私は、自分を隠していた。
髪を染めて、
メイクを覚えて、
笑って。
あのバカ糸目のことなんて忘れたみたいな顔をして、生きていた。
なのにどうして、身体が勝手に動いているんだろう。
人混みを掻き分け、駅ビルを出る。
外に出た途端、春のぬるい風が肌を撫でた。
ぐるりと見回しても、先ほど見かけた学ラン姿の3人はどこにも見当たらなかった。
ドクン、と心臓が嫌な音を立てる。
なんで行っちゃったの。
暗い部屋で一人、何度も何度も呟きながら、泣いてばかりいた幼い自分が頭をよぎる。
──嫌だ。もう、あんな風に、置いていかれるのは絶対に嫌……っ!
あの3人が歩いていたのは駅の方。
私は、もうなりふり構わず、雑踏に向かって駆け出していた。
喉の奥が焼けるように熱い。
髪もメイクも、春の風と汗でめちゃくちゃになっているかもしれない。
でも、そんなのどうでもよかった。
人波を掻き分けながら、必死に視線を巡らせる。
その時──
人混みの向こうに、一際目立つ濃紺の学ランが見えた。
──いた。
まっすぐな背中。
黒髪。
見間違えるはずがない。
私は反射的に横断歩道へ駆け出しかけた。
だけど。
信号は、赤。
猛スピードの車が、目の前を次々と走り抜けていく。
耳障りな走行音と、排気ガスの臭いが鼻を刺した。
早く。早く変われ。
焦る私を嘲笑うみたいに、信号はいつまで経っても赤いまま。
その間にも、彼らの背中はどんどん遠ざかっていく。
待って。行かないで。
赤く灯る信号を睨む。
──早く。お願いだから。
祈るような私の視線の先で、パッと、信号が鮮やかな緑色に変わった。
同時に私は、アスファルトを強く蹴り出した。
彼らとの距離が、一歩、また一歩と縮まっていく。
腕を伸ばせば、その背中に触れることができるくらいの距離まで来て、私は声を張り上げた。
「──っ、ギン!!! 待って!!!」
その瞬間。
真ん中を歩いていた背中が、ぴたりと止まった。
そして。
4年間、一度も忘れられなかった男が、ゆっくり振り返った。
細く細められた狐みたいな目が、まっすぐ私を捉えた。
「……あー」
狐みたいに目を細めて、銀也は笑った。
「誰かと思たら、キクか」
懐かしい名前を口の中で転がすみたいに、ゆっくり呼ぶ。
「久しぶりやなぁ」
銀也はただ、道端でたまたま知り合いに見つかったときみたいな、軽い声だった。
私の知っている「銀也」じゃなかった。
「……なんで」
声がうまく出ない。
「なんで、ここにいんの……」
銀也は少しだけ目を細めた。
「……変わったなぁ、キク」
銀也の視線が、私のピンクの髪をゆっくりなぞる。
喉の奥で、ぐちゃぐちゃに感情が詰まる。
「なぁ、この子誰? 市川くんの知り合い?」
銀也の隣に立つ男子学生が、私を値踏みするみたいに眺めながら、彼に訊いた。
もう一人の細身の男子は、どこか居心地悪そうに視線を泳がせていた。
「ただの昔馴染みや。小学生の時、よう遊んだんや」
銀也は淡々と説明した。
嘘は言っていない。
でも、彼の冷ややかな声と「ただの」という響きが、チクリと胸に刺さった。
話を聞いた相手は「へぇ」と相槌を打ち、品定めするような目を私に向けた。
「ほあなキク。また今度、ゆっくり話そか」
軽く手を上げ、銀也は私に背を向けた。
両隣にいた人たちも静かに歩き出す。
彼の背中は見ない間に大きくなっていた。
伸ばしかけた手は、宙ぶらりんのまま止まった。
結局、私はまた、銀也の背中を見送ることしかできなかった。
髪を染めて、
メイクを覚えて、
笑って。
あのバカ糸目のことなんて忘れたみたいな顔をして、生きていた。
なのにどうして、身体が勝手に動いているんだろう。
人混みを掻き分け、駅ビルを出る。
外に出た途端、春のぬるい風が肌を撫でた。
ぐるりと見回しても、先ほど見かけた学ラン姿の3人はどこにも見当たらなかった。
ドクン、と心臓が嫌な音を立てる。
なんで行っちゃったの。
暗い部屋で一人、何度も何度も呟きながら、泣いてばかりいた幼い自分が頭をよぎる。
──嫌だ。もう、あんな風に、置いていかれるのは絶対に嫌……っ!
