大学生活はそれなりに楽しかったけれど、恋はしなかった。
いや、出来なかったのだと思う。
どうしても一ノ瀬のことが忘れられなくて、他の誰に告白されても断り続けていた。
あんなに、彼からは嫌われていたというのに。
20歳のときに開かれた学年全体の同窓会に、一ノ瀬は姿を現さなかった。
一ノ瀬に会いたがっていた女子たちは残念がりながらも、卒業する少し前に性格が変わったことについて話していた。
「怖かったけど、ワイルドであれはアレでいい。」
とキャッキャとはしゃいでいる。
誰も一ノ瀬が二重人格だとは知らない。
一ノ瀬は周囲と一定の距離を取っていたため、これといって親しい友達はいなかったみたいだ。
心を開いているのは、あの幼馴染ぐらいなのだろう。
もっとも、その男もこの場には来ていなかったけれど。
同窓会に行きたくないってことは、それほど私の高校時代は最悪だったってことか…。
ポジティブに考えたら、用事で来られなかったか、ただ単にめんどくさくて来なかっただけなのかもしれない。
私の友達でも来られない子がいたし、他にもちらほら欠席者はいる。
けれど、どうしても一ノ瀬が来なかったことだけは引っかかってしまう。
自分より上のアイツの曖昧な態度に嫌悪感を抱いていた。
でもそれは自分の歪んだ恋心だった。
今更後悔しても、もう遅いのに。
時が経ち、今や私は社会人になる。
って、あれ? 新卒で会社に入ると見覚えのある人が。
もしかして……一ノ瀬?
あの頃も背が高かったけれど、今はさらにスラリとして、大人びた美しさが際立っている。
あまりの顔の良さに、ホストに見えてしまうくらいだ。
自分でも顔が赤いのが分かる。
心臓バクバクしてどうにかなってしまいそう。
嘘、あ、目が合った。
唖然としている私を見て彼は訝しげな顔をして、私を見返す。
けれど一緒にいた男に話しかけられて私から目を背けて楽しげに話ながら去って行った。
社内での自己紹介。
やっぱり彼は一ノ瀬だった。
一ノ瀬の顔立ちの良さに、女性社員が顔を赤くして見とれている。
さぞかし大学でもモテただろう。
その光景が目に浮かぶ。
…でも、あの「恐い方」の人格じゃなかった。
……いつの間に戻ったんだろう。
私はあの時のことを謝ろうと一ノ瀬に声をかけた。
私を見て友達は「モテる男は辛いなぁ」などといってからかったが、彼は軽くあしらっていた。
同じ大学だったのかな。
凄い仲がいいのが伝わってくる。
高校時代とは違って、大学では心を許せる友達ができたのだろうか。
目の前で繰り広げられる男同士のじゃれ合いを見て少し驚いてしまう。
当時はこんなこと、する奴じゃなかった。
大人びていたというか、静かな奴だったから。
「あの、一ノ瀬、高校のとき酷いこと沢山して、ごめんなさい」
あの男が軽口を叩きながら去ったあと、私は頭を下げた。
しばらく沈黙が続いた。
「……あー……ごめん……なんの事?」
「……え?」
「悪ぃ。全然思い出せないんだけど。あんた俺と同じ高校だったっけ?」
と、一ノ瀬は申し訳なさそうな顔で頭を搔く。
まるで初めて見るような態度に、私はただ絶望することしかできなかった。
頭の中が真っ白になり、何も考えられない。
彼は、私のことを覚えていないのだ。
「おかしいな……あんたみたいな目立つ風貌してたら覚えてるはずだけど……。」
「……っ。」
私との記憶だけが消えたのは、私という存在が、この人にとって、そこまで忌々しいものだったからか。
これで初めて、私は自分の甘さに気づかされる。
謝ったら関係が改善されて、仲良くなれて、あわよくばいちばんの友達になれて……。
距離を縮められて……。
と、無意識に考えてしまっていたのだ。
そんな簡単な事じゃないのに。
「……どうした?この世の終わりみたいな顔して。」
「…………っ。」
少し心配そうな顔を向けられて、胸がぎゅっと苦しくなる。
少し心配そうな顔を向けられて、胸がぎゅっと苦しくなる。
一ノ瀬に心配してもらう資格なんてないのに、嬉しいと思ってしまう自分がいた。
彼は女嫌いを隠して、必死に自然体を装っているのだろう。
そう思うと、今度は胸が張り裂けそうになる。
「……あんた俺になんかしたの?」
「……そ、れは……。」
知られたら拒絶されそうで、昔の自分のことは彼に知られたくないと思っている。
ズルい女だ。
さっきまでそのことで謝ろうとしていたというのに。
「……何隠してる?」
「…………。」
言葉につまる私を見て、一ノ瀬は少し考える素振りを見せた。
「……俺さ。 どうでもいいことってすぐ忘れちまうから、覚えてないってことは大したことじゃないと思う。」
だからあんたも気にするな。
そう言って彼は、あの頃と同じ、少し気だるげな笑顔を私に向けた。
その笑顔にときめくと同時に悲しくなった。
違うの。
とんでもない、大したことなのよ。
貴方をは覚えてなくともわたしは覚えてる。
貴方をずっと傷つけていたこと。
私は1度、あなたを殺しているの。
