓海は叫ぶと、僕を背中に庇うようにして怪異の前に立ちはだかった。そして、懐から取り出したのは……なんと、超強力な『業務用LED工事用ライト』だった。
「幽霊だか何だか知らねぇが、レンズを通せばただの被写体だ! 蓮、ライトをあいつの顔に固定しろ!」
「えっ……!?」
「お前はビビりだけど、危険を察知するセンサーは天才的だ! 俺にはあいつの正確な位置が見えねぇ! お前が指示しろ!」
そう、拓海には怪異の姿が「ただのモヤ」にしか見えていない。逆に、僕にはハッキリと見えている。
恐怖が、一瞬で信頼へと変わる。僕が光を当て、拓海が突っ込む。この二人なら、絶対に生きて帰れる!
「……右! 30センチ上! 今!」
「しゃあ! くらえ、光量マックス(一万ルーメン)!!」
カチリ、とスイッチが押され、トンネル内が昼間のような爆発的な白光に包まれた。
「ギャアアアアアアアア!?」
怪異が激しい悲鳴を上げる。霊能力なんてない。だけど、あまりの爆光に、闇の存在である怪異の「視界」と「気配」が完全に焼き切られたのだ。怪異は激しくのたうち回り、そのまま霧のように消散していった。
静寂が戻ったトンネル内。
スマホの画面を見ると、ノイズが消え、コメント欄が祭り騒ぎになっていた。
『今の何!?』『ガチで消えた!?』『スカッとしたwww』『最強コンビすぎる!!』
「……はは、ざまぁみろ。俺たちの勝ちだ」
拓海がへたり込み、差し出してきた右手に、僕は自分の手をパチンと合わせた。
「もう最悪。心臓止まるかと思った。あ……はい、これ、拓海の好きな炭酸サイダー」
僕がポケットから差し出すと、拓海は「サンキュ」と不器用に笑って、一気に喉を鳴らした。
「蓮、お前の『ビビりセンサー』、世界一役に立つわ。次も頼むな?」
「次はもう絶対に来ないからね!」
文句を言い合いながら、僕らは肩を並べてトンネルを後にする。
恐怖を映す僕と、それを力でねじ伏せる拓海。この凸凹な二人こそが、どんな心霊現象も味方につける、最高で最強のモキュメンタリーバディだった。
審査員たちが感想を述べる。
「モキュメンタリーというより、普通にバトルものでは?」
「BLかとオモタ」
「山奥の旧トンネルでもスマホ通じんの?」
司会が審査員たちを遮る。
「聞かれもしないのにご批評をどうもありがとうございます。それでは次のエントリー、青春小説『その一秒を、君と駆ける。』です」
ジリジリと肌を焼く、うだるような夏の西日。
高校総体、陸上男子4×100メートルリレーの決勝の舞台。
アンカーの僕――新(あらた)は、スタートラインで前走者の背中をじっと見つめていた。心臓がうるさいくらいに脈打っている。
「新、絶対に前だけ見てろ。俺が、最高のバトンを届けてやる」
レース前、そう言って不敵に笑ったのは、3走を走る幼なじみの陸(りく)。
僕らは小学校からの付き合いだが、性格は真逆だ。僕はプレッシャーに弱い小心者の理論派。対する陸は、どんな大舞台でも物怖じしない超感覚派の野生児。
「……っ、陸、速い……!」
コーナーを抜けてきた陸は、現在3位。しかし、驚異的な爆発力で前の走者を猛追している。その瞳は、ただ真っ直ぐに僕だけを捉えていた。
実は、先月の県大会で、僕らはバトンミスをして失格になっていた。
『新がビビって早く出すぎるからだ!』
『陸の突き出しが強すぎるんだよ!』
大喧嘩をして、何日も口を利かなかった。だけど、放課後のグラウンドで夕暮れまで二人きり、何度も何度も手のひらを合わせ、お互いの呼吸を合わせてきた。
そして今、その決断の瞬間が来る。
「……いけ、新ッ!」
陸の叫び声と同時に、僕は前を向いて全力で一歩を踏み出した。
振り返らない。ここでスピードを緩めたら、前を走る強豪校には絶対に追いつけない。恐怖を捨て、幼なじみの足音だけを信じて加速する。
――バチィィィン!
