「あの!舟木くんっ!」
部活中、保健室にテーピングを取りにいった時のことだった。突然背後から俺の名前を呼びつけた正体は、学校の有名人・高橋凛音先輩。熱をこもらせて、ピンク色に発色しているその頬はまるで少女漫画のヒロインのようだった。
「え、俺ですか?」
「急に呼び止めてごめんなさい!舟木くんって、彼女とかいたりするのかな?」
あからさまなその態度に、さすがに度肝抜かれた。あの、高橋凛音がこの俺に?まさか、あり得ない…全くかかわりもないし、好きになられるような素振りもしたことがなかった。
「い、いませんけど…」
「ほんと!………よかったぁ」
言葉を失う俺は、ただ口を開けて呆然とすることしかできなかった。赤面させる高橋先輩は髪の毛を整えて、吸い込まれそうな瞳で俺を見つめた。
「私、舟木くんのことが好きなんだ…」
見事に予想は的中してしまった。あの、高橋凛音に想いを寄せられるなど、誰もが望んだ光景であるのに、なぜ俺なんだ……。
「…そうなんですか、ありがとうございます」
情報を処理しきれていない俺にとって、これが必死な受け答えだった。
彼女からの告白を受けて、正直に嬉しいと思った。けれど、それは単なる本能的な感情であり、高橋先輩の気持ちに応えられないことは自分でも分かっていた。
「その、私と付き合ってほしい…です」
保健室を吹き抜ける風は高橋先輩の髪の毛を美しくなびかせ、髪の毛から垣間見えるピンク色の頬がより際立った。高橋先輩と付き合ったら、男子高校生が理想とするような青春が送れるんだろうな。なんて考えを過らせながらも、そんな未来を想像するたび、俺はいつも同じ影を探していた。
「すみません。俺、好きな子がいるんです。」
俺の答えが予想外だったのか、高橋先輩は目を見開いて一歩後ずさった。我ながら、笑えて来た。こんなにも、男の憧れである学校のアイドルに告白されているっていうのに、長年実らない恋を選ぶなんて。
「だから、先輩とは付き合えません。本当にすみません。」
高橋先輩は、言葉を失い目を潤わせた。コーラル色の唇が細かく震え、必死に笑顔を取り繕うと顔を引きつらせた。
「どうしても、その子じゃないとだめ?」
「……はい」
「その子とはもう、上手く行きそうなの?」
「……」
練習着が無駄に暑苦しく、言葉が喉に張り付いた。
「ごめんなさい、少し軽率だったね」
俺の表情を見かねた先輩が、申し訳なさそうに目を逸らしたとき、胸の奥底から惨めさが沸き立った。真っすぐに想いを伝えられる彼女が、眩しくて、かっこよかった。きっと彼女の魅力は容姿もろとも、その芯の強さがカリスマ性であるのだと実感した。
「でもね、舟木君。迷っている間に、全部終わってしまうことだってあるんだよ」
黙り込む俺に、高橋先輩は目の色を変えて話し続けた。彼女の言葉の意図は、警告なのか、それともただの助言なのか、俺にはまだ分からなかった。
「もし、上手くいかなかったらいつでも声かけてね」
そう先輩は、冗談を言うかのように笑っていたけれど、その透き通った瞳だけは笑っていなかった。バニラ色の長い髪の毛から、甘いシャンプーの香りが風に乗り、俺の横を通り過ぎていく。
なんで、こんな人が俺のことなんか好きになってくれたんだろう。
______________
「湊!危ない!!!」
翌日、高橋先輩の言葉はまるで予言のように、俺にはある“終わり”を迎えていた。朝の部活中に、園田先輩が打ったスパイクが飛んできていることにも気づかず、意識は遠くへと旅立っていた。
「死ぬな!湊!!!」
「死なねーし……」
左顔面に直撃したボールを目で追い、気づけば体は宙に浮き倒れこんだ。
こんな、みすぼらしいことになってしまった原因は明白。昨日の暴露大会のせいだ。
「あー、いった」
「湊が死ぬ!どうしよう!…あなたはAEDを持ってきてください」
「園田先輩うるさい」
体育館の天井を眺めながら目を瞑った。暴露大会の流れで、“実は泉のこと…”という流れを持っていきたかったのにも関わらず、結果はこのありさまだ。そもそも、他校でナンパした話をわざと持ち出して泉の反応を伺うなんて、あまりにも子どもじみていた。
