マンションへ着いたのは、23時前だった
エレベーターの鏡へ映る自分の顔を見る
……ひどい顔だ
疲れているとか、そういうレベルじゃない
頭の中がずっと重い
呼吸の仕方すら少し分からなくなる
ポケットの中でスマホが震えた
紗凪から
『気をつけて帰ってきてね!』
数時間前に送られてきたメッセージ
その文字を見るだけで、胸が苦しくなる
……こんな顔、見せたくない
でも隠しきれる気もしなかった
俺は小さく息を吐いて、玄関の指紋認証へ指を置く
ピッ、と電子音
ドアを開けた瞬間
ふわっと、温かい匂いがした
柔軟剤の香り
少し甘い料理の残り香
そして
「陽貴くん、おかえり」
ぱたぱたと足音がして
リビングから紗凪が顔を出す
部屋着姿髪はゆるくまとめられていて
相変わらず、見るだけで安心する顔
その瞬間張り詰めていたものが、一気に緩みそうになった
「……ただいま」
俺はなんとか笑おうとする
でも多分、全然笑えてなかった
紗凪が一瞬だけ目を見開く
そしてすぐに表情が変わった
——察したんだと思う
俺に、何かあったって
紗凪は元々、人の変化に敏感だ
救命の看護師だからとか、そういうのもあるのかもしれない
でもそれ以上に
“無理してる顔”を見るのが上手い
俺が何も言わないうちに、紗凪が静かに近づいてくる
「……陽貴くん?」
優しい声
その声だけで、危なかった
今、少しでも優しくされたら
全部崩れそうだった
紗凪が俺の顔を覗き込む
「どうしたの?」
「……」
返事ができない
言葉が詰まる
すると紗凪が、そっと俺の手へ触れた
その瞬間
自分の手が冷えていることに初めて気づく
「……冷たい」
小さく呟く紗凪
その声に俺はようやく息を吐いた
「……ごめん」
「え?」
「ちょっと今日……」
そこまで言って、言葉が止まる
どう説明すればいい
どこから話せばいい
頭の中がぐちゃぐちゃだった
紗凪は急かさなかった
ただ静かに俺を見ている
それが逆に苦しかった
そんな俺を見て紗凪は何も聞かずに、ふわっと抱きしめてきた
「……っ」
柔らかい体温
細い腕
でも、不思議なくらい安心する
紗凪は俺の背中をゆっくり撫でながら、小さく言った
「おつかれさま」
その一言で本当に全部崩れそうだった
俺は無意識に紗凪の肩へ額を押し付ける
力が抜ける
情けないくらい
紗凪は何も言わない
ただ静かに抱きしめてくれる
その優しさが、今は痛いくらい沁みた
少しして
紗凪が俺の手をそっと握る
「……ソファ行こ?」
柔らかく笑う
まるで、逃げ場を作ってくれるみたいに
俺は小さく頷いた
紗凪に手を引かれるまま、リビングへ向かう
ソファへ座った瞬間
どっと疲労感が押し寄せた
紗凪は隣へ座り、少し距離を詰める
でも急かさない
“話せるまで待つ”って空気をくれる
その優しさに、胸が詰まる
紗凪がそっと俺の手へ触れた
「……手、冷たい」
小さな声
俺はようやく息を吐く
「……ごめん」
「謝らないで」
紗凪が静かに言う
「何かあったんでしょ?」
責める訳でもなく
無理に聞き出す訳でもなく
ただ、“聞くよ”って声
俺は俯いたまま拳を握る
数秒、沈黙
そして
ようやく、掠れた声を絞り出した
「……黒騎士、やばいかもしれない」
エレベーターの鏡へ映る自分の顔を見る
……ひどい顔だ
疲れているとか、そういうレベルじゃない
頭の中がずっと重い
呼吸の仕方すら少し分からなくなる
ポケットの中でスマホが震えた
紗凪から
『気をつけて帰ってきてね!』
数時間前に送られてきたメッセージ
その文字を見るだけで、胸が苦しくなる
……こんな顔、見せたくない
でも隠しきれる気もしなかった
俺は小さく息を吐いて、玄関の指紋認証へ指を置く
ピッ、と電子音
ドアを開けた瞬間
ふわっと、温かい匂いがした
柔軟剤の香り
少し甘い料理の残り香
そして
「陽貴くん、おかえり」
ぱたぱたと足音がして
リビングから紗凪が顔を出す
部屋着姿髪はゆるくまとめられていて
相変わらず、見るだけで安心する顔
その瞬間張り詰めていたものが、一気に緩みそうになった
「……ただいま」
俺はなんとか笑おうとする
でも多分、全然笑えてなかった
紗凪が一瞬だけ目を見開く
そしてすぐに表情が変わった
——察したんだと思う
俺に、何かあったって
紗凪は元々、人の変化に敏感だ
救命の看護師だからとか、そういうのもあるのかもしれない
でもそれ以上に
“無理してる顔”を見るのが上手い
俺が何も言わないうちに、紗凪が静かに近づいてくる
「……陽貴くん?」
優しい声
その声だけで、危なかった
今、少しでも優しくされたら
全部崩れそうだった
紗凪が俺の顔を覗き込む
「どうしたの?」
「……」
返事ができない
言葉が詰まる
すると紗凪が、そっと俺の手へ触れた
その瞬間
自分の手が冷えていることに初めて気づく
「……冷たい」
小さく呟く紗凪
その声に俺はようやく息を吐いた
「……ごめん」
「え?」
「ちょっと今日……」
そこまで言って、言葉が止まる
どう説明すればいい
どこから話せばいい
頭の中がぐちゃぐちゃだった
紗凪は急かさなかった
ただ静かに俺を見ている
それが逆に苦しかった
そんな俺を見て紗凪は何も聞かずに、ふわっと抱きしめてきた
「……っ」
柔らかい体温
細い腕
でも、不思議なくらい安心する
紗凪は俺の背中をゆっくり撫でながら、小さく言った
「おつかれさま」
その一言で本当に全部崩れそうだった
俺は無意識に紗凪の肩へ額を押し付ける
力が抜ける
情けないくらい
紗凪は何も言わない
ただ静かに抱きしめてくれる
その優しさが、今は痛いくらい沁みた
少しして
紗凪が俺の手をそっと握る
「……ソファ行こ?」
柔らかく笑う
まるで、逃げ場を作ってくれるみたいに
俺は小さく頷いた
紗凪に手を引かれるまま、リビングへ向かう
ソファへ座った瞬間
どっと疲労感が押し寄せた
紗凪は隣へ座り、少し距離を詰める
でも急かさない
“話せるまで待つ”って空気をくれる
その優しさに、胸が詰まる
紗凪がそっと俺の手へ触れた
「……手、冷たい」
小さな声
俺はようやく息を吐く
「……ごめん」
「謝らないで」
紗凪が静かに言う
「何かあったんでしょ?」
責める訳でもなく
無理に聞き出す訳でもなく
ただ、“聞くよ”って声
俺は俯いたまま拳を握る
数秒、沈黙
そして
ようやく、掠れた声を絞り出した
「……黒騎士、やばいかもしれない」


