まだ名前も知らないその子と、
涼風 湊斗 は自然に話していた。
「それ絶対迷うだろ」
「でもほんとだったんだって」
「うそつけって」
楽しそうな声。
その輪の中に、自分は入れない気がして。
瑞生は小さく視線を落として、その場を離れた。
その日の夜。
「ただいまー」
リビングに入ると、ソファに寝転がっていた翠が顔を上げた。
「おかえり。クラスどうだった」
「普通〜」
鞄を下ろしながら、瑞生は少し迷って口を開く。
「……今日さ、湊斗くん見た」
翠の目がぱちっと開いた。
「え」
「なんか、同じクラスの子と喋ってた」
「まじ?」
「うん」
少しだけ沈黙。
そのあと翠が、何気ないふうに言う。
「……俺も見た」
「誰?」
「琉華」
その名前に、瑞生が顔を上げる。
翠は少し笑って、後頭部を掻いた。
「向こうから声かけてきた」
『……翠くん?』
入学式後の廊下。
振り返った翠の前に立っていたのは、
長い髪を揺らした女の子だった。
一瞬、誰かわからない。
けれど、目が合った瞬間。
「……るか?」
彼女が少しだけ笑う。
『久しぶり』
声、変わってない。
翠は思わず笑ってしまった。
『え、まじで琉華?』
『そうだよ』
『うわ、全然わかんなかった』
『それはちょっと失礼じゃない?』
そう言いながら笑った顔が、昔と同じで。
懐かしくて。
でも、少しだけ遠かった。
