「新曲キター」
「うわ、ミクさんだ、神くね?」
「嬉しー」
「うわー、良いわー」
すごい。有名になるとここまで人気になれるのかと、今でも思ってしまう。
10分前に出した、初音ミク歌唱「白々しいけど」はもう1000いいねを超えている。
「すごいんだな…俺…」
思わず口に出してしまった。でも確かにすごい。
なんとなくで、再生してみる。
NTの初音ミクの物悲し気な美しい歌声。もちろん、調声も自分でやった。
「私ねいつか馬鹿にされる それが嘘じゃない本当の明言機械の末路なの…」
最高だ。やはり最高。
俺がボカロPとして有名になってからというもの、ナルシストになった気がするが、それはそもそも俺の実力が高いからだと思っている。仕方がないことだ。
「ありがとうございます…」
思わず何回も言っている言葉。新曲が出た時に必ず言っている。この歌こそ素晴らしい。コメントは、自作曲を神曲だと感じさせてくれる。
気づいたら、カラスの声が聞こえた。どうやら、寝落ちをしてしまっていたみたいだ。通知が大量に来ている。それはほとんどがKYTUBEかニコ動のものなのだが、その中には理央からのものもあった。「おめでとう!」と書いてある。理央と家族だけが、俺がボカロPであることを知っているのだ。
「学校行くか…」
寝ている親を無視して、トーストを焼く。そしてまあ一様なことを機械的にやったら、学校に行く。
学校につくと、真っ先に理央が挨拶をしてきた。
「おはよ、類!」
「おはよ、理央」
それだけだ、そのあとすぐにクラスの仲良しの男子三人が声をかけてくる。
しばらく4人で話していたら、理央にちょんちょんとつつかれた。
「今日、一緒に帰れる?」
「ご、ごめん、今日は補習があって…」
楽曲作成で全然勉強が出来ていなくて、なんてことは言わない。当たり前だ。バレたくない。
「わかった。じゃあね!」
席に着くと、前の席の女子たちが「白々しいけど」の話をしていた。
楽曲を投稿すると、次の日すぐにその話題で持ちきりの3人組だ。どうやら、俺のファンらしい。
良いな、と思う。普通のボカロリスナーは純粋に楽しめて。
楽しそうだなと思う。同時に、嫉妬したくなる。
かっこよくて、美しくて元気の出る曲を聞くときの敗北感。そんなもの、自分の色をたくさん出せて良いだとかそんなものだけど。
退屈な授業と終礼が終わって、補習室に入ると、先生がもういた。
「お、長岡、今日はお前だけだぞ。まじめなのに珍しいなぁ」
「すいません」
「それにしても、今回も立花はいないんだな。今日も音楽室の掃除とか言っていたぞ」
立花詠。すごい名前だと思う。この上なく雅やかな名前。でも、姿はあまり見かけない。一度だけ見たことがあるけれど、その時の印象は背がひょろっと高くて、髪が異常に長くてまっすぐで、俺のデビュー曲を真剣に聞いていたことくらいだ。
「まあ、やりましょうよ」
「そうだな、始めるか。数学だろ。お前は数学に弱い。まず、ベクトルとは…」
思ったより先生が張り切ってしまった。これは、止められないぞ…。
補習がやっと終わって、廊下をとぼとぼ歩いていた時だった。ちらりとなんとなくで音楽室を見ると、そこに思いもよらないような光景があった。
立花詠が居たんだ。歌っている。
恐る恐るドアを開けてみると、立花はこちらに気づいておらず、そのまま歌っていた。
T字箒を片手に、両手を広げて歌っている。今にでも踊り出しそうだ。
「機械だとか言うけどね、それでも君が大好きなんだ…」
これ、「白々しいけど」。俺がキーボードにかじりついて作っていた。
機械の歌を、人間が歌っている。声は、初音ミクよりも低くて澄んでいる。少しハスキーで、あの名曲を歌い続けてきたうちの一つである、可不にも似ている。
サビの少し手前。彼女が、俺に気づいた。
