第3話 – 4ページ目:花屋
夕方、同じ日 – 駅の近くの小さな花屋
空気が、少しずつ冷たくなり始めていた。
春の柔らかな風が街路を抜け、湿った土と fresh な花の香りを運んでくる。まるで街が、やっと深呼吸の仕方を思い出したかのように。
ミヤは、小さな花屋の前に立ち止まった。
ストライプの日よけが風に揺れている。ショーウィンドウの向こうには、小さなスミレの鉢、チューリップ、そして色とりどりの花束が並べられていた。
数秒間、ただそれを見つめていた。
なぜここに来たのか確信はなかった。自分が何をしたいのかも、完全にはわかっていなかった。
花屋の女性が、花柄のスカーフを巻き、土と水の香りのする手をしながら、微笑んだ。
「いらっしゃい。何かお探し?」
ミヤは、少し間を置いた。
まるで自分でも答えを探しているかのように。
「あの…花、久しぶりに買おうかなって。」
女性はうなずいた。
「誰かに?」
その質問は簡単なものだったけれど、一瞬、ミヤは言葉を失った。
それから、静かに答えた。
「…自分。」
それ以上は何も言わなかった。それが必要なかった。
彼女は花の間を歩いた。
視線は色の上を滑っていく――ピンク、黄色、紫…
そして、ひとつの小さな白い鉢で止まった。
慎ましく、簡素な花。
「これ、なんていう花ですか?」
女性が少し近づいた。
「スノードロップ。『雪の雫』っていうの。」
ミヤは、そっとその名前を繰り返した。
「雪の雫…」
過ぎ去った冬が、まだこの花の名前の中に残っていた。
終わったはずのものが、完全に消え去るわけではないのだと。
「これ、ください。」
鉢を受け取った。
軽かったけれど、その手の中には確かな感触があった。本物の何か。
帰り道
風が、彼女の髪を揺らす。
ミヤはゆっくりと歩いていた。
バッグを開ける。中に、折りたたんだ便箋が一枚入っていた。
数日前の夜に書いたものだった。
完成させたわけでもなければ、送る決心がついたわけでもない。
それを取り出した。
そこにはこう書かれていた。
イロへ
夏祭り、一緒に行きませんか?
少しだけ、それを見つめた。
それから、唇が動いた。
「まだ…渡せない。」
便箋を折りたたみ、今度はノートのポケットにしまった。
捨てずに。隠さずに。
ただ、持っていた。
家
ミヤは、鉢をキッチンの窓辺に置いた。
かすかな夕暮れの光に照らされて、小さな白い花が静かに浮かび上がる。
母がコンロの前でお茶を入れている。振り返らずに尋ねた。
「花?誰に買ったの?」
ミヤは、少し間を置いた。
「ううん。自分に。」
母は振り返り、一瞬だけそれを見て、微笑んだ。
「そう。いいんじゃない。」
それ以上、何も聞かなかった。
でも、その目は、少しだけ柔らかくなっていた。
ミヤは、窓辺に立った。
小さな白い花。簡素で、けれど生きている。
「雪の雫…でも、もう春だ。」
彼女の視線が、ノートのポケットへと向かう。
あの便箋は、まだそこにあった。
今回は、それを丸めて捨てたりはしなかった。
ただ、持っていた。
そして、それが――もしかすると、動き出すための第一歩だったかもしれない。
