曰く付きの調香師は花屋と笑う

「リービットは臆病な性格で、日陰を好む。涙は甘く芳醇だとも言われ、それがまた希少性を高めているんだ。主食はナッツが多かったはずだ」
「はい。リーちゃんは中でもアーモンドが好きです」
「リラちゃんが最後にリーちゃんを見たのは、この辺なんだね?」
「ええ……通りすがりのおばあさまに道を聞かれて、答えている間に、リーちゃんが突然走り出して……」
「そのとき何か変わったことはなかったかい?」
「別にそんな……あ、でも何かが弾けるような音が聞こえたような……パン、という感じの」

 晴れた昼下がり。石畳で整備された道を歩きながら、三人は辺りを見回した。周囲は住居が中心に並んでいる。カフェや服屋といった店は少ない。そのせいかこの時間帯は人も少ないようだ。
 もう少し歩くと森が見えてきた。鬱蒼としているが、ある程度舗装もされている。少なからず人の出入りはあるらしい。

「……リラ嬢。あの森も探したか?」
「あ、はい。リーちゃんの足でそんな遠くに行けるとは思えなくて、入り口の辺りだけですけど……」
「そのとき、香水をつけてたよな」
「そんなこともわかるんですか? 今日はつけてないので、もうとっくに香りも消えてるかと……」
「気をつけた方がいい。花や果物の香りが調合された香水の中には、蜂の警報フェロモンや攻撃フェロモンを誘発するものもあるんだ」
「!」

 ハッと息を飲んだリラは小さく頷いた。それから感心したような眼差しを向けてくる。

「本当に女神の祝福を受けたみたいですね」
「はは、女神神話だね」

 それはここ、カレノルド帝国に古くから伝わる逸話だ。
 カレノルド帝国は五感を大事にする。五感はカレノルド帝国を創った女神から贈られたもの、すなわち「ギフト」だと考えられているからだ。特に形のないものを認知する力――ニオイを嗅ぎ分ける嗅覚や音を聴き取る聴力、味を感知する味覚――は女神の寵愛ゆえに認知できるものだとされている。そのため五感の鋭い者は女神の祝福を受けたと言われるのだった。その影響もあるのだろう、カレノルド帝国は昔から香水や音楽、美味しい料理を尊ぶ。

「リラちゃん。逆に忌み子のことは知ってる?」
「えっと……五感のどれかが欠けた人のことですよね」
「そうそう。その代わり人間離れした身体能力があったり……むしろその代償として五感を奪われたなんて言われてるね。神の領域を超えることを女神が許さず、ギフトを取り上げたと」
「マシロ」

 呑気に話す彼を遮り、クロウは眉根を寄せた。
 寂れた本屋の前。香ばしさの残る、ウッディ寄りのドライな香り。これは……。

「……アーモンドのニオイだ」
「おっ? もしかしてリーちゃんはそのニオイにつられたんじゃ? その元を辿れば――」
「火薬のニオイに、……リービットの涙のニオイ……それに……」

 目を閉じ、集中する。情報の塊として飛び込んでくる様々なニオイたち。ここで起きたことの痕跡や感情。
 クロウは静かに目を開いた。気がずんと重みを増してのしかかってきた。

「……マシロ。手を引こう」
「クロウ?」
「恐らく相手は、臆病なリービットを火薬でビビらせて、好きなアーモンドで釣り、掻っ攫った。道を聞いてきた婆さんもリラ嬢の意識を逸らすための仲間かもな。つまりこれは意図的なもんだ。しかも組織的な可能性まである。オレらじゃなくて自警団辺りの仕事だよ」
「そんな……」

 リラが口を覆う。ぐっと不安のニオイが強くなった。
 クロウは苦々しく目を逸らす。

「……リービットは珍しいし高値で売れる。だから盗難に遭っても不思議じゃない」
「クロウ。それだけじゃないね?」
「何が」
「犯人の見当もついてるんだろ?」
「は?」
「ニオイでわかったんだろ」
「……お前はオレの鼻を過信しすぎだ」
「いいや、わかるよ。そういう顔だ。何年一緒にいると思ってるんだ」
「一年くらいだろうが」

 そんな何年、何十年も連れ添ったかのような言い方はやめてほしい。たかだか一年。四季がようやっと巡った程度。それで何がわかるというのか。

「そう。君が十六、僕が十七のときに僕が君を拾った。十八になって店を出して、今だ。その間ずっと一緒にいたんだ。僕には君みたいな鼻はないけどさ。わかるよ」
「……」

 大事なのは時間の長さではないのだと、マシロはそう言いたいのだろうか。
 それでも。
 クロウは二人に背を向けた。歩き出す。

「……もうすぐ雨が降る。お前らも早く帰れよ」