右手のひらに、痛いくらいの衝撃が走った。
完璧なタイミング。吸い付くような、これ以上ない最高の一撃。
陸が、僕の弱気(南京錠)をその魂でぶち壊してくれたんだ。
「うおおおおお!」
バトンを受け取った僕は、残された100メートルを無我夢中で駆け抜けた。
隣のレーンのライバルが視界の端から消えていく。追い抜き、突き放す。僕の中に、陸の熱い体温が、走りが、そのまま流れ込んできたみたいだった。
――ゴール!
電光掲示板に「1位」の文字が灯る。
大歓声の中、息を切らして振り返ると、トラックの向こうから陸が満面の笑みで走ってきた。
「やったな、新! 見たかよ俺たちのバトン!」
「……うん、最高だった。陸が、完璧に繋いでくれたから」
陸は僕の肩をガシッと掴み、自分の首に巻いていたタオルで僕の汗を乱暴に拭った。
「当たり前だろ。お前を信じて突っ込んだんだ。はい、これ、約束のご褒美」
陸がポケットから取り出したのは、僕の大好物であるレモン味のスポーツドリンク。
冷たいボトルを頬に押し当てられ、僕は思わず笑ってしまう。
「ありがと。陸と一緒じゃなきゃ、この景色は見られなかった」
「何言ってんだ、隣に新がいなきゃ俺はただの暴走特急だ。これからも、俺の後ろは任せたぜ?」
「うん。次はもっと速いバトン、期待してるよ」
夕焼けに染まるトラックの上、僕らは拳を力強く突き合わせた。
小心者の僕と、自信家の陸。正反対な二人だからこそ、混ざり合えばどんな壁だって超えられる。これぞ僕たちの、最高で最強の青春バディだった。
審査員たちが感想を語る。
「また南京錠が出てきましたね」
「それに二人目の新が登場しましたね」
「陸とセットで上という名前にすれば良かったのに」
「上様じゃ時代劇だから」
「領収書だよ」
「時間が押して参りましたので次に行きます。時代劇です。『江戸の華、ふたりで咲かす。』」
カン、カン、カン!
静まり返った神田の夜に、激しい半鐘の音が響き渡る。
「火事だ! 本組(ほんぐみ)の出番だ!」
立ち上る猛烈な黒煙と赤黒い炎。火元は、大店(おおだな)の呉服屋だ。
「おい、へっぴり腰の『算盤(そろばん)先生』! 遅れるんじゃねぇぞ!」
火事場へ駆ける本組の纏持ち(まといもち)、一馬(かずま)が不敵に笑う。
「誰がへっぴり腰ですか! 私は現場の風向きと、火勢の推移を計算しているのです!」
息を切らしながら並走するのは、町塾の教師であり、本組の書役(事務方)を務める時生(ときお)。 ふたりは江戸の町を支える、正反対の幼なじみバディだ。一馬は考えるより先に体が動く、命知らずで血気盛んな現場の華。対する時生は、武家上がりの冷静沈着な理論派で、体力はないが頭脳は随一。
「おいおい、ありゃあ、ただの火じゃねぇな」
現場に着いた一馬の目が細まる。
風上で不自然に油をまく男たちの姿があった。火事に紛れて大店から金品を盗み出す、悪質な火事場泥棒の一味だ。一味が仕掛けた「二箇所同時の付け火」により、燃え盛る大屋根が今にも崩れ落ちそうになっていた。
「一馬、ダメです! 今飛び込めば、崩落に巻き込まれる!」
時生が引き留めるが、一馬は譲らない。
「バカ言え、あの上で纏を振って、他の組に『ここが火元だ』って知らせなきゃ、町が丸ごと灰になる! 俺の仕事は、命を張って道を指し示すことだ!」
一馬の頑固さを、時生は誰よりも知っている。ここで止めるのは相棒ではない。一馬が命を張るなら、自分はその命を守るための「計算」を全うするだけだ。
「……3分です」
時生は素早く懐から長崎出島土産の懐中時計を取り出し、夜空の煙を見上げた。
「風向き、火の回り、柱のきしみから見て、あと3分はあの屋根は持ちます。ただし、それを過ぎれば確実に崩落するでしょう。一馬、私の読みを信じられますか?」
「はっ、お前の算盤が外れたことなんて、一度もねぇよ!」
一馬はガシッと時生の肩を叩くと、燃え盛る呉服屋の屋根へと一気に駆け上がった。
猛烈な熱風が吹き荒れる中、一馬は本組の重い纏を力強く掲げ、闇夜に大きく振りかざす。
「本組、ここにありぃ!」
その勇姿を見て、火事場泥棒たちが「邪魔だ!」と一馬に襲いかかろうとした。
「させません!」
地上にいた時生が、塾の敷居を直すために持っていた大工道具の長尺(物差し)を手に取り、泥棒たちの足元へ正確に投げつける。計算された軌道は泥棒の足首を完璧に捉え、一味は派手に転倒した。
「2分経過! 一馬、降りろ!」
時生の鋭い声が響く。一馬はすぐさま纏を抱え、屋根から飛び降りた。
ドガガガァン!