__嫉妬してほしかったなんて、我ながら終わってる。
しかし、問題はその後だった。嫉妬に飲まれていたのは俺の方で、焦るように高橋先輩の話題を口にしてしまった。ほんの少しでも、泉が動揺してくれるんじゃないかと期待していた。けれど——
「寺田先輩とキスしたことあ……る…」
期待が、絶望へと変わった。寺田先輩ってあの…寺田颯太先輩だよな。学力は常に上位をキープし、陸上部のハードル走のエース。定期的に告白を受けているとかなんとか聞くけど、いつそんな人と関わっていたんだ___。
「保健室行ってきます」
「あ、じゃあ俺が連れてくよ」
園田先輩の広い肩を借りて、体育館を出た。煮えくり返るような感情と、今の自分の不甲斐なさが、より自尊心を削っていった。
保健室の硬いソファに腰を掛け、天井を仰いだ。頭が痛い、吐き気がする、その原因はぶつかったスパイクなんかじゃなくて、全て寺田先輩だった。
「湊、お前まじで大丈夫?」
「すみません」
「なにかあった?」
園田先輩は保冷剤を探しながら、淡々と会話を始めるものの、先ほどのふざけた空気は一切なかった。
「実は、好きな子がいるんですけど」
「あー、泉ちゃんだろ?」
「なんで知ってるんですか!」
「まあ、泉ちゃんから色々話聞いてるから、なんとなく察した」
同じ委員会とだけでもそんな話までしているのか…とこんな状況ですら嫉妬心がにじみ出る自分の小ささに呆れた。一つ息を吐いた後、名前を伏せながら昨日のやり取りを説明する。最初は頷きながら聞いていた園田先輩は、徐々に何とも言えない表現になっていく。
「好きな子を嫉妬させようとして、しょうもない自慢話までした結果、振られたってこと?」
「要約が酷すぎます」
しかし、あながち間違いではない気がした。だけど、完璧に振られたとは限らないし、二人が付き合っているとも限らない。ましては、お年頃の高校生のキスなんて……。考えれば考える程、俺の心臓は寺田先輩に握り潰される。
「俺、一旦教室戻ります」
「お、おい、顔冷やさなくていいのかよ」
「また、後で戻るんで」
2人の関係性を、泉の口から聞かなければ埒が明かなかった。走って階段を駆け上がり教室に向かうとまだ泉はいなかった。自分でも分かるくらい焦りすぎていることに苛立ってくる。昇降口で待っていようかと、トイレの横を通り過ぎた時だった。
「み、な…と」
泉は震えるように立ち尽くしていて、予想外の遭遇に、不自然な汗があふれ出る。その後は、呆れる程にぶっきらぼうなセリフと態度で泉を泣かせてしまった挙句、彼女は、寺田先輩が好きだと答えた。
泣きながらこの場を立ち去る彼女の背中を眺めながら、俺はしばらく動くことができなかった。一人にしてほしかった。
泉は朝のHRをサボり、一限が始まる前に教室に戻ってきた。彼女が視界に入る度に、高橋先輩の言葉がフラッシュバックし、何度も何度も後悔を募らせるばかりだった。
______________
6限が終わるまで後10分の頃だった。いつもなら眠気に誘われる時間なのに、今日はやたらと目が冴えていた。少し前の席にいる泉の背中を見つめると、俺は一瞬思い出した。
好きとは言ってたけど、付き合っているかどうかには触れて来なかったから…もしかしたら、なんて冷静さを取り戻したと思いきや、今度は無駄な前向き思考が生まれ始めた。
「一人で無理すんなよ、バカ」
気づけば、掃除中に無我夢中で泉を追いかけていた。かっこつけながらゴミ袋を取り上げても、隠し切れない息切れが全部台無しにしていく。それでも俺は、泉を諦め切れていないのは見ての通りである。
相手が寺田先輩だとしても関係ない。まだ付き合っていないなら、きっと間に合う。そう自分に言い聞かせた直後、ゴミステーションの物陰から現れた金髪の男に視線を奪われた。
「あー、ここにいたんだね。いーずみん」
泉に向けられたようなそのセリフは、間違いなく、俺への宣戦布告だった。
