「紗凪〜、ほんとに時間やばいよ?」
「うるさい……」
「早く準備しなね」
キッチンの奥から、くすくすとおかしそうに笑う声が聞こえてくる
……本当に、悔しい
この人と暮らし始めてからというもの、私は毎回手のひらの上で転がされてばかりだ
でも、そんな風に慌ただしく小突かれあう時間すら、どこか愛おしくて嫌じゃない自分がいる
私は洗面所の鏡に向かって身支度を整えながら、熱を持った頬を冷ますように小さくため息を吐いた
同棲を始めて、ようやく2ヶ月
お互いの生活リズムも掴めてきたはずなのに、相変わらず陽貴くんの完璧なペースには、万年新米ナースのように完敗続きだった
大急ぎで髪をまとめ、バッグを手に玄関へと向かう
「じゃ、行ってくるね!」
ドアノブに手をかけ、少しだけ拗ねたような口調で背中に声をかける
「紗凪」
不意に、いつもより低く落ち着いたトーンで名前を呼ばれた
その響きに、私の身体はまるで条件反射のようにピタリと足を止めてしまう
怪訝に思って振り返った、まさにその瞬間だった
視界が彼の胸元で遮られ、柔らかな力でぎゅっと抱きしめられた
「っ……」
包み込まれるような、広い胸の厚み
私の心を一瞬で平穏にする、彼特有の清廉な匂い
驚きで固まる私の耳元へ、重低音の甘い声が鼓膜を揺らすように滑り込んできた
「……行ってきますのキスは?」
……本当に、ずるい
ただでさえ綺麗な顔なのに、そんな間近で、しかも少し寂しそうな表情を作られたら反則以外の何物でもない
私はすっかり観念したように、小さく降伏のため息を吐き出した
「……行ってきます」
観念して爪先立ちになり、ちゅっと彼の唇に軽く触れるだけのキスを贈る
すると、陽貴くんは子供が宝物をもらった時のように、満足そうに相好を崩した
「ん、行ってらっしゃい。気をつけてね」
どこまでも優しい声
そして、私だけが独り占めすることを許された、本物の笑顔
ドアを開けて外の空気に触れた瞬間、胸の奥がじんわりと、言葉にできないほどの温かさで満たされていくのが分かった
朝から散々振り回されて、なんだかんだと文句を言いながら。きっと私も、この愛おしい生活が、世界で一番大好きなのだ
「うるさい……」
「早く準備しなね」
キッチンの奥から、くすくすとおかしそうに笑う声が聞こえてくる
……本当に、悔しい
この人と暮らし始めてからというもの、私は毎回手のひらの上で転がされてばかりだ
でも、そんな風に慌ただしく小突かれあう時間すら、どこか愛おしくて嫌じゃない自分がいる
私は洗面所の鏡に向かって身支度を整えながら、熱を持った頬を冷ますように小さくため息を吐いた
同棲を始めて、ようやく2ヶ月
お互いの生活リズムも掴めてきたはずなのに、相変わらず陽貴くんの完璧なペースには、万年新米ナースのように完敗続きだった
大急ぎで髪をまとめ、バッグを手に玄関へと向かう
「じゃ、行ってくるね!」
ドアノブに手をかけ、少しだけ拗ねたような口調で背中に声をかける
「紗凪」
不意に、いつもより低く落ち着いたトーンで名前を呼ばれた
その響きに、私の身体はまるで条件反射のようにピタリと足を止めてしまう
怪訝に思って振り返った、まさにその瞬間だった
視界が彼の胸元で遮られ、柔らかな力でぎゅっと抱きしめられた
「っ……」
包み込まれるような、広い胸の厚み
私の心を一瞬で平穏にする、彼特有の清廉な匂い
驚きで固まる私の耳元へ、重低音の甘い声が鼓膜を揺らすように滑り込んできた
「……行ってきますのキスは?」
……本当に、ずるい
ただでさえ綺麗な顔なのに、そんな間近で、しかも少し寂しそうな表情を作られたら反則以外の何物でもない
私はすっかり観念したように、小さく降伏のため息を吐き出した
「……行ってきます」
観念して爪先立ちになり、ちゅっと彼の唇に軽く触れるだけのキスを贈る
すると、陽貴くんは子供が宝物をもらった時のように、満足そうに相好を崩した
「ん、行ってらっしゃい。気をつけてね」
どこまでも優しい声
そして、私だけが独り占めすることを許された、本物の笑顔
ドアを開けて外の空気に触れた瞬間、胸の奥がじんわりと、言葉にできないほどの温かさで満たされていくのが分かった
朝から散々振り回されて、なんだかんだと文句を言いながら。きっと私も、この愛おしい生活が、世界で一番大好きなのだ


