年下幼馴染はおててに夢中

「⋯⋯結ちゃん、久しぶり」

 玄関の扉を開けると、縦にも横にもデカい幼馴染が現れた。
 あまりにデカイので初対面の人からはよく何センチ?と聞かれており、百八十五センチというと驚かれる様子をもう何百回と横で見てきた。
 横で見てきたのに、いつ見てもデカくて圧を感じるが、一個年上だからかちゃん付けで呼んでくる可愛さがそれを相殺させていた。

「久しぶり。急だったね、どうしたの?」
「会いたかっただけだから、急ぎの用事があった訳じゃない。⋯⋯ごめん」
「いや、別にいいんだけどね」

 歩きながら、会いたかっただけと言った辰彦にどこか安心していた。彼女でも連れてきたらどんな反応をすればいいか心配だったが、杞憂だったようだ。
 しれっと車道側を歩きつつ、辰彦は結の方に顔を向けながら口を開いた。

「仕事どう? 慣れてきた?」
「ぜーんぜん。毎日怒られてばっかりだよ」

 ようやく掴み取った内定先は証券会社のコールセンター。予測してない方に株価が下がっただけで客から怒鳴られる毎日に、結は疲弊していた。

「⋯⋯大丈夫?」

 心底心配そうに、眉を八の字にして結の顔を覗き込む。口数は少ないものの、こうして真面目に心配してくれるから、いつも一方的に愚痴ってしまう。
 結は「大丈夫」と強がるように笑いかけると、丁度駅前のカフェに着いた。

 結は大好きな宇治抹茶ラテ、辰彦はブレンドコーヒーを頼むとテラス席に座り、焼きたてのドーナツを待った。

「辰彦は? お仕事どう?」
「どう⋯⋯。なんか、結ちゃんがいなくて、何か足りない感じがする」

 結と辰彦は幼稚園からの幼馴染。小さい頃は泣き虫だった辰彦の手を結が引っ張り、よく手をつないで歩いていた。
 その距離感は成長しても変わらず、中高も学校どころか部活も一緒で、大学までも同じ学部に入っていた。
 だからか、結が隣にいない生活はどこか辰彦に喪失感を与えていた。

「⋯⋯そ、そう」

 恥ずかしげもなく、淡々と言い放った辰彦の視線から逃げるように、目を逸らして抹茶ラテを飲んだ。
 一方辰彦は、じーっと抹茶ラテを持つ結の手を見つめていた。何も喋らなくなった辰彦の方に視線を戻すと、辰彦が手元を見てることに気づいた。

「⋯⋯どした?」
「爪、きらきらしてる」
「きらきら?⋯⋯ああ、ネイルのことね」

 学生の頃は飲食店でバイトしてたから出来なかったが、就職先はオフィスワーク。華美なものでなければネイルOKだったため、憧れのネイルサロンでピンクのグラデーションがかかったものをしてもらっていた。

「⋯⋯もっとみたい。だめ?」

 手を貸せ、と言わんばかりにゴツゴツした手が差し出される。なんだか少し気恥ずかしかったものの、そのまま辰彦の手に自らの手を乗せた。

「⋯⋯綺麗」

 ぼそっ、と辰彦がそう呟いたのを、結はしっかり聞き取っていた。少し頬が赤くなるが、辰彦は気づかないまま、ふとふにふに、と親指で硬さを確かめるように結の手の甲を押した。
 なにしてるんだ、と言いたげに結が辰彦の方を見ると、気づいのか辰彦が結の手を見ながら口を開いた。

「結ちゃんの手、ぷにぷにで柔らかくて、ちっちゃいね」
「⋯⋯え?」

 あんぐり、という表現が正しいか。
 開いた口が塞がらないまま、目だけが辰彦の顔と握る手を行き来していた。

「小さい頃は、俺のが手ちっちゃかったのに。今は俺と違って、柔らかくて気持ちいい」
「そ、そりゃそうだよ、辰彦は男の子なんだもん」

 顔を赤くしながらも手を振り払いはしなかった。
 ふと合コンで後輩が意中の男を仕留めるのに、手を比べて握るとオチる、男ってチョロいとか言っていたのを急に思い出した。自分もチョロいに分類されるのだろうか。

 辰彦の手は節ばってて血管が浮き出ていた。結の手はどちらかというと肉付きがよくて血管は見えない。対象的な手だった。

「辰彦の爪も綺麗だね、ささくれとかないし、ちゃんと切ってるし、なんかツヤツヤしてるような気もする。手入れしてるの?」
「そんなことしない。でも切るの癖になっちゃったし、間違って結ちゃんのこと引っ掻いたら嫌だから、切ってる」

 結と辰彦は2人とも剣道部。竹刀を握る際に爪が伸びてると邪魔だし、素足のため足の爪も伸びないように切る習慣が癖づいている。
 まあそこまではわかるが、間違って切ったら嫌だから。そんなこと言わなくていいのに、好意を匂わせる辰彦の言い回しに結はずっとムズムズしていた。
 もちろん言い回しだけでなく、スリスリと興味深そうに触ってくる手も含めて。

「マメ、まだ残ってる?」
「ふふ、まだ残ってるよ、じゃーん」

 一般人が聞いたら分からない質問だったが、結は左手の手のひらを辰彦に見せるように右手の上に乗せた。
 もう治りかけてるが、左手の小指の付け根あたりにカサついたマメができていた。

「⋯⋯俺も」

 辰彦も見せるように結の左手に、自らの左手を重ねた。
 剣道経験者に出来る左手のマメは、竹刀を正しく握れている証拠でもある勲章だった。
 結にとってマメは女の子らしくない手だと、一時期はマメだらけの手が嫌だと思ってたこともあったが、今はそれが誇らしかった。

「俺は最後の方まで全然出来なかったから、結ちゃんは本当に凄い。
 お揃いなのも、嬉しい」

 ぽかん、と何を言われたか理解できず再び間抜けな顔をテラス席で晒すことになった。
 お揃い。マメが出来たこの手を、そんな風に嬉しそうに見つめる男がどこにいるのだろうか。
 かつての青春を思い出して楽しそうにしていた結の顔が、どんどん赤くなっていった。

「マメでお揃いって、なんかやだなあ。他のがいいかも」
「他⋯⋯例えば?」

 例えば?と聞かれると、回答に困る。少し考えたものの、明確な答えが得られないまま口を開いた。

「お揃いのものを付けるって、なんか恋人とかのイメージが強いんだけど⋯⋯。お揃いでつけるなら、ペアリングとか?」

 パッと思いついたのがそれだった。別に辰彦とお揃いでつけるならとか、そういう意図を持って答えたわけじゃなかったが、曲解して辰彦に届いたようで、なんとなく辰彦の顔が嬉しそうに崩れたように見えた。

「じゃあこの後、一緒に見に行こう。お揃いの」
「⋯⋯ん?」

 一瞬辰彦が何を言ってるか理解できず。というよりは、言ってることを理解してても納得に時間がかかって、結は聞き返した。

「ペアリング、買いに行こう」