紗凪side
時計を見る
午前1時
静まり返ったリビングには、パソコンのキーボードを打つ音だけが響いていた
私はダイニングテーブルに座り、来月予定されている院内勉強会の資料を作っている
でも正直、ほとんど頭には入っていなかった
自然と気になってしまう
寝室の方が
奏くんの方が
熱は少し下がったとはいえ、まだ高い
精神的にも限界を超えている
あの状態で眠れたこと自体が奇跡みたいなものだった
私はパソコンから目を離し、小さく息を吐く
その時だった
ガチャ——
静かな部屋に音が響く
反射的に振り返る
寝室のドアがゆっくり開いていた
そして
そこから現れた人影に思わず立ち上がる
「奏くん」
掠れた声が漏れた
奏くんだった
昼間よりずっと弱々しい
顔色は悪い
頬だけが熱で赤い
目元は泣き腫らしたように赤くなっていて
歩く足取りも不安定だった
壁に軽く手をつきながら、なんとか立っているような状態
見ているだけで胸が苦しくなる
「大丈夫?」
私はすぐに駆け寄った
すると奏くんは少しだけ顔を上げる
「……紗凪さん」
その声にいつもの軽さはない
別人みたいだった
私はそっと腕を支える
「座ろう」
奏くんは抵抗しなかった
力が入らないのかもしれない
ソファまで連れて行くと、そのまま崩れるように腰を下ろした
いや
座るというより落ちたと言った方が近い
私はキッチンへ向かい水を持ってくる
「飲める?」
奏くんは小さく頷いた
震える手でコップを受け取る
でも途中で力が入らなくなったのか、私はそっと手を添えた
ごく……
ごく……
少しずつ水を飲む
その姿はどこか痛々しかった
つい最近までステージの上にいた人とは思えない
水を飲み終えると、奏くんは俯いた
長い沈黙
私は急かさない
ただ隣に座っていた
すると
ぽつりと声が落ちる
「……俺」
小さな声
「もうダメかもしれないっす」
胸が痛くなる
奏くんは俯いたまま続ける
「みんなに迷惑かけて」
「優朔さんも」
「蒼依も」
「陽貴さんも」
震える声
「俺のせいで」
ぎゅっと拳を握る
「黒騎士終わるかもしれない」
声が掠れる
「ファンも離れるかもしれない」
「スポンサーも」
「仕事も」
そして
「俺のこと信じてくれてた人も」
最後の言葉は消えそうだった
私は何も言えなくなる
だって今の奏くんは
励ましの言葉が欲しいわけじゃない
大丈夫だと言って欲しいわけでもない
ただ
怖いのだ
どうしようもなく
未来が
失うことが
怖いのだ
奏くんは顔を覆う
肩が震えていた
「……怖い」
掠れた声
「怖いっす……」
その姿を見て
私はゆっくり腕を伸ばした
そしてそっと奏くんを抱きしめる
一瞬
奏くんの身体が固まる
でもすぐに力が抜けた
私は背中を優しく撫でる
子どもをあやすみたいに
ゆっくり
ゆっくり
「紗凪……さん……」
弱々しい声
私は静かに言った
「何とかなる」
一度言葉を止める
そして首を横に振った
「……なんて」
「無責任なことは言えない」
奏くんの肩が少し震える
私は続けた
「これからどうなるかなんて私にも分からない」
「記事も」
「世間も」
「未来も」
「分からない」
それが現実だった
だから嘘はつきたくなかった
でも
私は優しく背中を撫でながら続ける
「だけどね」
奏くんが少しだけ顔を上げる
私は真っ直ぐ言った
「奏くんを見てきた人はいる」
「ちゃんと知ってる人はいる」
「奏くんがどんな人か」
「どんな風に笑う人か」
「どれだけ仲間を大切にしてるか」
「どれだけ頑張ってきたか」
優朔さん
蒼依くん
陽貴くん
スタッフさん
そしてファンの人たち
長い時間をかけて築いてきたもの
それは記事一つで全部消えるほど薄っぺらいものじゃない
私は少しだけ微笑む
「だから」
「奏くんを知ってくれている人は必ずいるよ」
「一人じゃない」
その瞬間
奏くんの目から大粒の涙が零れ落ちた
ぽろぽろと
止まらないみたいに
「……っ」
声にならない
私は何も言わない
ただ抱きしめる
今はそれでいい気がした
誰かに大丈夫と言われるより
誰かが隣にいてくれることの方が
ずっと救いになる夜もあるのだから