彼女は、はっとしたように息を止めて、あわあわと両手を振っていた。
思わず笑ってしまいそうな光景だった。そして思わず、
「続けて」
と声をかけてしまったのだ。
すると、彼女はこくりとうなずいて、また歌いだした。
彼女の周りだけ、この世界ではないどこかにいる気がしたのだ。
綺麗なんかじゃ表せない。
すごい。
彼女のために曲を作って歌ってもらいたい、そんなことを考えてしまった。
「それ、白々しいけど、だろ?」
そう、なんとなく聞いてみると、彼女は眼をこの上なくキラキラさせて言ったんだ。
「そうだよ!」
それから、この歌詞のこの意味が良いとか、俺が全部知っていることを熱弁していた。なんとなく、止めたり、質問したりする気になれなかった。
だって、嬉しかったから。
ただ単純に、嬉しかった。自分のどうしよもないような曲について、面と向かって、目をキラキラさせながら話されているというむずむずした感情。自分の曲について話している人を見ているのとは全く違った。
すごい。すごすぎる。
彼女は一通り話し終えたあと、ふっと息を吐いた。
そして、
「ハレノヒPさんに本当に会いたいんだ」
と呟いたのだ。
仕方がなかった。これは承認欲求でもあり、目の前の自分を推してくれている人に感謝をしたいという敬意でもあった。
「俺が、ハレノヒPです」
取り返しのつかなことをやってしまった気がするが、これは本当に事故だ。そっちのせいなんだ。
「嘘…」
「嘘なんかじゃない。本当だ。いいかい、立花さん。今から君に原曲を聴かせるさ。ちゃんとした完成形じゃなくて、どんどん変えていったときのものだ。俺はいつも、
とりあえず作ったらそれをスマートフォンに入れて、いつでもどこでも聴けるようにして、どんどん良いものにしていく。そして、変えていく時、全てのデータを残してあるから、全部タイムプラスにように聴けるんだ」
「なるほど」
彼女は感心したようにうなずいた。こんなに早く理解してくれるとは。それなら話が早い。
一番古いトラックを再生する。
まだ調声をしていない状態。ミクの声も舌足らずで、幼いような声になっている。
そこからもう全部、全部聞かせた。
新しいトラックに入るたびに、彼女の顔が変化した。どんどん変化していくにもかかわらず、共通点はあった。それは、彼女の顔がいつもきらきらしていること。
画面の奥の初音ミクにも見せたくなるような表情だった。
「これで、今の曲になるんだ…」
立花が惚れたような目でこちらを見ていた。
「すごいね…、君は…」
そのすぐ後、困ったような顔をしてこちらを見た。
「君の名前は何だっけ?」
「長岡類」
「長岡類」
彼女は、俺の名前を復唱した後、うんうんとうなずいた。
「それっぽい」
「何がだ」
「雰囲気が」
「偏見で人を見るな」
「でもあってたよ」
正論。言い返せない。
俺は軽く、ため息をついてやった。立花はニコニコと無邪気に笑っていた。
やめてほしい。
急に、立花があ、そうだ、とでも言うように手をポンとたたいた。なんだなんだ、今度は一体。
「ライン、交換してください」
「は?」
「ハレノヒP自身のラインが欲しいです」
「公式ラインじゃダメ?」
「それは運営の物です。ご自身のものが欲しいです」
なんの違いがあるのかと思いながら、QRコードを出す。即座に立花がコードを読み込んでスタンプを送信してきた。俺のセカンドアルバムの「グルーピングネーム」のキャラクターのスタンプだった。
「よし、これで私と君は友達です」
「は?」
待ってくれ、早いぞ、話が。
「私は君のことを類と呼びます。だから、君も私のことを詠と呼んでください。では」
そう、きっぱりと彼女は言って音楽室を出て行った。
帰ってからブロックをしようと思ったが、帰った時にはもう忘れていた。
