梓side
「お疲れ様でしたお先に失礼します」
東京中央大学病院の救急救命センター(ER)の自動ドアが閉まる音を背中で聞きながら、私は大きく息を吐き出した
深夜2時
冷え切った夜の空気が、張り詰めていた脳の細胞をじんわりと解きほぐしていく
今日のERはまさに戦場だった
次々に運び込まれる急患、飛び交う医師たちの怒号、一瞬の判断が命を分ける緊着感
それを完璧に捌ききった充実感はあるけれど、さすがに足が重い
いつもなら這うようにして車に乗り込むところだけど、今夜の私は、自分でも笑ってしまうくらい足取りが軽かった
サッパリとした黒のテーパードパンツに、上質なカシミアのトレンチコート
今夜だけは、少しだけ「綺麗な私」でいたかった
病院の敷地から少し離れた、街灯の死角になる暗がりに、一台の黒い高級SUVがハザードランプを消したまま静かに停まっている
私は周囲に怪しい人影や、知っている病院関係者がいないかを鋭い目で確認しながら、手慣れた手つきで助手席のドアを開けた
滑り込んだ車内には、ほのかに私の大好きなシトラスの香りが漂っている
「お疲れ様、梓。待ってたよ」
運転席から向けられたのは、テレビで見ない日はない国民的アイドルグループ『黒騎士』の優朔のあの優しい笑顔だった
ステージの華やかな衣装とは違って、今夜の彼はシンプルな黒のパーカー
前髪を少し下ろしたその姿は、世間が知る「落ち着いた大人のトップアイドル」ではなく、私の大好きな等身大の恋人の姿だ
「待たせてごめんね、優朔。
最後の最後で急患が入っちゃって……」
「ううん、全然僕の仕事が長引くことの方が多いんだから、 気にしないで」
「それより、今日も誰かの命を救ってきたんだね
本当にかっこいいなぁ僕の恋人は」
優朔は穏やかな声でそう言うと、シートベルトを外して、私の方へすっと体を寄せてきた
「……あ、待って、まだ病院の近くだよ……?」
私は思わず身を硬くする
だって病院のすぐ近くだ
もし万が一、誰かに見つかったら優朔の立場を危うくしてしまう
黒騎士のメンバーとしての彼の努力を、私の不注意で邪魔するわけにはいかない
いつもなら誰よりも慎重で、落ち着いているはずの優朔
だけど、今夜の彼は違った
「誰も見てないよ……それに、もう限界」
そう低く呟いたかと思うと、優朔の長い腕が私の肩を強く包み込み、引き寄せた
驚く暇もないくらい一瞬で、私は彼の広い胸の中に閉じ込められる
「優朔……?」
「一週間ぶり」
「いや、こうして触れるのは10日ぶりだよ
ずっと、梓に触れたかった」
耳元で囁かれる、いつもより少し低くて、甘えたような彼の声
普段、メンバーやファンの前では、頼れるお兄さんとして「僕」という一人称が似合う完璧なアイドルを演じている彼が、私の前でだけは見せる、独占欲の滲む素の表情
ぎゅっと、背中に回された腕に力がこもる
トップアイドルという想像もつかない重圧を背負う彼が、唯一「ただの男」に戻って甘えられる場所を探しているみたいで、愛おしくて、切なくて……私の胸の奥も、きゅっと熱くなった
「お疲れ様でしたお先に失礼します」
東京中央大学病院の救急救命センター(ER)の自動ドアが閉まる音を背中で聞きながら、私は大きく息を吐き出した
深夜2時
冷え切った夜の空気が、張り詰めていた脳の細胞をじんわりと解きほぐしていく
今日のERはまさに戦場だった
次々に運び込まれる急患、飛び交う医師たちの怒号、一瞬の判断が命を分ける緊着感
それを完璧に捌ききった充実感はあるけれど、さすがに足が重い
いつもなら這うようにして車に乗り込むところだけど、今夜の私は、自分でも笑ってしまうくらい足取りが軽かった
サッパリとした黒のテーパードパンツに、上質なカシミアのトレンチコート
今夜だけは、少しだけ「綺麗な私」でいたかった
病院の敷地から少し離れた、街灯の死角になる暗がりに、一台の黒い高級SUVがハザードランプを消したまま静かに停まっている
私は周囲に怪しい人影や、知っている病院関係者がいないかを鋭い目で確認しながら、手慣れた手つきで助手席のドアを開けた
滑り込んだ車内には、ほのかに私の大好きなシトラスの香りが漂っている
「お疲れ様、梓。待ってたよ」
運転席から向けられたのは、テレビで見ない日はない国民的アイドルグループ『黒騎士』の優朔のあの優しい笑顔だった
ステージの華やかな衣装とは違って、今夜の彼はシンプルな黒のパーカー
前髪を少し下ろしたその姿は、世間が知る「落ち着いた大人のトップアイドル」ではなく、私の大好きな等身大の恋人の姿だ
「待たせてごめんね、優朔。
最後の最後で急患が入っちゃって……」
「ううん、全然僕の仕事が長引くことの方が多いんだから、 気にしないで」
「それより、今日も誰かの命を救ってきたんだね
本当にかっこいいなぁ僕の恋人は」
優朔は穏やかな声でそう言うと、シートベルトを外して、私の方へすっと体を寄せてきた
「……あ、待って、まだ病院の近くだよ……?」
私は思わず身を硬くする
だって病院のすぐ近くだ
もし万が一、誰かに見つかったら優朔の立場を危うくしてしまう
黒騎士のメンバーとしての彼の努力を、私の不注意で邪魔するわけにはいかない
いつもなら誰よりも慎重で、落ち着いているはずの優朔
だけど、今夜の彼は違った
「誰も見てないよ……それに、もう限界」
そう低く呟いたかと思うと、優朔の長い腕が私の肩を強く包み込み、引き寄せた
驚く暇もないくらい一瞬で、私は彼の広い胸の中に閉じ込められる
「優朔……?」
「一週間ぶり」
「いや、こうして触れるのは10日ぶりだよ
ずっと、梓に触れたかった」
耳元で囁かれる、いつもより少し低くて、甘えたような彼の声
普段、メンバーやファンの前では、頼れるお兄さんとして「僕」という一人称が似合う完璧なアイドルを演じている彼が、私の前でだけは見せる、独占欲の滲む素の表情
ぎゅっと、背中に回された腕に力がこもる
トップアイドルという想像もつかない重圧を背負う彼が、唯一「ただの男」に戻って甘えられる場所を探しているみたいで、愛おしくて、切なくて……私の胸の奥も、きゅっと熱くなった


