一夜のあと、君に溺れる

出勤すると、河田さんがニヤニヤしながら「また朝帰りとは、若いねぇ」とからかってくる。ばーちゃんめ、言うわけないとか言いながら仕事が早いことだ。

「羨ましいでしょ」

「おうおう、羨ましい限りだ」

「今度紹介しますよ」

「なにっ! じゃあ腕によりをかけないとな!」

「特選会席でお願いします」

「任せとけ! いやぁ、楽しみだなぁ」

河田さんは、鼻歌まじりに仕込みを始める。俺の恋愛に対して放っておいてほしい反面、祝ってくれるなら悪い気はしない。構ってくれることはありがたいことなんだろうな……。

いや、やっぱり――

「河田さん、そういうのセクハラになるので、他の従業員には言わないでくださいよ」

「わかってるよ。大ちゃんにしか言わないって」

ガッハッハと笑いながら、背中をバシバシ叩かれた。相変わらず手荒い。

「大ちゃん、ちょっと――」

呼ばれてそちらを見れば、母が厨房を覗き込んで手招きしている。河田さんに断りを入れてから、母の後を追って事務所に行った。

母は制服に着替えているから、てっきり仕事の話だろうと思っていたのに、ニヤニヤしながら口元を押さえている。

「もー、聞いたわよ。彼女できたんですって」

「……なんで今その話。母さん仕事して」

「あら、だって私から聞かないと話してくれないじゃない」

「だからって、今じゃなくてもいいだろ」

「恥ずかしがっちゃって。思春期じゃあるまいし」

「いや、そういうことじゃなくて」

「おばあちゃんには言えて、母には言えないなんて言わせないわよ」

「だから……ああ、もう、面倒くさいな。今度ちゃんと紹介するから、それまで大人しくしてて」

「大ちゃんったら冷たい。お父さんに言いつけてやるんだから」

「ええ……うん、いいんじゃない? とりあえず仕事しよ?」

適当に母をいなして、無理やり仕事モードにさせる。
さーちゃんのことをもちろん家族に紹介するつもりでいたけれど、うちの家族のテンションが若干不安でもある。