一馬の足が地面に着いた刹那、背後で呉服屋の大屋根が凄まじい音を立てて崩れ落ちた。時生の計算は一秒の狂いもなかった。
駆けつけた他の火消したちによって火は消し止められ、泥棒一味も御用となった。
夜明けの薄明かりの中、煤(すす)で顔を真っ黒にしたふたりは、道端に腰を下ろす。
「……ひぇ、死ぬかと思った。もう、火消しの書役なんて辞めて、大人しく塾でいろはを教えていたいです」
時生がガタガタと震えながら愚痴をこぼす。
「へへ、何言ってんだ。お前の算盤がなきゃ、俺は今頃消し炭だ。はい、これ、ご褒美な」
一馬は笑って、懐からまだ温かい「神田名物の焼き芋」を半分に割って差し出した。
「甘い……。一馬、次はもっと安全な計算をさせてくださいね」
「おう、善処するぜい! でも次も、俺の背中は頼んだぜ、相棒?」
「……ふふ、仕方ありませんね」
熱い魂で道を切り拓く一馬と、冷徹な頭脳でその命を支える時生。
このふたりが江戸の町にいる限り、どんな大火も、どんな困難も、決してふたりの絆を焼き尽くすことはできない。これぞお江戸が誇る、唯一無二の最強仕事人バディだった。
審査員たちは口々に感想を言い合った。
「時代劇でバディってのに、違和感」
「きっと蘭学を修めているのでしょう、それで、英語がポロリと」
「蘭学だったらオランダ語だろ。そうだろう?」
バディに該当するオランダ語を巡り喧々諤々の審査員たちを尻目に、司会が次のコンテスト作品の紹介を始める。
「次はSF作品です。題名は『この宇宙(そら)の果てで、君の手を握る。』」
警告音が赤く明滅し、崩壊を続ける宇宙戦闘艦のブリッジに響き渡る。
「外殻装甲、残り8パーセント! これ以上は耐えられません!」
操縦桿を握る僕――ハルは、冷や汗を流しながら叫んだ。
僕たちの任務は、未知の地球外生命体『ネビュラ』の猛攻から、居住移民船団を逃がすための時間稼ぎ。しかし、敵の圧倒的な物量を前に、僕たちの戦闘艦はすでに限界を迎えていた。
「ハル、泣き言を言う暇があるなら、重力機関の出力を3%上げろ。計算上、あと4秒は延命できる」
隣の戦術席で、恐ろしいほど冷静にキーボードを叩くのは、サイボーグの少女・エル。
僕らは軍の実験部隊で組まされた、真逆の凸凹ペアだ。僕は感情豊かで直感頼みの「人間」の操縦士。エルは感情を排除し、すべてを確率で計算する「機械」の戦術官。
「無理だよエル! 敵の包囲網は完璧だ。確率ゼロだよ!」
「いいえ、0.001%だけ、生還のルートがある」
エルは淡々と言った。しかし、画面に表示されたその作戦(ルート)を見た瞬間、僕の息が止まった。
エルの乗る戦術ブロックを切り離し、それをデコイ(身代わり)にして敵の砲撃を引きつける。その隙に、僕の操縦席だけが脱出する――。
「エル……これじゃ、君が」
「私はサイボーグ。任務の完遂と、パイロットの生存が最優先。……すれ違いは、ここで終わりにしましょう。ハル、あなたは生きて」
エルの細い指が、ブロック切り離しのレバーにかかる。
いつも一歩引いて、僕を「人間だから」と遠ざけていたエル。でも、それは彼女なりの不器用な優しさだったんだ。
「ふざけるなッ!」
僕は身を乗り出し、エルの手をガシッと掴んだ。
機械の冷たい肌。だけど、微かに震えているのが伝わってきた。
「僕を誰だと思ってるんだ! 君が計算した『100%の絶望』を、何度もひっくり返してきた操縦士だぞ!」
「ハル……? 私の手を握る行為は、生存確率をさらに低下させ――」
「エル、僕の直感を信じろ! 二人でひとつの最強バディだろ!」
エルの瞳(センサー)が、驚きに大きく見開かれる。
僕は彼女の手を掴んだまま、残された左手だけで操縦桿を限界まで引き絞った。
