______________
「寺田先輩とキスしたなんて……そんなこと言わなければよかった」
いつも通り、朝のHRをサボって屋上に行くと目を疑う光景が広がっていた。
俺は、言葉を失い一歩だけ後ずさる。だって、そこには今朝の“あの子”がいたから。しかも…………僕とキスをしたって??
“バタン…”
ゆっくりと扉を閉めて、彼女に近づく。少しだけ不規則になった鼓動と浅くなった呼吸を抑えてこう、声を掛けた。
「僕と君が、キスをしたって?」
……我ながら、最悪な登場の仕方だった。気障すぎるし、完全に少女漫画の当て馬みたいな台詞だ。なのに、妙に緊張している自分がもっと嫌だった。
彼女は僕の顔を見た瞬間、みるみる青ざめた。電車で見た時より、さらに絶望的な顔をしている。そこまで露骨に怯えられるのは、さすがに人生初で、少し傷つく。
「あの、命だけは…………………」
この子は何を言っているんだ。
「違うんです!ちゃんと理由があるんです!」
彼女は血眼になって、頭を抱え始めた。ついさっきまで格好つけていた自分が、急に馬鹿みたいに思えてくる。自分より混乱している人を目の前にすると、自然と冷静になれてしまった。
正気を取り戻した彼女は、弁解なのか言い訳なのか分からない説明を、必死に並べ始めた。そこでようやく、さっき駅で聞いた噂話と繋がった。
けれど、そんなことより気になったのは彼女自身だった。
焦ったかと思えば怒って、次の瞬間には落ち込み、また慌てて言葉を繋げる。表情がくるくる変わって、見ていて全く飽きない。
電車で死にそうな顔をしていた子と、同一人物とは思えなかった。
「関わったこともないのに、寺田先輩を利用してしまったことは謝罪します。本当に申し訳ございません。」
けれど、高校生ごときの恋愛で、こんなにも本気になることが信じられなかった。利用されたことは、正直どうでもよかったんだ。自分の素行の悪さから、そういうポジションは持って来いといっても過言では無かった。
だけど、なにかが面白くなかった。モヤモヤの正体が分からないまま苛立って、僕は彼女に少しだけ意地悪をした。
「つまり、好きな人に振られたから、くっだらない嘘をついたってことだね!」
口にした瞬間、さすがに言い過ぎたと思った。けれど彼女は、生まれたての小鹿みたいに肩を震わせていて。その反応があまりにも分かりやすすぎて、今度は笑いを堪えるのに必死だった。けれど、彼女は、
“男友達もいるわけでもないし、パっと思い浮かんだのが有名人の寺田先輩ってだけで”
最初は、適当に取り繕った言い訳だと思っていた。けれど、一年生とキスした話をした瞬間、彼女は露骨に顔をしかめた。それは、まるでゴミでも見るみたいな目だった。その反応が可笑しくて、気づけば久しぶりに声を出して笑っていた。
……いつぶりだろう。
ころころ表情が変わって、感情が全部顔に出る。からかいがいがあって、見ていて飽きない。もっと知りたいと思った。このまま、あの好きな男と仲直りされるのが、妙に面白くなかった。
「じゃあお騒がせしました」
また、深くお辞儀をしてその場を去っていく彼女の背中を見つめながら手を振った。この時、自分の鼓動が少しだけ早くなっていたことはまだ知らないまま。
「…………あー、やばいかも」
____________
“キーンコーンカーンコーン”
チャイムが鳴り、生徒たちは一斉に掃除へと向かった。職員室前の廊下掃除を担当する僕と同じクラスの園田は、適当にほうきを振り回しながら時間を潰していた。
「あ、いずみちゃんだ~」
突然、園田が窓に乗り出し、指をさした。その先にいたのは、紛れもなく“あの子”だった。いずみちゃんっていうんだ…なんて思いながらも、園田と親しい仲である気配にまた、モヤモヤとする。
「園田の知り合い?」
「うん、委員会一緒だけど、めっちゃ真面目な子」
「ふーん」
たしかに、真面目だった。何度も深くお辞儀しながら謝罪して、大変な子だなとは思っていたけど、ただの堅物ってわけでもなさそうだった。
窓ガラスに寄りかかりながら彼女を眺めていると、後ろから一人の男が現れ、彼女の持っていたゴミ袋をひょいと奪った。それがやけに、自然な距離感だった。まるで、当たり前みたいに。その光景を見た瞬間、僕は無意識に視線を逸らしていた。
「うわ、湊のやつ頑張っちゃってるじゃん!」
園田だけは面白そうに窓へ身を乗り出している。そして、また当たり前みたいに名前を呼ぶものだから、僕は少しだけ目を瞬かせた。
「なに、あの子も知り合い?」
「あー、あいつは部活の後輩。一年の頃から大会出るくらい上手くてさ~」
その言葉で、ようやく全部繋がった。――あぁ、あいつが。
_______あの子が彼女の好きな人なんだと。
胸の奥底に疼く黒い何かと、不規則に跳ねる鼓動が、妙に鬱陶しい。
僕は、勢いでほうきを投げ捨てて階段を駆け下りた。ゴミ捨て場までそう遠くない、まだ間に合う…………仲直りさせたくない。
“嘘を本当にしていまえば…………”
その考えが頭をよぎった瞬間、自分でも笑えてきた。なのに、足は止まらない。
気づけば僕は、彼女の腕を掴んでいた。
「寺田先輩とキスしたなんて……そんなこと言わなければよかった」
いつも通り、朝のHRをサボって屋上に行くと目を疑う光景が広がっていた。
俺は、言葉を失い一歩だけ後ずさる。だって、そこには今朝の“あの子”がいたから。しかも…………僕とキスをしたって??