「うわ、ミクさんだ、神くね?」
「嬉しー」
「うわー、良いわー」
すごい。有名になるとここまで人気になれるのかと、今でも思ってしまう。
10分前に出した、初音ミク歌唱「白々しいけど」はもう1000いいねを超えている。
「すごいんだな…俺…」
思わず口に出してしまった。でも確かにすごい。
なんとなくで、再生してみる。
NTの初音ミクの物悲し気な美しい歌声。もちろん、調声も自分でやった。
「私ねいつか馬鹿にされる それが嘘じゃない本当の明言機械の末路なの…」
最高だ。やはり最高。
俺がボカロPとして有名になってからというもの、ナルシストになった気がするが、それはそもそも俺の実力が高いからだと思っている。仕方がないことだ。
「ありがとうございます…」
思わず何回も言っている言葉。新曲が出た時に必ず言っている。この歌こそ素晴らしい。コメントは、自作曲を神曲だと感じさせてくれる。
気づいたら、カラスの声が聞こえた。どうやら、寝落ちをしてしまっていたみたいだ。通知が大量に来ている。それはほとんどがKYTUBEかニコ動のものなのだが、その中には理央からのものもあった。「おめでとう!」と書いてある。理央と家族だけが、俺がボカロPであることを知っているのだ。
「学校行くか…」
寝ている親を無視して、トーストを焼く。そしてまあ一様なことを機械的にやったら、学校に行く。
学校につくと、真っ先に理央が挨拶をしてきた。
「おはよ、類!」
「おはよ、理央」
それだけだ、そのあとすぐにクラスの仲良しの男子三人が声をかけてくる。
しばらく4人で話していたら、理央にちょんちょんとつつかれた。
「今日、一緒に帰れる?」
「ご、ごめん、今日は補習があって…」
楽曲作成で全然勉強が出来ていなくて、なんてことは言わない。当たり前だ。バレたくない。
「わかった。じゃあね!」
席に着くと、前の席の女子たちが「白々しいけど」の話をしていた。
楽曲を投稿すると、次の日すぐにその話題で持ちきりの3人組だ。どうやら、俺のファンらしい。
良いな、と思う。普通のボカロリスナーは純粋に楽しめて。
楽しそうだなと思う。同時に、嫉妬したくなる。
かっこよくて、美しくて元気の出る曲を聞くときの敗北感。そんなもの、自分の色をたくさん出せて良いだとかそんなものだけど。
退屈な授業と終礼が終わって、補習室に入ると、先生がもういた。
「お、長岡、今日はお前だけだぞ。まじめなのに珍しいなぁ」
「すいません」
「それにしても、今回も立花はいないんだな。今日も音楽室の掃除とか言っていたぞ」
立花詠。すごい名前だと思う。この上なく雅やかな名前。でも、姿はあまり見かけない。一度だけ見たことがあるけれど、その時の印象は背がひょろっと高くて、髪が異常に長くてまっすぐで、俺のデビュー曲を真剣に聞いていたことくらいだ。
「まあ、やりましょうよ」
「そうだな、始めるか。数学だろ。お前は数学に弱い。まず、ベクトルとは…」
思ったより先生が張り切ってしまった。これは、止められないぞ…。
補習がやっと終わって、廊下をとぼとぼ歩いていた時だった。ちらりとなんとなくで音楽室を見ると、そこに思いもよらないような光景があった。
立花詠が居たんだ。歌っている。
恐る恐るドアを開けてみると、立花はこちらに気づいておらず、そのまま歌っていた。
T字箒を片手に、両手を広げて歌っている。今にでも踊り出しそうだ。
「機械だとか言うけどね、それでも君が大好きなんだ…」
これ、「白々しいけど」。俺がキーボードにかじりついて作っていた。
機械の歌を、人間が歌っている。声は、初音ミクよりも低くて澄んでいる。少しハスキーで、あの名曲を歌い続けてきたうちの一つである、可不にも似ている。
サビの少し手前。彼女が、俺に気づいた。