あの3人が歩いていたのは駅の方。
私は、もうなりふり構わず、雑踏に向かって駆け出していた。
喉の奥が焼けるように熱い。
髪もメイクも、春の風と汗でめちゃくちゃになっているかもしれない。
でも、そんなのどうでもよかった。
人波を掻き分けながら、必死に視線を巡らせる。
その時──
人混みの向こうに、一際目立つ濃紺の学ランが見えた。
──いた。
まっすぐな背中。
黒髪。
見間違えるはずがない。
私は反射的に横断歩道へ駆け出しかけた。
だけど。
信号は、赤。
猛スピードの車が、目の前を次々と走り抜けていく。
耳障りな走行音と、排気ガスの臭いが鼻を刺した。
早く。早く変われ。
焦る私を嘲笑うみたいに、信号はいつまで経っても赤いまま。
その間にも、彼らの背中はどんどん遠ざかっていく。
待って。行かないで。
赤く灯る信号を睨む。
──早く。お願いだから。
祈るような私の視線の先で、パッと、信号が鮮やかな緑色に変わった。
同時に私は、アスファルトを強く蹴り出した。
彼らとの距離が、一歩、また一歩と縮まっていく。
腕を伸ばせば、その背中に触れることができるくらいの距離まで来て、私は声を張り上げた。
「──っ、ギン!!! 待って!!!」
その瞬間。
真ん中を歩いていた背中が、ぴたりと止まった。
そして。
4年間、一度も忘れられなかった男が、ゆっくり振り返った。
細く細められた狐みたいな目が、まっすぐ私を捉えた。
「……あー」
狐みたいに目を細めて、銀也は笑った。
「誰かと思たら、キクか」
懐かしい名前を口の中で転がすみたいに、ゆっくり呼ぶ。
「久しぶりやなぁ」
銀也はただ、道端でたまたま知り合いに見つかったときみたいな、軽い声だった。
私の知っている「銀也」じゃなかった。
「……なんで」
声がうまく出ない。
「なんで、ここにいんの……」
銀也は少しだけ目を細めた。
「……変わったなぁ、キク」
銀也の視線が、私のピンクの髪をゆっくりなぞる。
喉の奥で、ぐちゃぐちゃに感情が詰まる。
「なぁ、この子誰? 市川くんの知り合い?」
銀也の隣に立つ男子学生が、私を値踏みするみたいに眺めながら、彼に訊いた。
もう一人の細身の男子は、どこか居心地悪そうに視線を泳がせていた。
「ただの昔馴染みや。小学生の時、よう遊んだんや」
銀也は淡々と説明した。
嘘は言っていない。
でも、彼の冷ややかな声と「ただの」という響きが、チクリと胸に刺さった。
話を聞いた相手は「へぇ」と相槌を打ち、品定めするような目を私に向けた。
「ほあなキク。また今度、ゆっくり話そか」
軽く手を上げ、銀也は私に背を向けた。
両隣にいた人たちも静かに歩き出す。
彼の背中は見ない間に大きくなっていた。
伸ばしかけた手は、宙ぶらりんのまま止まった。
結局、私はまた、銀也の背中を見送ることしかできなかった。