部活中、保健室にテーピングを取りにいった時のことだった。突然背後から俺の名前を呼びつけた正体は、学校の有名人・高橋凛音先輩。熱をこもらせて、ピンク色に発色しているその頬はまるで少女漫画のヒロインのようだった。
「え、俺ですか?」
「急に呼び止めてごめんなさい!舟木くんって、彼女とかいたりするのかな?」
あからさまなその態度に、さすがに度肝抜かれた。あの、高橋凛音がこの俺に?まさか、あり得ない…全くかかわりもないし、好きになられるような素振りもしたことがなかった。
「い、いませんけど…」
「ほんと!………よかったぁ」
言葉を失う俺は、ただ口を開けて呆然とすることしかできなかった。赤面させる高橋先輩は髪の毛を整えて、吸い込まれそうな瞳で俺を見つめた。
「私、舟木くんのことが好きなんだ…」
見事に予想は的中してしまった。あの、高橋凛音に想いを寄せられるなど、誰もが望んだ光景であるのに、なぜ俺なんだ……。
「…そうなんですか、ありがとうございます」
情報を処理しきれていない俺にとって、これが必死な受け答えだった。
彼女からの告白を受けて、正直に嬉しいと思った。けれど、それは単なる本能的な感情であり、高橋先輩の気持ちに応えられないことは自分でも分かっていた。
「その、私と付き合ってほしい…です」
保健室を吹き抜ける風は高橋先輩の髪の毛を美しくなびかせ、髪の毛から垣間見えるピンク色の頬がより際立った。高橋先輩と付き合ったら、男子高校生が理想とするような青春が送れるんだろうな。なんて考えを過らせながらも、そんな未来を想像するたび、俺はいつも同じ影を探していた。
「すみません。俺、好きな子がいるんです。」
俺の答えが予想外だったのか、高橋先輩は目を見開いて一歩後ずさった。我ながら、笑えて来た。こんなにも、男の憧れである学校のアイドルに告白されているっていうのに、長年実らない恋を選ぶなんて。
「だから、先輩とは付き合えません。本当にすみません。」
高橋先輩は、言葉を失い目を潤わせた。コーラル色の唇が細かく震え、必死に笑顔を取り繕うと顔を引きつらせた。
「どうしても、その子じゃないとだめ?」
「……はい」
「その子とはもう、上手く行きそうなの?」
「……」
練習着が無駄に暑苦しく、言葉が喉に張り付いた。
「ごめんなさい、少し軽率だったね」
俺の表情を見かねた先輩が、申し訳なさそうに目を逸らしたとき、胸の奥底から惨めさが沸き立った。真っすぐに想いを伝えられる彼女が、眩しくて、かっこよかった。きっと彼女の魅力は容姿もろとも、その芯の強さがカリスマ性であるのだと実感した。
「でもね、舟木君。迷っている間に、全部終わってしまうことだってあるんだよ」
黙り込む俺に、高橋先輩は目の色を変えて話し続けた。彼女の言葉の意図は、警告なのか、それともただの助言なのか、俺にはまだ分からなかった。
「もし、上手くいかなかったらいつでも声かけてね」
そう先輩は、冗談を言うかのように笑っていたけれど、その透き通った瞳だけは笑っていなかった。バニラ色の長い髪の毛から、甘いシャンプーの香りが風に乗り、俺の横を通り過ぎていく。
なんで、こんな人が俺のことなんか好きになってくれたんだろう。
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「湊!危ない!!!」
翌日、高橋先輩の言葉はまるで予言のように、俺にはある“終わり”を迎えていた。朝の部活中に、園田先輩が打ったスパイクが飛んできていることにも気づかず、意識は遠くへと旅立っていた。
「死ぬな!湊!!!」
「死なねーし……」
左顔面に直撃したボールを目で追い、気づけば体は宙に浮き倒れこんだ。
こんな、みすぼらしいことになってしまった原因は明白。昨日の暴露大会のせいだ。
「あー、いった」
「湊が死ぬ!どうしよう!…あなたはAEDを持ってきてください」
「園田先輩うるさい」
体育館の天井を眺めながら目を瞑った。暴露大会の流れで、“実は泉のこと…”という流れを持っていきたかったのにも関わらず、結果はこのありさまだ。そもそも、他校でナンパした話をわざと持ち出して泉の反応を伺うなんて、あまりにも子どもじみていた。
