序章。
母はいつだって勇敢で愛のある人でした。
1890.
新しい命が赤マルを掲げた国に産まれました。
名前は『※※※※』
誰かはおかしな名前だと笑った。
誰かは可哀想だと口を隠した。
それでも私は母に愛を囁いた。
母はそんな私を見て膝をつき胸に顔を埋めた。
『貴方に会えてよかった。』
母は泣き崩れ、何度も同じ言葉を放ちました。
私の服はいつも母の涙が染みて、
シミができていました。
それでもそのシミは愛のカタチのようで。
ひどく暖かいものでした。
そして。
そんな母に私は言うんです。
『大好きだから。』
そう言って頭を撫でるのです。
でも、歳を重ねるごとに思うのです。
『貴方に会えてよかった。』
その言葉に隠れている暗闇を。
この記憶は後悔の末、
生かした少女を抱きしめるまでの物語である。
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第一章。
《蕾を知り得たとして、知ったとて、》
「※※。早く起きなさい。」
夢の中で母の声が響きました。
微かに瞼を開けた時、
母が前かがみになり、
私の顔を覗き込む様子が伺えました。
東日がひどく肌をさす青空の朝。
夏の風がカーテンを揺らし、
風鈴がからんッと心地よく響きました。
「……。」
背を丸めるように上半を起こし、
私は外を見ました。
何気ない日常でも、
毎日の空は違うのです。
青い日も、真っ赤な日も、
何気ない日常でも、
毎日の偶然は違うのです。
生きても死んでも、
明日には笑っているかもしれないし、
涙すら出ない悲劇かもしれない。
そんな日常という今日の朝は、
億劫で呆れるほど暑く
諦めるほど青いのです。
「学校遅れんよ。しゃんとしなさい。」
母が私の手を取り、
力強くも丁寧に起こしました。
「朝抜きになるよ。」
よく見れば母は割烹着を着ていて、
台所からやってきたのだと分かる姿でした。
「……うん。」
母を無視同然に通り過ぎ、
私は足をまるで引きずるようにして
朝食の匂いが漂う居間へと向かいました。
畳に腰をおろし、まだ重い瞼を
新聞の活字で無理にでも起こしました。
白米から薫る湯気が新聞の文字をぼかして
煙霧のように目をぼかしました。
「かあさま。来月から徒歩通学になるんだって。」
左手に茶碗。右手に箸を持ちて。
「あら。そう。事故、流行ってるってね。」
母は洗い場のタオルで手を拭きながら
私を見ました。
「うん。かあさま。義勇ってなんなの。」
私の視線は相変わらず新聞で
「国家に危機が迫った公の場では、
正義と勇気をもって命を捧げること。」
母の視線は相変わらず私でした。
「ちゃんと覚えなさいよ。」
呆れたような口調の母を横目に
新聞の匂いが鼻を掠めました。
「は-い。」
そんな母が病に罹り寝込んだのは、
翌年の同じ朝でした。
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二.
医師は羽織を直しながら立ち上がりました。
「結核ですね。労咳です。」
布団に寝込む母が顔を少しあげました。
髪の毛が藤の花のように綺麗でした。
「結核…ですか?」
「はい。
感染症なので、お子様とは距離を取るように。」
そう言い、医師はそそくさと出ていきました。
「……。」
母は医師が出ていった方を見つめていました。
「かあさま?」
感情があったのか。
心があったのか。
当時の私には分かりませんでした。
「あんた…荷物まとめてきなさい。」
「え?」
前置きなどなく突然放たれた言葉でした。
鴉は鳴くのをやめた。
鳥はまだ泣いているというのに。
「預ける。私が病気の間ね。」
聞きたくなかったような。
少しホッとしたような。
畳の節を指でなぞりました。
飛び出たささくれ擬きが、
指の腹を痛くも撫でた。
「かあさまはどうするの?」
迷子になった瞳孔は
不自然にも母を捉えました。
「……治す。病気をね。」
母の瞳孔は振り子のように微々と揺れ
襖を眺めていました。
「…。」
そして、
いつの日か戦争が終わりを告げ、
この国にも春がやって来ました。
桜堤を彩る夢見草の吹雪が
これからの始まりを急かすように
舞っていました。
私は母から受け取った地図を頼りに
のらりくらりと辿り着いた孤児院。
【岡山孤児院】
門さえも私を拒んでいるように感じました。
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第二章。
《桜、落ちることなかれと鳥囁き》
_孤児院に入り2年が経ちました。
あの日と同じ。初春の日でした。
1899.