「エルの計算した敵の攻撃予測データを、僕の脳に直接同期(リンク)して!」
「……同期開始。思考の並列化、完了。ハル、敵の次弾は――右、角度45!」
エルの頭脳(計算)と、僕の反射神経(直感)が完全に一つになる。
迫り来る無数のレーザーの雨。僕はエルの指示通り、寸分の狂いもなく戦闘艦を滑らせた。装甲をかすめ、火花を散らしながら、針の穴を通すような軌道で敵の包囲網の「隙間」へと突っ込んでいく。
「いっけえええええ!」
ドガァァァン! 凄まじい衝撃波を背中に受けながら、僕たちの戦闘艦は、敵の包囲網を奇跡的に突き抜けた。ワープ空間への突入に成功したのだ。
静寂が戻ったコックピット。
背後の窓には、遠ざかっていく敵軍と、無事に光の彼方へと逃げ切った移民船団の姿があった。
「はは……やった、やったよエル! 僕たちの勝ちだ!」
座席にへたり込んだ僕は、緊張が解けて笑いが止まらなくなった。
隣を見ると、エルは自分の右手をじっと見つめていた。さっきまで僕が握っていた、その手を。
「ハル。私の計算式に、修正が必要です」
「え?」「『ハルと二人で飛ぶ場合、生存確率は常に無限大になる』……と」
そう言って、エルは僕の方を向き、生まれて初めて、ほんの少しだけ口元を緩めて微笑んだ。それはどんな精密機械のグラフィックよりも、ずっと綺麗な笑顔だった。
「はい、これ。お疲れ様の糖分補給」
エルがポケットから取り出したのは、僕の大好物である宇宙食のイチゴゼリー。
冷たいパッケージを頬に押し当てられ、僕は「あはは、ありがとう」と笑ってそれを受け取る。
「エルの計算があれば、僕らはどこまでだって飛べるよ」
「ええ。あなたの無茶な操縦に付き合えるのは、世界で私だけですから」
直感で宇宙を駆ける人間の僕と、冷徹な計算で道を拓くサイボーグのエル。
この広い銀河の果てであっても、二人の絆がある限り、僕たちはどんな絶望の確率だって打ち砕いてみせる。これぞ宇宙一、最高で最強のSFバディだった。
審査員たちは感想を語り合った。
「直感タイプの主人公って、ここまでの作品になかったかも」
「サイボーグは計算タイプになるよね、だから人間の主人公だと、反対の直感型になるんじゃないかな」
「この後がどうなるか、気になります。この二人、どうなるのでしょうか?」
「時間がないので次の作品『画面の向こうの君へ、世界で一番のアツい音を。』を始めます」
眩しいスポットライトが、スタジオのステージを白く染め上げる。
「それでは、最終審査を始めます。制限時間は3分。……どうぞ!」
審査員の冷徹な声が、張り詰めた空気をいっそう震わせた。
大手芸能事務所が主催する、次世代のアーティスト発掘オーディション。
ギターを抱えた僕――ハルは、ステージの真ん中でガチガチに緊張していた。元々は部屋の片隅で弾き語り動画を投稿していただけの、コミュ障な『陰キャ配信者』。大勢の大人に見下ろされ、指が凍りついたように動かない。
「ここまで、なのかな……」
頭が真っ白になりかけたその時、僕の背中を、手のひらでバンッ!と力強く叩く音が響いた。
「おいおい、ビビってんじゃねぇよハル! お前の最高にかっこいい音、ここにいる大人たちにぶつけてやれ!」
隣でマイクを握り、不敵に笑うのは、バディのレン。
彼は動画配信の世界でミリオン再生を連発する、超人気者の『陽キャ実況者』だ。僕らは男子同士の芸能系コンビ。僕は技術はあるけれど自分に自信がない「音の職人」。レンは歌唱力は荒削りだけど圧倒的なカリスマ性で人を惹きつける「魅せる天才」。
「レン……!? でも、僕たちの演奏じゃ、この厳しいプロの審査員たちには――」