__嫉妬してほしかったなんて、我ながら終わってる。
しかし、問題はその後だった。嫉妬に飲まれていたのは俺の方で、焦るように高橋先輩の話題を口にしてしまった。ほんの少しでも、泉が動揺してくれるんじゃないかと期待していた。けれど——
「寺田先輩とキスしたことあ……る…」
期待が、絶望へと変わった。寺田先輩ってあの…寺田颯太先輩だよな。学力は常に上位をキープし、陸上部のハードル走のエース。定期的に告白を受けているとかなんとか聞くけど、いつそんな人と関わっていたんだ___。
「保健室行ってきます」
「あ、じゃあ俺が連れてくよ」
園田先輩の広い肩を借りて、体育館を出た。煮えくり返るような感情と、今の自分の不甲斐なさが、より自尊心を削っていった。
保健室の硬いソファに腰を掛け、天井を仰いだ。頭が痛い、吐き気がする、その原因はぶつかったスパイクなんかじゃなくて、全て寺田先輩だった。
「湊、お前まじで大丈夫?」
「すみません」
「なにかあった?」
園田先輩は保冷剤を探しながら、淡々と会話を始めるものの、先ほどのふざけた空気は一切なかった。
「実は、好きな子がいるんですけど」
「あー、泉ちゃんだろ?」
「なんで知ってるんですか!」
「まあ、泉ちゃんから色々話聞いてるから、なんとなく察した」
同じ委員会とだけでもそんな話までしているのか…とこんな状況ですら嫉妬心がにじみ出る自分の小ささに呆れた。一つ息を吐いた後、名前を伏せながら昨日のやり取りを説明する。最初は頷きながら聞いていた園田先輩は、徐々に何とも言えない表現になっていく。
「好きな子を嫉妬させようとして、しょうもない自慢話までした結果、振られたってこと?」
「要約が酷すぎます」
しかし、あながち間違いではない気がした。だけど、完璧に振られたとは限らないし、二人が付き合っているとも限らない。ましては、お年頃の高校生のキスなんて……。考えれば考える程、俺の心臓は寺田先輩に握り潰される。
「俺、一旦教室戻ります」
「お、おい、顔冷やさなくていいのかよ」
「また、後で戻るんで」
2人の関係性を、泉の口から聞かなければ埒が明かなかった。走って階段を駆け上がり教室に向かうとまだ泉はいなかった。自分でも分かるくらい焦りすぎていることに苛立ってくる。昇降口で待っていようかと、トイレの横を通り過ぎた時だった。
「み、な…と」
泉は震えるように立ち尽くしていて、予想外の遭遇に、不自然な汗があふれ出る。その後は、呆れる程にぶっきらぼうなセリフと態度で泉を泣かせてしまった挙句、彼女は、寺田先輩が好きだと答えた。
泣きながらこの場を立ち去る彼女の背中を眺めながら、俺はしばらく動くことができなかった。一人にしてほしかった。
泉は朝のHRをサボり、一限が始まる前に教室に戻ってきた。彼女が視界に入る度に、高橋先輩の言葉がフラッシュバックし、何度も何度も後悔を募らせるばかりだった。
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6限が終わるまで後10分の頃だった。いつもなら眠気に誘われる時間なのに、今日はやたらと目が冴えていた。少し前の席にいる泉の背中を見つめると、俺は一瞬思い出した。
好きとは言ってたけど、付き合っているかどうかには触れて来なかったから…もしかしたら、なんて冷静さを取り戻したと思いきや、今度は無駄な前向き思考が生まれ始めた。
「一人で無理すんなよ、バカ」
気づけば、掃除中に無我夢中で泉を追いかけていた。かっこつけながらゴミ袋を取り上げても、隠し切れない息切れが全部台無しにしていく。それでも俺は、泉を諦め切れていないのは見ての通りである。
相手が寺田先輩だとしても関係ない。まだ付き合っていないなら、きっと間に合う。そう自分に言い聞かせた直後、ゴミステーションの物陰から現れた金髪の男に視線を奪われた。
「あー、ここにいたんだね。いーずみん」
泉に向けられたようなそのセリフは、間違いなく、俺への宣戦布告だった。
