一夜のあと、君に溺れる

実花さんの話は、実に自分勝手だった。

将来結婚して子どもを産みたい。そのためには男性には安定した職業に就いていてもらいたい。

その言い分はわからなくもないと思ったけれど、それで一度は大ちゃんを見限り、大ちゃんの肩書に価値を見出すとまた復縁を迫る。

自分の幸せだけを追求し、そこに大ちゃんを思いやる気持ちがまったく見えない。大ちゃんは真面目で優しいから、実花さんを大事にしてあげるかもしれないけれど、じゃあそんな理由で選ばれた大ちゃんはどうなるのだろう。

好意に見返りを求めてはだめだとよく聞くけれど、実花さんといたら報われないし、何より大ちゃんに失礼だ。

「……ごめんなさい。あなたには譲れないわ」

「どうしてですか? 私の方が若いし可愛いですよね」

「うん、そうね。それは認めるけど、実花さんは自分の幸せばかり考えて、大ちゃんのことを考えていないもの」

「そんなことないです。大ちゃんは私といたほうが幸せになれます。だってうちの父は神木坂不動産の部長ですよ。超安定です。そういうの、重要ですよね」

「要するに、家柄ってことね……。それで言うなら私の方が上ね」

「え?」

「神木坂不動産って、数年前に合併して御堂グループの傘下に入ったのよね」

「御堂グループ? 神木坂知らないんですか? 有名な大企業グループですよ」

実花さんは胸を張る。自分がそこで働いているわけでもないくせに、自分のステータスのように振る舞うなんて虫唾が走った。それで大ちゃんを下に見るなんてありえない。

しかも、神木坂の名は知っていても、その背後にある御堂グループの存在を知らないとなれば、表面的なイメージだけで語っているのかもしれない。

「神木坂ね、知ってるわ。その大企業グループの中に序列があるのよね。大きな影響力を持つのはどこか知ってる? 銀行と商社と病院よ。私、神木坂総合病院の理事長の娘なの」

「えっ?!」

「家柄って大事なんでしょう? それに、私はそこで看護師として働いているわ。大ちゃんを幸せにできるのは、私しかいないわね。そういうわけだから、諦めてね」

呆気にとられている実花さんを尻目に、ニコッと上品な笑みを称えてから、足早にカフェを去った。