“バタン…”
ゆっくりと扉を閉めて、彼女に近づく。少しだけ不規則になった鼓動と浅くなった呼吸を抑えてこう、声を掛けた。
「僕と君が、キスをしたって?」
……我ながら、最悪な登場の仕方だった。気障すぎるし、完全に少女漫画の当て馬みたいな台詞だ。なのに、妙に緊張している自分がもっと嫌だった。
彼女は僕の顔を見た瞬間、みるみる青ざめた。電車で見た時より、さらに絶望的な顔をしている。そこまで露骨に怯えられるのは、さすがに人生初で、少し傷つく。
「あの、命だけは…………………」
この子は何を言っているんだ。
「違うんです!ちゃんと理由があるんです!」
彼女は血眼になって、頭を抱え始めた。ついさっきまで格好つけていた自分が、急に馬鹿みたいに思えてくる。自分より混乱している人を目の前にすると、自然と冷静になれてしまった。
正気を取り戻した彼女は、弁解なのか言い訳なのか分からない説明を、必死に並べ始めた。そこでようやく、さっき駅で聞いた噂話と繋がった。
けれど、そんなことより気になったのは彼女自身だった。
焦ったかと思えば怒って、次の瞬間には落ち込み、また慌てて言葉を繋げる。表情がくるくる変わって、見ていて全く飽きない。
電車で死にそうな顔をしていた子と、同一人物とは思えなかった。
「関わったこともないのに、寺田先輩を利用してしまったことは謝罪します。本当に申し訳ございません。」
けれど、高校生ごときの恋愛で、こんなにも本気になることが信じられなかった。利用されたことは、正直どうでもよかったんだ。自分の素行の悪さから、そういうポジションは持って来いといっても過言では無かった。
だけど、なにかが面白くなかった。モヤモヤの正体が分からないまま苛立って、僕は彼女に少しだけ意地悪をした。
「つまり、好きな人に振られたから、くっだらない嘘をついたってことだね!」
口にした瞬間、さすがに言い過ぎたと思った。けれど彼女は、生まれたての小鹿みたいに肩を震わせていて。その反応があまりにも分かりやすすぎて、今度は笑いを堪えるのに必死だった。けれど、彼女は、
“男友達もいるわけでもないし、パっと思い浮かんだのが有名人の寺田先輩ってだけで”
最初は、適当に取り繕った言い訳だと思っていた。けれど、一年生とキスした話をした瞬間、彼女は露骨に顔をしかめた。それは、まるでゴミでも見るみたいな目だった。その反応が可笑しくて、気づけば久しぶりに声を出して笑っていた。
……いつぶりだろう。
ころころ表情が変わって、感情が全部顔に出る。からかいがいがあって、見ていて飽きない。もっと知りたいと思った。このまま、あの好きな男と仲直りされるのが、妙に面白くなかった。
「じゃあお騒がせしました」
また、深くお辞儀をしてその場を去っていく彼女の背中を見つめながら手を振った。この時、自分の鼓動が少しだけ早くなっていたことはまだ知らないまま。
「…………あー、やばいかも」
____________
“キーンコーンカーンコーン”
チャイムが鳴り、生徒たちは一斉に掃除へと向かった。職員室前の廊下掃除を担当する僕と同じクラスの園田は、適当にほうきを振り回しながら時間を潰していた。
「あ、いずみちゃんだ~」
突然、園田が窓に乗り出し、指をさした。その先にいたのは、紛れもなく“あの子”だった。いずみちゃんっていうんだ…なんて思いながらも、園田と親しい仲である気配にまた、モヤモヤとする。
「園田の知り合い?」
「うん、委員会一緒だけど、めっちゃ真面目な子」
「ふーん」
たしかに、真面目だった。何度も深くお辞儀しながら謝罪して、大変な子だなとは思っていたけど、ただの堅物ってわけでもなさそうだった。
窓ガラスに寄りかかりながら彼女を眺めていると、後ろから一人の男が現れ、彼女の持っていたゴミ袋をひょいと奪った。それがやけに、自然な距離感だった。まるで、当たり前みたいに。その光景を見た瞬間、僕は無意識に視線を逸らしていた。
「うわ、湊のやつ頑張っちゃってるじゃん!」
園田だけは面白そうに窓へ身を乗り出している。そして、また当たり前みたいに名前を呼ぶものだから、僕は少しだけ目を瞬かせた。
「なに、あの子も知り合い?」
「あー、あいつは部活の後輩。一年の頃から大会出るくらい上手くてさ~」
その言葉で、ようやく全部繋がった。――あぁ、あいつが。
_______あの子が彼女の好きな人なんだと。
胸の奥底に疼く黒い何かと、不規則に跳ねる鼓動が、妙に鬱陶しい。
僕は、勢いでほうきを投げ捨てて階段を駆け下りた。ゴミ捨て場までそう遠くない、まだ間に合う…………仲直りさせたくない。
“嘘を本当にしていまえば…………”
その考えが頭をよぎった瞬間、自分でも笑えてきた。なのに、足は止まらない。
気づけば僕は、彼女の腕を掴んでいた。
