犬猿アイドル、なぜか最強バディ⁉︎

 車内には、なんとも言えない重たい空気が流れている。
 その時だった。

「あっ」

 前の席でスマホを見ていたスタッフさんが、小さく声を上げた。
 嫌な予感しかしない。

「どうしました?」

 僕が聞くと、スタッフさんが恐る恐るこちらを振り返る。

「えっと……さっきの動画、上がってる」
「は?」

 叶斗が素っ頓狂な声を出した。
 スタッフさんのスマホ画面には、SNSの投稿が映っている。

『かなみな、ガチ不仲説』

 その文字を見た瞬間、頭が痛くなった。
 動画には、僕たちが言い合っている場面がばっちり映っていた。

『だからって引っ張る必要ある!?』
『じゃあ自分で気づけよ!』

 しかも、そこだけ切り取られているせいで、かなり険悪に見える。

「うわ、最悪……」

 叶斗が顔をしかめた。

「コメント欄もやばいかも」

 スタッフさんが画面をスクロールする。

『かなみなって営業仲良しだったの?』
『空気ピリついてない?』
『解散しないよね……?』

 胸がずきっと痛んだ。
 解散。
 その言葉は、思っていた以上に重かった。

「……別に、不仲なのは事実じゃん」

 ぽつりと叶斗が言う。
 否定できない。
 叶斗はマイペースだし、時間にもルーズだし、人の話を最後まで聞かない。
 勝手に僕のまんじゅうを食べるし、思いつきで行動するし、すぐ調子に乗る。
 正直、一緒にいて振り回されることなんてしょっちゅうだ。
 だから、不仲かどうかで聞かれたら。
 まあ、不仲なんだと思う。

「「でも」」

 僕と叶斗の声が、同時に重なった。
 一瞬だけ、お互いに顔を上げる。

「ファンを不安にさせたいわけじゃない」

 僕が言うと、叶斗も小さくうなずいた。

「それは同意見だな」

 珍しく、すぐに意見が一致した。
 車内が静かになる。
 その空気を破ったのは、前の席に座っていたマネージャーさんだった。

「……ふたりとも」

 ものすごく静かな声。
 逆に怖い。

「はい」
「すみません」

 二人そろって背筋が伸びる。
 マネージャーさんは大きくため息をついた。

「とりあえず、今かなり“不仲説”が広がってるわ」

 やっぱり。

「このままだと、今夜の温泉街フェスも変な空気になるかもしれない」

 その言葉に、僕はぎゅっと拳を握った。
 今日のフェスを楽しみにしてくれているファンはたくさんいる。
 なのに。
 ――ほんとは仲悪かったんだ。
 そんなふうに思わせたままステージに立つのは、嫌だった。

「……どうすればいいですか」

 僕が聞くと、少しだけ間が空く。
 そして。

「特別なことはしなくていいわ」
「え?」

 思わず聞き返した。

「無理に仲良しアピールなんてしなくていい」

 マネージャーさんの声は、いつもよりずっと真剣だった。

「ただ、いつも通りやりなさい」
「いつも通り……?」
「そう。Luminousとして、ちゃんとステージを成功させるの」

 隣で、叶斗が少しだけ表情を変えた。

「あなたたち、ケンカは多いけど」

 マネージャーさんがふっと笑う。

「ステージの上では、誰より息ぴったりでしょう?」

 一瞬、言葉に詰まった。
 ……否定できない。

「だから余計なことは考えなくていい」

 マネージャーさんは、きっぱりと言った。

「温泉街フェスで、“いつものLuminous”を見せてきなさい」

 車内に再び静寂が落ちる。
 しばらくして、先に口を開いたのは叶斗だった。

「……なんかさ」
「なに」
「“仲良くしろ”って言われるより、そっちの方がむずくない?」

 僕は小さく息を吐いた。

「わかる」

 いつも通り。

 簡単そうで、一番難しい。
 車の窓の向こうを、温泉街の景色が流れていく。
 SNSでは不仲説が広がっている。
 ファンを不安にさせてしまった。
 それでも。
 フェスの時間は待ってくれない。
 数時間後には、僕たちはステージに立つ。
 いつも通りのLuminousとして。
 隣を見ると、叶斗も珍しく黙ったまま窓の外を見ていた。
 考えていることは、たぶん同じだ。
 不安がないわけじゃない。
 でも――。

「……失敗できないね」

 僕がつぶやく。
 すると叶斗が、小さく笑った。

「それだけは最初から知ってる」

 その言葉に、少しだけ肩の力が抜けた。
 車はゆっくりと宿へ向かっていく。
 今夜のフェスが、どうなるのか。
 その時の僕たちは、まだ知らなかった。