プチッ、という電子音とともに、一つ目の録音が終わる
沈黙
耳が痛くなるほどの、あまりにも重く苦しい沈黙が部屋を支配した
俺は自分の耳を疑いたかった
いや、正確には、同じ業界に生きる大人が、ここまで卑劣な手段に手を染めていたという現実を、どうしても信じたくなかった
ここまでやるのか。一人の少年の人生を破壊してまで、自分たちの利益が欲しいのか
怒りのあまり、蒼依が今にも机を叩き割らんばかりに腕を振り上げる
だが、その寸前で、優朔が何も言わずに蒼依の頼りない手首をぎゅっと掴んで制した
それでも、蒼依の全身の肩は、怒りと悔しさでガタガタと激しく震え続けている
女性の目元から、ふたたび涙が溢れ出した
「私は……この音声を持ち帰ってから、毎日のように怖くて眠れませんでした。でも、自分の手に負えるような規模の話ではなくて、もし会社にバレたらと思うと……ただ、黙り込むことしかできなかったんです」
誰も彼女を責める者なんていなかった
責められるわけがない
業界最大手という巨大な権力組織を相手にした、孤独な内部告発だ
一歩間違えれば、彼女自身の社会的地位も、これまでの人生もすべてが木っ端微塵に吹き飛ぶリスクがあったのだから
それでも彼女は、良心の呵責に耐えかねて、今こうして俺たちの前に立ってくれている
女性は震える手で、ふたたびスマートフォンを操作した
「そして……ほんの数日前のことです。またあの時の女性が、変装をして会社へ出入りしているのを偶然見かけてしまったんです」
その言葉に、これまでじっと耐えていた黒瀬さんが、デスクから身を乗り出した。
「——その女性というのは、あの動画を投稿した本人と、同じ女性ですか?」
「はい」
女性はきっぱりと頷いた
「だから今度は、会社を出た彼女の後を……必死でつけました」
俺たちは固唾を飲み、彼女の次の行動を見つめる
女性が二つ目の音声データを再生した。今度は街の雑踏の音と、食器がぶつかり合うお洒落なカフェらしき場所の環境音が響く
そして、あの聞き覚えのない幹部らしき男の声
『おい、第二会見の後から、世間が完全に黒騎士の味方に傾き始めてるぞ。どうするつもりだ』
続いて響いたのは、あの動画のなかで、悲劇のヒロインを気取っていた女の、冷え切った本性の声だった。
『ふふ、大丈夫ですよ、そんなこと。私にいい考えがあります。
……近々、さらに強力な動画を出しますから』
部屋の温度が、一気に氷点下まで凍りつくのを感じた
録音のなかで、女は嘲笑うように言葉を重ねる
『要するに、カメラの前で大粒の涙を流して泣けばいいんですよ。女が泣いて被害を訴えれば、世間なんて一発で男側を悪者に仕立て上げて信じ込みますから』
そして続ける
『客観的な証拠なんて最初からいらないんです。とにかく私が徹底的に“被害者”のポジションになりすませば、それだけで私たちの勝ちですからね』
沈黙
耳が痛くなるほどの、あまりにも重く苦しい沈黙が部屋を支配した
俺は自分の耳を疑いたかった
いや、正確には、同じ業界に生きる大人が、ここまで卑劣な手段に手を染めていたという現実を、どうしても信じたくなかった
ここまでやるのか。一人の少年の人生を破壊してまで、自分たちの利益が欲しいのか
怒りのあまり、蒼依が今にも机を叩き割らんばかりに腕を振り上げる
だが、その寸前で、優朔が何も言わずに蒼依の頼りない手首をぎゅっと掴んで制した
それでも、蒼依の全身の肩は、怒りと悔しさでガタガタと激しく震え続けている
女性の目元から、ふたたび涙が溢れ出した
「私は……この音声を持ち帰ってから、毎日のように怖くて眠れませんでした。でも、自分の手に負えるような規模の話ではなくて、もし会社にバレたらと思うと……ただ、黙り込むことしかできなかったんです」
誰も彼女を責める者なんていなかった
責められるわけがない
業界最大手という巨大な権力組織を相手にした、孤独な内部告発だ
一歩間違えれば、彼女自身の社会的地位も、これまでの人生もすべてが木っ端微塵に吹き飛ぶリスクがあったのだから
それでも彼女は、良心の呵責に耐えかねて、今こうして俺たちの前に立ってくれている
女性は震える手で、ふたたびスマートフォンを操作した
「そして……ほんの数日前のことです。またあの時の女性が、変装をして会社へ出入りしているのを偶然見かけてしまったんです」
その言葉に、これまでじっと耐えていた黒瀬さんが、デスクから身を乗り出した。
「——その女性というのは、あの動画を投稿した本人と、同じ女性ですか?」
「はい」
女性はきっぱりと頷いた
「だから今度は、会社を出た彼女の後を……必死でつけました」
俺たちは固唾を飲み、彼女の次の行動を見つめる
女性が二つ目の音声データを再生した。今度は街の雑踏の音と、食器がぶつかり合うお洒落なカフェらしき場所の環境音が響く
そして、あの聞き覚えのない幹部らしき男の声
『おい、第二会見の後から、世間が完全に黒騎士の味方に傾き始めてるぞ。どうするつもりだ』
続いて響いたのは、あの動画のなかで、悲劇のヒロインを気取っていた女の、冷え切った本性の声だった。
『ふふ、大丈夫ですよ、そんなこと。私にいい考えがあります。
……近々、さらに強力な動画を出しますから』
部屋の温度が、一気に氷点下まで凍りつくのを感じた
録音のなかで、女は嘲笑うように言葉を重ねる
『要するに、カメラの前で大粒の涙を流して泣けばいいんですよ。女が泣いて被害を訴えれば、世間なんて一発で男側を悪者に仕立て上げて信じ込みますから』
そして続ける
『客観的な証拠なんて最初からいらないんです。とにかく私が徹底的に“被害者”のポジションになりすませば、それだけで私たちの勝ちですからね』