「関係ねぇよ! 俺の言葉(トーク)とお前のメロディが合わされば、同接(視聴者)だって世界だっていつでもお祭り騒ぎにできたろ!」
レンは審査員席に向き直ると、不敵にマイクを突き出した。
実は、このオーディションの直前、僕らは「お前の独りよがりのテンポじゃ歌えない!」「レンこそもっと周りの音を聞けよ!」と激しいすれ違いを起こし、大喧嘩をしていた。だけど、楽屋でお互いのスマホに録音された過去のコラボ動画を聴き返した時、気づいたんだ。僕の退屈な旋律に命を吹き込んでくれたのはレンの歌声で、レンの荒い歌を完璧に支えていたのは僕のギターだったことに。
そして今、決断の瞬間が来る。
「……いくよ、レン!」
僕が最初のコードを掻き鳴らした瞬間、凍りついていた指先が嘘のように熱くなった。
振り返らない。お互いの目を見なくても、隣を走る相棒の呼吸(テンポ)が肌に突き刺さるように伝わってくる。
「――かましてやろうぜ、相棒ッ!」
レンが叫び、爆発的なハイトーンボイスがスタジオを包み込んだ。
喧嘩して、すれ違って、それでも何度も重ね合わせてきた僕たちの『音楽』。レンが言葉の力で審査員の退屈(南京錠)をぶち壊し、僕が圧倒的なアレンジで彼を加速させる。二人なら、どんな高い壁だって一瞬で飛び越えられる!
「うおおおおお!」
僕のギターソロが火を噴く。レンの声と僕の音が、最高のアツいウネリとなってスタジオを支配していく。さっきまで冷ややかだった審査員たちが、驚愕の表情で身を乗り出すのが見えた。痛快な大逆転の瞬間だった。
演奏が終わり、スタジオに静寂が戻る。次の瞬間、割れんばかりの拍手が僕たちに降り注いだ。
ステージの袖に引き揚げた瞬間、僕はどっと力が抜けて、その場に座り込んでしまう。
「……やった、やったよレン。僕たちの、勝ちだ」
「へへ、当たり前だろ。お前のギター、今日が世界で一番最高だったぜ」
レンは笑って、ブレザーのポケットから、僕が大好物なイチゴ味の炭酸サイダーをぽいと投げた。僕はそれをナイスキャッチし、冷たいボトルを額に当てる。
「はい、お疲れ様のご褒美。これで次の配信の企画、付き合ってくれるよな?」
「……もう、強引なんだから。でも、レンと一緒なら、どこまでだって行ける気がする」
文句を言い合いながら、僕らは拳を力強く突き合わせた。
部屋の片隅で弾いていた僕と、画面の向こうで叫んでいたレン。真逆な二人だからこそ、この手を取り合えば、どんな世界だって一瞬で僕たちの色に変えてみせる。これぞ最高で最強の、新時代配信者バディだった。
審査員たちの笑い声が会場に響く。
「ハル、出てきましたね(笑い)」
「蓮(れん)も再登場でしょうか(笑い)」
「南京錠も(笑い)」
「ここまでが、ここまでで続出するのも凄いですね(笑い)」
「司会です。それでは次の作品『あやかし処の神隠し、ふたりで夜明けを。』を始めます」
おどろおどろしい紫の霧が、真夜中の神社の境内を包み込んでいた。
「人間ごときが、この『大天狗の領域』に踏み込むとは片腹痛い!」
怒号とともに、巨大な黒い羽根の突風が吹き荒れる。
女子高生の神楽坂(かぐらざか)ましろは、石畳にへたり込んでいた。実家の神社を継ぐために、人知れず『あやかしを祓う審神者(さにわ)』の修行中だが、今は結界が破られ、絶体絶命のピンチだ。
「ここまで、なのかな……」
恐怖に身をすくませたその時、ましろの前にスッと影が差した。
「やれやれ。うちのお嬢様を泣かせるとは、趣味の悪い天狗さんだね」
現れたのは、高級そうな漆黒の着物を崩して着た、銀髪の青年――夜叉丸(やしゃまる)。ましろの家に代々仕える守護妖(しゅごだいる)であり、年齢は数百年を数える。