彼女は、はっとしたように息を止めて、あわあわと両手を振っていた。
思わず笑ってしまいそうな光景だった。そして思わず、
「続けて」
と声をかけてしまったのだ。
すると、彼女はこくりとうなずいて、また歌いだした。
彼女の周りだけ、この世界ではないどこかにいる気がしたのだ。
綺麗なんかじゃ表せない。
すごい。
彼女のために曲を作って歌ってもらいたい、そんなことを考えてしまった。
「それ、白々しいけど、だろ?」
そう、なんとなく聞いてみると、彼女は眼をこの上なくキラキラさせて言ったんだ。
「そうだよ!」
それから、この歌詞のこの意味が良いとか、俺が全部知っていることを熱弁していた。なんとなく、止めたり、質問したりする気になれなかった。
だって、嬉しかったから。
ただ単純に、嬉しかった。自分のどうしよもないような曲について、面と向かって、目をキラキラさせながら話されているというむずむずした感情。自分の曲について話している人を見ているのとは全く違った。
すごい。すごすぎる。
彼女は一通り話し終えたあと、ふっと息を吐いた。
そして、
「ハレノヒPさんに本当に会いたいんだ」
と呟いたのだ。
仕方がなかった。これは承認欲求でもあり、目の前の自分を推してくれている人に感謝をしたいという敬意でもあった。
「俺が、ハレノヒPです」
取り返しのつかなことをやってしまった気がするが、これは本当に事故だ。そっちのせいなんだ。
「嘘…」
「嘘なんかじゃない。本当だ。いいかい、立花さん。今から君に原曲を聴かせるさ。ちゃんとした完成形じゃなくて、どんどん変えていったときのものだ。俺はいつも、
とりあえず作ったらそれをスマートフォンに入れて、いつでもどこでも聴けるようにして、どんどん良いものにしていく。そして、変えていく時、全てのデータを残してあるから、全部タイムプラスにように聴けるんだ」
「なるほど」
彼女は感心したようにうなずいた。こんなに早く理解してくれるとは。それなら話が早い。
一番古いトラックを再生する。
まだ調声をしていない状態。ミクの声も舌足らずで、幼いような声になっている。
そこからもう全部、全部聞かせた。
新しいトラックに入るたびに、彼女の顔が変化した。どんどん変化していくにもかかわらず、共通点はあった。それは、彼女の顔がいつもきらきらしていること。
画面の奥の初音ミクにも見せたくなるような表情だった。
「これで、今の曲になるんだ…」
立花が惚れたような目でこちらを見ていた。
「すごいね…、君は…」
そのすぐ後、困ったような顔をしてこちらを見た。
「君の名前は何だっけ?」
「長岡類」
「長岡類」
彼女は、俺の名前を復唱した後、うんうんとうなずいた。
「それっぽい」
「何がだ」
「雰囲気が」
「偏見で人を見るな」
「でもあってたよ」
正論。言い返せない。
俺は軽く、ため息をついてやった。立花はニコニコと無邪気に笑っていた。
やめてほしい。
急に、立花があ、そうだ、とでも言うように手をポンとたたいた。なんだなんだ、今度は一体。
「ライン、交換してください」
「は?」
「ハレノヒP自身のラインが欲しいです」
「公式ラインじゃダメ?」
「それは運営の物です。ご自身のものが欲しいです」
なんの違いがあるのかと思いながら、QRコードを出す。即座に立花がコードを読み込んでスタンプを送信してきた。俺のセカンドアルバムの「グルーピングネーム」のキャラクターのスタンプだった。
「よし、これで私と君は友達です」
「は?」
待ってくれ、早いぞ、話が。
「私は君のことを類と呼びます。だから、君も私のことを詠と呼んでください。では」
そう、きっぱりと彼女は言って音楽室を出て行った。
帰ってからブロックをしようと思ったが、帰った時にはもう忘れていた。
