大阪での、あの濃密な半年間
フライトナース育成支援プロジェクトの派遣要員として、慣れない土地でただ必死にしがみついていた日々
そして、あの凄惨な事故
物理的にも精神的にも、お互いの距離が果てしなく離れてしまっていた、あの孤独な時間
当時の私は、まだ知らなかった
ただいま、と扉を開ければそこに誰かが待っている
そんな当たり前の“帰る場所”があるという事実が、これほどまでに人の心を芯から安堵させるものだなんて
「……紗凪」
不意に、背後から低い声が鼓膜を揺らした
同時に、陽貴くんが私の首元へと滑り込むように顔を埋めてくる
彼のサラサラとした柔らかな髪が肌に触れて、かすかにくすぐったい
「今日、何時くらいに帰れそう?」
「……急変がなければ、たぶん19時くらいかな」
「遅い」
「あのね、こっちは一般の社会人なので」
「俺だって一応、社会人だし」
「トップアイドルは、カレンダー通りに動く一般社会人の枠組みには含まれません」
「ひどーい」
陽貴くんが、子供のように不満げな声を漏らす
けれど、背中に回された彼の長い腕は離れるどころか、さらに確かな質量を持って私を強く引き寄せた
「……やだなぁ、本当に」
ぽつりと、掠れた声が静かな部屋に落ちる
私は腕の中で、少しだけパチパチと目を瞬かせた
「なにが?」
「だってさ、最近またお互いに忙しくなってきたじゃん」
「うん……そうだね」
「紗凪、仕事モードに入るとすぐ自分の限界忘れて無理するし」
…見事なまでの、図星だった
私は昔から、一度救命のスイッチが入ると、目の前のことに集中しすぎて周囲が見えなくなる悪癖がある
押し寄せる患者さんへの対応、一刻を争う容態の急変、そしてドクターヘリでのフライト
“今、私がこの命を助けなきゃ”という使命感が強くなればなるほど、自分の体調や疲労なんて二の次、三の次にして後回しにしてしまう
その危うい部分を、陽貴くんは誰よりも、それこそ私自身よりも正確に理解していた
だからだろう。最近の陽貴くんは、付き合いたての頃に比べて、少し……いや、かなり過保護に拍車がかかっている
「ちゃんと夜は寝て」
「ご飯も三食食べて」
「絶対に無理はしないこと」毎日のように、まるでおまじないか何かみたいに繰り返し言い聞かせられる
その徹底ぶりは、まるで口うるさい保護者のようだ
でも、その厳しさの全部が、私を心から心配してくれている裏返しだって痛いほど分かるから
呆れるよりも先に、胸の奥がじんわりと嬉しさで満たされていく
フライトナース育成支援プロジェクトの派遣要員として、慣れない土地でただ必死にしがみついていた日々
そして、あの凄惨な事故
物理的にも精神的にも、お互いの距離が果てしなく離れてしまっていた、あの孤独な時間
当時の私は、まだ知らなかった
ただいま、と扉を開ければそこに誰かが待っている
そんな当たり前の“帰る場所”があるという事実が、これほどまでに人の心を芯から安堵させるものだなんて
「……紗凪」
不意に、背後から低い声が鼓膜を揺らした
同時に、陽貴くんが私の首元へと滑り込むように顔を埋めてくる
彼のサラサラとした柔らかな髪が肌に触れて、かすかにくすぐったい
「今日、何時くらいに帰れそう?」
「……急変がなければ、たぶん19時くらいかな」
「遅い」
「あのね、こっちは一般の社会人なので」
「俺だって一応、社会人だし」
「トップアイドルは、カレンダー通りに動く一般社会人の枠組みには含まれません」
「ひどーい」
陽貴くんが、子供のように不満げな声を漏らす
けれど、背中に回された彼の長い腕は離れるどころか、さらに確かな質量を持って私を強く引き寄せた
「……やだなぁ、本当に」
ぽつりと、掠れた声が静かな部屋に落ちる
私は腕の中で、少しだけパチパチと目を瞬かせた
「なにが?」
「だってさ、最近またお互いに忙しくなってきたじゃん」
「うん……そうだね」
「紗凪、仕事モードに入るとすぐ自分の限界忘れて無理するし」
…見事なまでの、図星だった
私は昔から、一度救命のスイッチが入ると、目の前のことに集中しすぎて周囲が見えなくなる悪癖がある
押し寄せる患者さんへの対応、一刻を争う容態の急変、そしてドクターヘリでのフライト
“今、私がこの命を助けなきゃ”という使命感が強くなればなるほど、自分の体調や疲労なんて二の次、三の次にして後回しにしてしまう
その危うい部分を、陽貴くんは誰よりも、それこそ私自身よりも正確に理解していた
だからだろう。最近の陽貴くんは、付き合いたての頃に比べて、少し……いや、かなり過保護に拍車がかかっている
「ちゃんと夜は寝て」
「ご飯も三食食べて」
「絶対に無理はしないこと」毎日のように、まるでおまじないか何かみたいに繰り返し言い聞かせられる
その徹底ぶりは、まるで口うるさい保護者のようだ
でも、その厳しさの全部が、私を心から心配してくれている裏返しだって痛いほど分かるから
呆れるよりも先に、胸の奥がじんわりと嬉しさで満たされていく