ましろは真面目で小心者な「人間」。夜叉丸は不真面目で超不遜な「大妖怪」。普段から喧嘩ばかりの、年の差(?)正反対コンビだ。
「夜叉丸!? バカ、来ちゃダメ! 相手は神格に近い大あやかしなのよ!」
「お嬢、勘違いするな。俺はただ、お前が死ぬと明日から美味しい『特製お狐御膳』が食べられなくなるから助けに来ただけさ」
夜叉丸は妖しく微笑み、長い爪を鋭く研ぎ澄ませた。
夜叉丸は圧倒的な怪力を持つが、あやかしの性質上、「人間の祈り(霊力)」がなければ真の力を発揮できない。逆にましろは、強大な霊力を持つが、それを攻撃へと変換する戦闘センスが皆無だった。
「お嬢、いつまで縮こまってる。お前の『祈り』で、俺の力を解放しろ」
大天狗が再び、すべてを切り裂く烈風を放つ。直撃すれば、夜叉丸とて無事では済まない。
「夜叉丸、後ろに下がって――!」
「下がるわけねぇだろ。俺たちの絆は、この程度の風じゃびくともしないぜ!」
夜叉丸はましろの盾となるように一歩も引かない。ましろは、その広い背中を見て覚悟を決めた。
いつも意地悪ばかり言うけれど、ピンチの時は必ず一番に駆けつけてくれる。この大妖怪が隣にいるなら、私は何も怖くない!
「……夜叉丸、頼んだよ!」
ましろは夜叉丸の背中にそっと両手を添え、心の底から祈りを捧げた。
ましろの清らかな霊力が、夜叉丸の身体にダイレクトに流れ込む。すれ違っていた二人の呼吸が完全に一つになった瞬間、夜叉丸の周囲に爆発的な青い妖火が燃え上がった。大天狗の烈風が、その炎によって一瞬でかき消される。
「ハハッ、最高の霊力だ! いくぜ、お嬢!」
「うん、いって!」
夜叉丸が地を蹴り、光速で大天狗の懐へと飛び込む。霊力で強化された夜叉丸の一撃が、大天狗の持つ強力な『風水団扇(うちわ)』を真っ二つに叩き割った。
「ば、馬鹿なァァァ!」
武器を失った大天狗は、その圧倒的な威圧感に恐れをなし、霧の彼方へと逃げ去っていった。
静寂が戻った境内に、心地よい朝の光が差し込み始める。
夜叉丸はふぅと息を吐くと、いつもの飄々とした態度に戻り、ましろを振り返った。
「お見事。やっぱりお嬢の霊力は、世界一美味いな」
「……もう、心臓が止まるかと思ったんだからね。はい、これ。お礼」
ましろは制服のポケットから、夜叉丸が大好物の「いなり寿司(大サイズ)」を包みごと差し出した。夜叉丸はそれを嬉しそうに受け取り、ぱくりと口に咥える。
「ん、美味い。これで今回の貸しは帳消しにしてやるよ」
「上から目線なんだから。でも……ありがと、夜叉丸」
「どういたしまして、私のお嬢様」
二人は肩を並べ、朝日に照らされながら社務所へと歩き出す。
未熟な人間の審神者と、ひねくれ者の大妖怪。正反対な二人の唯一無二の絆は、どんな世界の闇だって、痛快に照らし出してみせるのだ。
審査員たちが感想を言い合った。
「ここまで、また出ましたね」
「一番最初の話を雰囲気が似てますね」
「こっちは和風だから」
「制服のポケットにお稲荷さんを入れる女子高生って……」
「万引きじゃないでしょうね(笑い)」
「パンツから出してないからセーフ」
「それでは次の作品。ミステリーですね。タイトルは『その嘘を、君の真実で暴いて。』」
嵐の夜、白亜の洋館の書斎。
「……フフ、無駄だよ。この完璧な密室殺人の犯行を立証できる証拠など、どこにもない」
警察の目を巧みに欺いた冷酷な犯人が、勝ち誇ったように嘲笑う。
高校生探偵の御剣(みつるぎ)千紗(ちさ)は、悔しさに唇を噛み締めていた。
犯人の完璧なアリバイと、現場に残された奇妙な暗号。どれだけ思考の糸を巡らせても、最後のピースだけがどうしても繋がらない。
「ここまで、なのかな……」
千紗が諦めかけたその時、書斎の重い扉が静かに開いた。
