第3話 – 6ページ目:ユカとイロ、予期せぬ手渡し
カフェ – 午後5時17分
雨は上がっていたけれど、街はまだ濡れた匂いをまとっていた。
夕暮れのオレンジ色の光が、曇ったカフェの窓ガラスを抜け、テーブルの上に柔らかな線を描いている。
イロはカウンターの中に立っていた。カップを並べるその手付きは、いつものように静かで正確だった。低く流れるジャズの音が、空間にほのかな彩りを添えている。
ドアが開いた。
小さなベルが鳴る。
ユカが入ってきた。
彼女の服は、まだ少し湿っていた。バッグをしっかりと抱えている――そこに、いつもよりずっと重い何かが入っているかのように。
イロは、完全に振り返らずに言った。
「いらっしゃい。」
ユカは一瞬、ためらった。
「…イロさん。」
イロが、今度は顔を向ける。
「どうしたの?」
ユカはカウンターへ歩み寄った。
一瞬の沈黙。それから、ポケットから便箋を取り出した。
簡素な紙で、少しだけ皺になっている。端は雨で少し湿っていた。
それをカウンターの上に置いた。
「ミヤから。」
イロの視線が、その便箋の上で止まった。
指先が、カウンターの木の縁をそっと撫でる。
「…そう。」
彼はそれを手に取った。
開かない。
ただ、持っていた。
ユカは、ストレートな視線で彼を見つめた。
「あの…一つだけ。」
イロが顔を上げる。
ユカは一瞬言葉を探し、それから静かに尋ねた。
「ミヤのこと…どう思ってるんですか。」
沈黙。
ジャズの音が、少しだけ遠くなった気がした。
イロは、手の中の便箋を見つめた。
それから、とても静かな声で言った。
「大事な人。」
ユカは、息を呑んだ。
しかしイロは――空気が重くなる前に――続けた。
「でも、今はそれ以上は言えない。いろいろ、あるから。」
彼の視線が、窓の外へと移る。
雨は上がっていた。けれど、まだ雫がガラスを伝って落ちている。
ユカは、少しだけうつむいた。
それから、静かに言った。
「…わかりました。」
少し間を置いて。
「でも、ミヤを泣かせないでください。」
イロは、一瞬だけ彼女を見つめた。
そして、確かで、しかし重すぎない声で言った。
「しないよ。」
大げさな約束ではなかった。感情的な言葉でもなかった。
ただ、それだけだった。
ユカは背を向け、ドアへと歩き出す。
ドアノブに手をかけ、彼女は立ち止まった。振り返らずに言った。
「イロさん…本当にただの店員ですか?」
沈黙。
イロは答えなかった。否定も、肯定もせず。ただ、その視線は、まだ便箋の上に留まっていた。
ドアが閉まった。
カフェに、再び静けさが戻る。
イロは、便箋を開いた。
ミヤの文字が、そこにあった。
イロへ
夏祭り、一緒に行こう
数秒間、ただそれを見つめていた。
それから、彼は便箋を閉じた。
そして、俳句ノートの、かつて何かを書きつけたページの間に、そっと挟んだ。
そのページには、こう書かれていた。
(まだ言葉にならないものがある)
イロは、そっと唇を動かした。
「ミヤ…」
その目は、初めて、少しだけ重たかった。
単純な恋心でもなければ、無関心でもない。
その間の何か――
まだ形になりきっていない、確かな何か。
カフェ – 午後5時17分
雨は上がっていたけれど、街はまだ濡れた匂いをまとっていた。
夕暮れのオレンジ色の光が、曇ったカフェの窓ガラスを抜け、テーブルの上に柔らかな線を描いている。
イロはカウンターの中に立っていた。カップを並べるその手付きは、いつものように静かで正確だった。低く流れるジャズの音が、空間にほのかな彩りを添えている。
ドアが開いた。
小さなベルが鳴る。
ユカが入ってきた。
彼女の服は、まだ少し湿っていた。バッグをしっかりと抱えている――そこに、いつもよりずっと重い何かが入っているかのように。
イロは、完全に振り返らずに言った。
「いらっしゃい。」
ユカは一瞬、ためらった。
「…イロさん。」
イロが、今度は顔を向ける。
「どうしたの?」
ユカはカウンターへ歩み寄った。
一瞬の沈黙。それから、ポケットから便箋を取り出した。
簡素な紙で、少しだけ皺になっている。端は雨で少し湿っていた。
それをカウンターの上に置いた。
「ミヤから。」
イロの視線が、その便箋の上で止まった。
指先が、カウンターの木の縁をそっと撫でる。
「…そう。」
彼はそれを手に取った。
開かない。
ただ、持っていた。
ユカは、ストレートな視線で彼を見つめた。
「あの…一つだけ。」
イロが顔を上げる。
ユカは一瞬言葉を探し、それから静かに尋ねた。
「ミヤのこと…どう思ってるんですか。」
沈黙。
ジャズの音が、少しだけ遠くなった気がした。
イロは、手の中の便箋を見つめた。
それから、とても静かな声で言った。
「大事な人。」
ユカは、息を呑んだ。
しかしイロは――空気が重くなる前に――続けた。
「でも、今はそれ以上は言えない。いろいろ、あるから。」
彼の視線が、窓の外へと移る。
雨は上がっていた。けれど、まだ雫がガラスを伝って落ちている。
ユカは、少しだけうつむいた。
それから、静かに言った。
「…わかりました。」
少し間を置いて。
「でも、ミヤを泣かせないでください。」
イロは、一瞬だけ彼女を見つめた。
そして、確かで、しかし重すぎない声で言った。
「しないよ。」
大げさな約束ではなかった。感情的な言葉でもなかった。
ただ、それだけだった。
ユカは背を向け、ドアへと歩き出す。
ドアノブに手をかけ、彼女は立ち止まった。振り返らずに言った。
「イロさん…本当にただの店員ですか?」
沈黙。
イロは答えなかった。否定も、肯定もせず。ただ、その視線は、まだ便箋の上に留まっていた。
ドアが閉まった。
カフェに、再び静けさが戻る。
イロは、便箋を開いた。
ミヤの文字が、そこにあった。
イロへ
夏祭り、一緒に行こう
数秒間、ただそれを見つめていた。
それから、彼は便箋を閉じた。
そして、俳句ノートの、かつて何かを書きつけたページの間に、そっと挟んだ。
そのページには、こう書かれていた。
(まだ言葉にならないものがある)
イロは、そっと唇を動かした。
「ミヤ…」
その目は、初めて、少しだけ重たかった。
単純な恋心でもなければ、無関心でもない。
その間の何か――
まだ形になりきっていない、確かな何か。
