トップアイドルは白衣の天使に恋をする-Rebirth-

梓がふと箸を止め、まっすぐ私に視線を向けた。

「ねえ、紗凪」
「ん?」
「最近、ちゃんと陽貴さんと話せてる?
ゆっくり会話する時間、ある?」

その核心を突いた質問に、私は手に持っていた箸を止め、少しだけ寂しげな苦笑を浮かべるしかなかった

「……LINEとかの連絡は、合間を縫ってちゃんとしてるよ」
「それ、文字のやり取りだけで、実際にはまともに会えてないってことでしょ」

梓の言う通りだった

返す言葉もなくて、私は冷たいお茶を一口すする

最近の私たちは、本当に同じ家にいながらすれ違いの毎日を送っている

夜遅くに彼が帰宅している気配は、眠りの中でもなんとなく分かっている

けれど、その時には私が次のシフトに備えて泥のように眠っていたり

逆に私が起きる頃には、陽貴くんはもう奏くんの病院や事務所へと出掛けてしまっていたり

お互いの顔を一度も見ないまま、ただ一日が終わっていくことも決して珍しくはなかった

梓は程よく焼けたお肉を器用にひっくり返す

「……寂しくないの?」

直球すぎる親友の問いかけに、私は少しだけ考えるように視線を落とした

そして、飾らない本当の本音を、正直に打ち明けた

「……寂しいよ。本当は、顔を見て声が聴きたい」

梓が、少しだけ意外そうな顔をして私を見つめる

「でもね」

私は言葉を区切り、窓の外の夜景へと視線を向けた

「今はそれ以上に、陽貴くんの身体や心が心配なの」

それが、私の偽らざる一番の本心だった

療養中の奏くんのこと

崩れかけた『黒騎士』の未来

そのすべてを、彼はリーダーとしてあの大きな背主にたった一人で背負い込んでいる

だから、自分の「寂しい」なんて我が儘のせいで、彼の負担をこれ以上増やしたくなんてなかった

少しくらい会えない日が続いたって、そんなの全然我慢できる

その代わり、彼はちゃんと夜に眠れているのかな

喉を通るご飯を、少しでも食べられているのかな

気づけば、そんなことばかりを頭の中でループさせてしまっている

梓はしばらくの間、私の顔をじっと見つめたまま黙り込んでいた

ドクターヘリの現場と同じくらい、私の目が真剣なのだと悟ったのだろう

やがて、どこか呆れたような、けれど心底愛おしそうな様子でふっと優しく笑った

「……はぁ、さすがだね」
「何が?」
「できた嫁すぎるでしょ、本当に」
「……ゲホッ、ゴホッ……!」

不意に飛び出した『嫁』というあまりにも破壊力のある単語に、私はお茶を飲むタイミングが重なって思わず激しくむせてしまった

私の慌てぶりに、梓が「あはは!」と大声を上げて笑う

けれど、彼女はすぐに少しだけ真面目な、大人の表情になって言葉を続けた

「でもさ、紗凪」
「ん?」
「今回のことが、全部綺麗に終わったらさ」

梓は、まっすぐ私の瞳を見つめて言った。

「——その時は、ちゃんと二人で、誰にも邪魔されない場所でゆっくり休みきりなよ」

私は一瞬、言葉を失って網の上を見つめた

『全部終わったら』

その温かい響きを持った言葉が、妙に強く、深く胸の奥に残った

奏くんが完全に元気になって『黒騎士』がまた、あの眩しいステージの上で、四人で活動できるようになって

メンバーも、ファンも、みんなが心から笑えるようになったら

その時は。本当に、本当に久しぶりに、陽貴くんと二人きりで、何も気にせずに穏やかな時間を過ごしたい

そんな風に、すぐそこにまで来ているかもしれない輝かしい未来を想像して、私の胸の奥は、これまでにないほど温かい熱で満たされていくのが分かった

「……うん」

私は小さく、けれど固い決意を込めて頷いた

「そうする。全部終わったら、絶対にそうするね。……梓も、優朔さんとゆっくりしなよ?」

そう答えると、梓は自分のことのように満足そうに、心からの笑顔を浮かべてみせた

その夜。久しぶりに、何でも話せる最高の友達と過ごしたそのかけがえのない時間は、私が思っていた以上に私の心に溜まっていた重い澱を、綺麗に洗い流して軽くしてくれた。