孤児院の縁側に座り、
母から貰った地図を眺めていました。
春の温かさに頭がぼかされ、
春の冷たさに裾が揺れました。
耳を澄ませば、
廊下を歩く子供達の足音が忙しなく聞こえる。
この音さえも耳は否定するのでしょうか。
環境が変われば家も変わりました。
家が変われば学校も変わりました。
時代が変われば病院も通えたかもしれません。
孤児院も決して、
冷たい場所ではありませんでした。
児童人数が多けれど。部屋が狭けれど。
いつだって母からの地図を片手に
外を眺めることができるのですから。
戦争がなければご飯もひもじくない。
それでも。
心を守っているのは母であったと、
つくづく実感しました。
母がいなくとも食事はできる。
けれども誰も喧嘩を止めてくれない。
母がいなくとも一人で寝ることができる。
けれども誰も誰かの限界を知らない。
母がいなくとも生きていける。
けれども_
孤児院に居るだけ
母の無意味さを理解して。
母の愛を知りました。
母からの優しさは愛と同等で。
母からの叱りは愛と対等で。
母からの愛は私と同類だったのです。
地図に花弁が舞い落ち。
私は顔を上にあげました。
桜花に隠れた空を見るために。
そして
天に手を伸ばしました。
けれども
空はどうやっても掴めない。
舞桜はどう足掻いても掴めない、
こんなにも近くにあるのに。
そして
地に落ちた桜ほど拾いやすいものはない。
けれども
地に落ちた花屑はどうも_
役目を終えた桜かのように見えるのです。
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二.
随分時がたった初冬の朝。
1904.
戦争が始まりました。
学校では軍事強化の為の授業が始まり、
孤児院の人数も随分減りました。
縁側で昼寝ができるほどに静かで、
食もひもじくなり、
会話も自然と貧しくなりました。
実際なんてさておき。
私の目には雪すらも
暇を持て余しているように思えました。
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三.
戦争が終わりを迎えたのは
衣替えが始まる初夏のことでした。
どうも暑さで頭が沸騰しているようで、
とは言えど、本当は
考えるのがどうしようもなく怖かったのです。
そして_
終戦まもなく
私は地元へと帰りました。
家に向かう勇気はありませんでした。
しかしながら連絡は行くようで。
院の方が母に手紙を送ったようです。
最悪の事態を考えない限り、
母は私の在り場所を知っている
ということなのです。
私は重い荷物を肩にかけ、
駅の改札を通り、
怯えるように駅を見渡しました。
新しい土地という訳でもないのに、
どうしても目が忙しなく動きました。
止まってしまうのを恐れているような、
そんな懸念を荷物とともに抱えていました。
地元は中心地ということもあり、
岡山よりも賑わっていました。
悪い意味でも良い意味でも眠らない街でした。
ゆく宛を探し、何とはなしに辿り着いたのは
異動以前に通っていた小学校でした。
昔と変わったとすれば生徒くらいでしょう。
風景と思い出だけは変わらぬこの場所は
無意識にも目を瞑らせてくれる地でした。
そして、偶然にも
当時教師をしてくださった教員の方に会い、
少し立ち話に花を咲かせました。
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第三章。
《子守唄知らぬ子供を知ることなかれ。》
「お久しぶりですね。今もまだ院の方に?」
生徒の賑やかな声がくぐもって聞こえました。
まるで外の世界を知らない無垢な声でした。
「はい。ですがそろそろ働くことができるので
私は就職を考えています。」
《チリっりんッ》
と、風鈴が風に等しく揺れ、
夏を象徴していました。
「就職をですか?」
棘は全くありませんでした。
言ってしまえば、
夏を涼しくしてくれる爽やかな方なので。
「はい。結婚なんて私には手が足りないのです。」
汗が先生の頬を伝い、
くすぐったい辺りにとどまる。
先生は汗をさりげなくも拭いました。
「もったいないですね。