「相変わらず諦めが早いのね、千紗。あなたのその『真っ直ぐすぎる目』が、時に真実を曇らせるのよ」
現れたのは、長い黒髪をなびかせた同級生――不知火(しらぬい)玲(れい)。
千紗のクラスメイトであり、裏の顔は天才的な手口を持つ『元・詐欺師』の少女だ。
ふたりは学園でも有名な女子同士の凸凹バディ。千紗は正義感にあふれ、物事を表から論理的に組み立てる「光の探偵」。対する玲は、人間の心理を操り、物事を裏から斜めに見る「影の詐欺師」。
「玲!? どうしてここに……! 関係のないあなたは下がってて!」
「関係なくないわ。私は、あなたが悔しそうな顔をしているのが世界で一番大嫌いなの」
玲は不敵に微笑み、犯人の前に進み出た。
玲には千紗のような緻密な推理力はない。しかし、相手の呼吸や目線の動きから「嘘」を確実に見抜く超直感的な心理分析スキルを持っていた。
「千紗、あの男の左手の指を見て。さっきから結婚指輪を何度も弄(いじ)っているわ。彼が本当に怯えているのは、密室のトリックが暴かれることじゃない。――自分が隠した『もう一つの鍵』の位置よ」
犯人の顔色が、一瞬で土気色に変わる。
「な、何を根拠に……!」
「玲、それって……!」
千紗の脳裏に、霧が晴れるように一本の線が繋がった。玲が見抜いた犯人の心理的動揺(バグ)。それこそが、千紗が導き出せなかった最後のピースだった。
「逃がさないわ。――ふたりで一つの、最強の謎解きを見せてあげる!」
千紗はすぐさま床の絨毯を指差した。
「犯人は密室を作ったんじゃない! この部屋の家具の配置をあらかじめ数センチずつずらし、私たちの『視覚の死角』を利用して、外から鍵が閉まっているように錯覚させただけです! そしてその本物の鍵は――あなたが今も触っている、その結婚指輪の裏に隠されている!」
千紗の完璧な論理と、玲が引き出した心理的決定打。
ふたりのコンビネーションの前に、犯人はガタガタと震え出し、その場に崩れ落ちた。痛快な大逆転劇だった。
事件が解決し、パトカーの赤色灯が洋館を赤く染める頃。
千紗はどっと疲れて、庭のベンチに座り込んでいた。
「……ありがと、玲。またあなたに助けられちゃった」
「別に。あなたの推理がなければ、私はただの口の悪い女の子よ」
玲はブレザーのポケットから、千紗が大好きなイチゴ味のチョコレートをぽいと投げた。千紗はそれを慌ててキャッチし、ふふっと笑みを浮かべる。
「はい、今回の報酬。これで貸し借りなしね」
「甘い報酬。でも……これがあるから、玲との探偵ごっこはやめられないの」
チョコを口に含んだ千紗は、玲と肩を並べて歩き出す。
正義の探偵と、元詐欺師の少女。正反対なふたりの唯一無二の絆は、どんなに複雑に絡み合った嘘の迷宮だって、絶対に解き明かしてみせるのだ。
審査員たちが感想を述べ合う。
「ここまで、好きすぎるだろ!」
「密室トリックが凄いね。何なんだろう? ちょっと動かしておくって、何なの!」
「本格ミステリって、基本は馬鹿ミスだから(震え声)」
「密室殺人って書いてあるけど、それを女子高生のコンビが解決するって、どういうこと?」
「そりゃ野いちごに投稿する作品だから」
「女子小学生でもいいかもよ」
審査員たちの話は続いていたが、私は聞いていなかった。私が会いたかった人物の姿が、目に入ってきたのだ。その人は今、会場を出て行こうとしている。行かせてはならない。どうしても、話をしたいのだ。そして、今度こそ言うのだ。あのときに言えなかった言葉を、どうしても伝えたいのだ。「私の一生のパートナーになってほしい、唯一無二の最強バディになって下さい」と。
席を立つ。あの人の後を追いかけ、会場である<鳳凰の間>を出る。



