トップアイドルは白衣の天使に恋をする-Rebirth-

すべての業務が終了して病院の重いガラス扉を抜ける頃には、窓の外の世界はすっかり濃い夜の静寂に包まれていた

今日も息をつく暇もないほど慌ただしい一日だった

フライト任務、怒号の飛び交うERでの初期治療、そして一刻を争う緊急手術のサポート

めまぐるしく変化する命の最前線に追われ、振り返ってみれば、今日一日でまともに椅子に腰を下ろして息を抜いた時間なんてほとんど記憶にないくらいだった

静まり返った更衣室のロッカーの前

きつく結んでいた髪をゆっくりとほどきながら、胸の奥に溜まっていた熱い息を深く、長く吐き出す

身体の芯には、ずっしりとした確かな疲労感がたまっているはずなのに、どうしてだか今日の私の心は不思議なほど軽やかだった

傷付いていた奏くんのことも

彼を必死に守ろうと戦っている陽貴くんたちのことも

あの暗闇のような地獄から、ほんの少しだけ、確実に前へ進み始めた気がしていたから

ロッカーからスマートフォンを取り出し、画面を点灯させる

すると、真っ先に梓からのメッセージが画面に躍り出た

『完全に頭の中が焼肉の口になってる』

そのあまりにも直球な文面に、思わずクスッと吹き出してしまう

お昼に中庭でサンドイッチを食べていた時から、彼女は付き合いたての恋人のようにずっとそればかりを主張していた

私は愛おしさを感じながら、素早いフリック入力で返信を打つ。

『まだ言ってるの?』

数秒と経たないうちに既読がつき、小気味いい通知音とともに画面が更新された

『むしろお腹が空きすぎて悪化してる』
『もう今夜は焼肉以外考えられない身体になりました』
『というわけで拒否権なし。強制連行ね!』

どうやら、お肉以外の選択肢は最初から用意されていないらしい

私はスマートフォンの画面を見つめたまま、声を立てて笑いながら、快諾の返事を送った

『了解。今着替えたから、すぐ行くね』

それから、いつもの病院の正面玄関で待ち合わせをする

夜風が心地よく吹き抜けるロータリーでほんの数分待っていると、スクラブからお気に入りの私服に着替えた梓が、軽い足取りでこちらへと走ってきた

「紗凪、お待たせ!」
「お疲れ様、梓」
「やったー! 念願の焼肉だーーーっ!」

玄関を出た瞬間から、彼女のテンションは最高潮だった

本当に子供みたいに焼肉が好きなんだなと、その裏表のない姿を見ているだけでこちらまで元気をもらえる

二人で肩を並べて歩きながら、夜の街を近くの焼肉店へと向かう

病院の敷地から歩いて五分ほどの場所にあるそのお店は、香ばしいタレの匂いとアットホームな佇まいが特徴で、うちの救命センターのスタッフたちも仕事終わりにこぞって利用している隠れた名店だった

暖簾をくぐって店内へ一歩足を踏み入れると、じゅうじゅうと肉が焼ける音とともに、たまらなく食欲をそそる香ばしい匂いが全身を包み込む

店員さんに案内され、奥の賑やかなテーブル席へと案内された

クッションの効いた椅子へとお互いに腰掛け、重心を預けたその瞬間——。

「……あーーー、疲れたーーーっ……」
「……ん、ほんとそれ」

示し合わせたわけでもないのに、二人同時に深いため息混じりの本音が溢れ出した

極限の緊張感からようやく解放されたその数秒後。私たちはどちらからともなく顔を見合わせ、お腹を抱えて可笑しそうに笑い声を上げた