犬猿アイドル、なぜか最強バディ⁉︎

『それでは次のステージは、今話題の大人気ユニット――Luminousです!』

 わあああっ!!
 大きな歓声が夜空に響く。
 僕たちはステージへ飛び出した。
 まぶしいライトが降り注ぎ、一瞬だけ視界が白く染まる。

「こんばんはー!!」

 叶斗がマイクを高く掲げた。
 それだけで会場の熱気が一気に跳ね上がる。

「今日は温泉街フェス、最後まで楽しんでいきましょう!」

 僕も笑顔で手を振る。
 客席にはたくさんの人。
 ペンライトを振るファンたち。
 Luminousのタオルを掲げている子たち。
 その中に、不安そうな表情をしたファンの姿が見えた。
 胸が少しだけ痛む。
 たぶん、SNSを見たんだろう。
 だから僕は、いつもより少しだけ強くマイクを握った。

「じゃあ一曲目、いきます!」

 イントロが流れ始める。
 会場から歓声が上がった。
 隣で、叶斗がちらっとこちらを見る。
 ほんの一瞬。
 でも、その視線だけで次の動きがわかった。
 僕も同じように視線を返す。
 音に合わせて、一歩踏み出した。
 ――やっぱり。
 悔しいけど。
 ステージの上では、こいつが一番やりやすい。
 息を合わせようなんて考えたことはない。
 なのに、気づけば合っている。
 それが叶斗だった。
 歓声が夜の温泉街に響く。
 曲が進むにつれて、会場の空気もどんどん熱くなっていった。
 客席を見渡す。
 さっきまで不安そうだったファンの子たちも、少しずつ笑顔になっている。
 手を振っている。声を上げている。
 ……よかった。
 そう思った、その時だった。
 ――ぶつっ。
 突然、音が消えた。
 スピーカーが沈黙する。
 イヤモニからも音が消える。

「え?」

 一瞬で、会場がざわつく。
 耳に入っていた音楽が消え、ステージに妙な静けさが落ちた。
 スタッフさんたちが慌てて機材を確認している。
 スピーカーのトラブルだ。
 まずい。
 このまま止まったら、変な空気になる。
 客席からも、不安そうな声が聞こえ始めた。

「機材トラブル?」
「え、大丈夫かな……」

 その時だった。
 隣で、叶斗がにやっと笑った。
 あ。
 この顔。
 なにかやる気だ。

「みんなー!」

 叶斗が、音の消えたステージでそのまま声を張り上げた。

「せっかくだし、レアなLuminous見せちゃう?」

 客席がざわっと反応する。
 僕は思わず叶斗を見る。

「ちょ、なにする気」
「なんとかなるって」

 出た。
 一番信用ならないセリフであり――一番信用できるセリフでもある。
 叶斗は、そのままマイクをくるっと回した。

「湊!」
「……は?」
「アカペラいける?」
「は!?」

 無茶振りすぎる。
 でも客席は期待した顔でこちらを見ているし、スタッフさんたちも必死に機材を直している。
 時間をつながなきゃいけない。

「……ほんと、そういうの事前に言って」
「事前に機材トラブルが起こるなんて、わかんないじゃん」
「それはそうだけど」

 僕が思わずツッコむと、客席から笑い声が起きた。
 ……あれ?
 さっきまでの重い空気が、少し変わった。

「ほら、いつも通りの空気に戻った」
「誰のせいだと思ってるの」
「俺?」
「自覚あるんだ」

 また笑いが起きる。
 叶斗が、いたずらっぽく笑った。

「じゃ、やるよ」

 そう言って、イントロ代わりに手拍子を始めた。
 ぱん、ぱん、とリズムが響く。
 自然と客席も合わせる。
 ……もう、やるしかない。
 僕は小さく息を吸った。
 そして、アカペラで歌い始める。
 最初は静かだった会場が、少しずつ引き込まれていくのがわかった。
 途中から叶斗がハモりに入る。
 打ち合わせなんてしていない。
 なのに、不思議なくらいぴったり重なる。
 歌いながら、ふと思う。
 ……ほんと、なんなんだろう。
 練習生だった頃から、叶斗とは馬が合わなかった。
 時間にルーズで、思いつきで行動して、いつも僕を振り回す。
 レッスンの後だって、顔を合わせれば言い合いばかりだった。
 なのに。
 ダンスレッスンで隣に立てば、次の動きがわかった。
 歌えば、どこでハモりに入るのか自然とわかった。
 悔しいけれど。
 ステージの上の叶斗だけは、ずっと信用できた。
 たぶん向こうも同じだ。
 だから今も、打ち合わせなんてなくても合わせられる。
 客席の空気が変わっていく。
 不安そうだった顔が、どんどん笑顔になっていく。
 手拍子が大きくなる。
 歓声も増えていく。
 そして曲が終わった瞬間。
 わあああっ!!
 会場いっぱいに、大きな拍手が響いた。

「やば……!」
「鳥肌立った……!」
「アカペラすごかった!」

 そんな声が聞こえてくる。
 その時、ようやくスピーカーが復旧したらしく、音が戻った。
 スタッフさんたちがほっとした顔をしている。
 叶斗がマイクを持ったまま笑う。

「機材トラブルも、たまには悪くないかも?」
「いや、よくはないでしょ」

 僕が即座にツッコむ。
 すると、客席からまた笑いが起きた。

「かなみな、めっちゃ仲いいじゃん!」
「不仲じゃないじゃん!」

 前の方のファンの子がそう叫んだ。
 僕と叶斗は、一瞬だけ顔を見合わせる。

「……いや、仲良しではない」
「それな」
「普通にケンカするし」
「今日もしたしな」

 僕らが同時に言うと、会場はさらに大きな笑いに包まれた。
 でも、その空気はもう、さっきまでとは全然違っていた。
 不安そうだったファンたちは笑っている。
 楽しそうに手を振っている。
 ――大丈夫。
 そんな声が聞こえた気がした。
 僕はマイクを握り直す。
 そして隣では、叶斗がいつものように笑っていた。
 ……ほんと。
 こういうところだけは、頼りになるんだから。