時計を見る
午前1時
静まり返ったリビングには、パソコンのキーボードを打つ音だけが響いていた
私はダイニングテーブルに座り、来月予定されている院内勉強会の資料を作っている
でも正直、ほとんど頭には入っていなかった
自然と気になってしまう
寝室の方が
奏くんの方が
熱は少し下がったとはいえ、まだ高い
精神的にも限界を超えている
あの状態で眠れたこと自体が奇跡みたいなものだった
私はパソコンから目を離し、小さく息を吐く
その時だった
ガチャ——
静かな部屋に音が響く
反射的に振り返る
寝室のドアがゆっくり開いていた
そして
そこから現れた人影に思わず立ち上がる
「奏くん」
掠れた声が漏れた
奏くんだった
昼間よりずっと弱々しい
顔色は悪い
頬だけが熱で赤い
目元は泣き腫らしたように赤くなっていて
歩く足取りも不安定だった
壁に軽く手をつきながら、なんとか立っているような状態
見ているだけで胸が苦しくなる
「大丈夫?」
私はすぐに駆け寄った
すると奏くんは少しだけ顔を上げる
「……紗凪さん」
その声にいつもの軽さはない
別人みたいだった
私はそっと腕を支える
「座ろう」
奏くんは抵抗しなかった
力が入らないのかもしれない
ソファまで連れて行くと、そのまま崩れるように腰を下ろした
いや
座るというより落ちたと言った方が近い
私はキッチンへ向かい水を持ってくる
「飲める?」
奏くんは小さく頷いた
震える手でコップを受け取る
でも途中で力が入らなくなったのか、私はそっと手を添えた
ごく……
ごく……
少しずつ水を飲む
その姿はどこか痛々しかった
つい最近までステージの上にいた人とは思えない
水を飲み終えると、奏くんは俯いた
長い沈黙
私は急かさない
ただ隣に座っていた
すると
ぽつりと声が落ちる
「……俺」
小さな声
「もうダメかもしれないっす」
胸が痛くなる
奏くんは俯いたまま続ける
「みんなに迷惑かけて」
「優朔さんも」
「蒼依も」
「陽貴さんも」
震える声
「俺のせいで」
ぎゅっと拳を握る
「黒騎士終わるかもしれない」
声が掠れる
「ファンも離れるかもしれない」
「スポンサーも」
「仕事も」
そして
「俺のこと信じてくれてた人も」
最後の言葉は消えそうだった
私は何も言えなくなる
だって今の奏くんは
励ましの言葉が欲しいわけじゃない
大丈夫だと言って欲しいわけでもない
ただ
怖いのだ
どうしようもなく
未来が
失うことが
怖いのだ
奏くんは顔を覆う
肩が震えていた
「……怖い」
掠れた声
「怖いっす……」
その姿を見て
私はゆっくり腕を伸ばした
そしてそっと奏くんを抱きしめる
一瞬
奏くんの身体が固まる
でもすぐに力が抜けた
私は背中を優しく撫でる
子どもをあやすみたいに
ゆっくり
ゆっくり
「紗凪……さん……」
弱々しい声
私は静かに言った
「何とかなる」
一度言葉を止める
そして首を横に振った
「……なんて」
「無責任なことは言えない」
奏くんの肩が少し震える
私は続けた
「これからどうなるかなんて私にも分からない」
「記事も」
「世間も」
「未来も」
「分からない」
それが現実だった
だから嘘はつきたくなかった
でも
私は優しく背中を撫でながら続ける
「だけどね」
奏くんが少しだけ顔を上げる
私は真っ直ぐ言った
「奏くんを見てきた人はいる」
「ちゃんと知ってる人はいる」
「奏くんがどんな人か」
「どんな風に笑う人か」
「どれだけ仲間を大切にしてるか」
「どれだけ頑張ってきたか」
優朔さん
蒼依くん
陽貴くん
スタッフさん
そしてファンの人たち
長い時間をかけて築いてきたもの
それは記事一つで全部消えるほど薄っぺらいものじゃない
私は少しだけ微笑む
「だから」
「奏くんを知ってくれている人は必ずいるよ」
「一人じゃない」
その瞬間
奏くんの目から大粒の涙が零れ落ちた
ぽろぽろと
止まらないみたいに
「……っ」
声にならない
私は何も言わない
ただ抱きしめる
今はそれでいい気がした
誰かに大丈夫と言われるより
誰かが隣にいてくれることの方が
ずっと救いになる夜もあるのだから