貴方であればよくできた母になれると_」
不意に風鈴が警報のごとく音を立てました。
夏の熱風は言い繕っても涼しい、
なんて言葉は出ないでしょう。
「そういえば_お母様が
病院に入院されたと聞きましたが。」
チャイムがなり響きました。
それ以外は驚く程に静かでした。
「入院…ですか?」
太陽が雲で隠れ、
小学校を呑むほどの影をつくっていました。
「おや。ご存知ではないのですか?」
先生が首を傾げました。
そして、
口を挟む間もなく、
先生は口を開きました。
「【聖路加病院】という
新しい病院に入院されたとか…。」
その後の話は耳が受け付けなかった。
全て忘れてしまったような、忘れたような。
最後に残ったのは
先生から受け取った病院の地図。
それから数日、
無気力にも似た心行きで過ごしました。
貰った地図は何処かになくしてしまいました。
ただ、母から貰った地図だけは
過去の花弁を挟み残っていました。
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第四章。
《無知ゆえの愛に愛を覚え、覚知の愛に愛情を覚え、》
岡山に戻る日は夏の空如くやって来ました。
駅の外で空を一望し、背を向けました。
夏の匂いが鼻を掠め、
夏の色で目を細めました。
そして_
突然と、警報が鳴り響きました。
後に【日比谷焼き打ち事件】
と呼ばれることとなる事件の始まりでした。
講和条約の内容が宜しくなく、
暴動が起こったのです。
国民が政府を批判し、全てを巻き込む事件。
無関係な命すらも踏みにじった彼彼女らを、
私は許すことができるのでしょうか。
いいや、許すことができるでしょう。
「逃げろ!暴動だ!巻き込まれるぞ!」
駅から降りてきた人々は、
混乱しながらも逃げ惑い。
人々が人々を呼び、警察が軍隊を呼んだ。
暴動者達は棍棒や投石。
軍隊はサーベルや小銃。
明らかな戦力差に暴動は収まるどころか
電車を焼き、警察署を焼き…と、
東京は炎上が起こりました。
私はと言うと。
暴動を見つめ、
不器用にも立ち尽くしていました。
投げられる小石、
飛ばされる野次があろうと。
動くことをしませんでした。
理由はごく単純なものでした。
目線の向こうから誰かが駆けてくるのです。
そして_
近づく度、胸が乾燥するようにヒビが入るのです。
無意識にも手を広げました。
駆けてくる人物は有無をなさず、
私の胸に飛び込みました。
笑顔で私の顔を見たのは母でした。
最後に会った日は覚えてはいませんが、
覚えずとも分かりました。
酷く細いのです。
『貴方に会えて良かった。』
『大好きだから。』
その言葉に込められた感情は愛でしょうか。
その言葉に込められた感情は後悔でしょうか。
その言葉に続きは存在するのでしょうか。
母にとってその言葉が愛であるのなら、
私はきっと喜べたでしょう。
けれど、
私の言葉に続きがある限り、
喜べなんてしない。
母は決して『産んで良かった。』
なんて言わなかった。
私は決して言葉の続きを言わなかった。
私は母の頭を撫でました。
あの頃よりずっと撫でやすい母の頭を撫で、
あの頃よりもずっと弱い母を
変わらず撫でました。
そして、
私達を置いて暴動は続いていました。
軍隊は鎮圧を進め、
暴動がおさまる頃。
母が顔を上げました。
貧血になるくらい泣いた後でした。
「私は貴方を_」
《ばんッ___。》
「_____」
頭。狙われたかのように撃たれました。
母は暴動者ではなく、軍隊に撃たれました。
守るべき市民を軍隊は
枯れ花のように散らしたのです。
「……。」
痙攣する母を見て、
私は諦めを感じました。
病人であり、頭を撃たれた。
誰であろうと諦める他ないこの状況。
私は立ち上がり、
帰るべき方へと足を運びました。
答えを知りたくないといえば嘘になり、
答えを知りたいといえばそれも嘘になる。
いっそのこと言ってくれれば、
私は案外腑に落ちるかもしれない。
夏の積乱雲と太陽に目を細め、立ち止まる。
そんな私を横目に。
ぼろぼろの地図に挟んでいた
桜の花弁が地に落ち、
風と共に空へと姿を消した。
1905.9.10 END。
《お国の為に命を落とした桜は。》

