気づいた時にはもう遅かった。

私の名前は神崎愛美。
自分で言うのもなんだけど、普通の女の子より容姿が整っている。


そして頭も人より飛び抜けており、運動神経もいい方だ。


でも性格は可愛げ無いと言われる。
真面目さゆえに度が過ぎていると。


自分ではよく分からい。
ただ、誠実に、真っ当に向き合っているだけた。


高校に入学したとき、私は絶望した。
ずっと1番であり続けてきた私を差し置いて、自分よりも頭のいい奴が、壇上で新入生挨拶を述べていたのだ。


そんなヤツが同じクラスだと知った時は腸が煮えくり返る気分だった。
ヤツの名前は一ノ瀬詩也。
誰もが振り返る程の美男子。


手先が器用で、調理実習の時も淡々と料理をこなし、皆を魅了した。
学校中の女の子たちの憧れの的。
なのにそいつはいつも不真面目で、授業中に寝るのもしょっちゅうだ。


それなのに成績は常に学年トップ。
スポーツも万能。
ムカついた私は、昼休みにヤツに勝負をふっかけた。


――誰にも負けたことがなかった私が、絶望する。


ヤツに、負けたのだ。



ある日、私はいつもと同じように窓側の席のヤツの机に両手をドン!と叩きつけ、居眠りしていたことに対して怒鳴り散らかした。



ヤツは私を無視して肘をついて窓の外を見ている。



何よ、黙りかよ。



前はけだるげに言い返していたのに。



受験が近づくにつれ、一ノ瀬が東大を志望していないことを知った。
絶対受けると思ったのに。

私は当然東大を選択したためまたヤツと鉢合わせになると思ったのに。


アイツは別の大学を選択していた。
予想外だった。
もう変更することも出来ない。
これじゃ、もう毎日喧嘩もできないじゃないか。

って、なんでこんなこと……!

何考えてるの、もう!




そんなある日のことだ。
一ノ瀬は生徒が机にうつ伏せで寝ていて、他の生徒がぶつかっても全く起きない。


授業が始まっても一ノ瀬はまだ眠っている。
先生に怒鳴られたら謝りながら苦笑するのに、今回は違った。


優しげな眼差しだったのが、今は思い切り睨みを利かせている。


先生はヒッと息をのんでキョドっていたし、クラスのみんなも唖然としていた。


いつも気だるげで、でも優しい雰囲気だったヤツだったのに今のヤツはヤンキーのよう。


授業が終わった後、あの時の態度のことで注意しようといつものように声をかけたら、物凄い目で睨まれた。



まるで殺し屋のように冷徹な顔。


殺気が全身を突き刺し、ガクガクと震える足は体重を支えきれず、私はたまらず腰を抜かした。


そんな私をほっぽいて姿を消す男。

クラスのみんなから痛いほどの視線を浴びたが、今の私にはどうでもよかった。



あの男は誰。

私の知る一ノ瀬は何処に行ったの。



「おい。このクラスに神崎っつー女いるだろ。そいつを呼べ。」


その日の昼休み。


金髪のイケメンが教室に入ってきて、私を屋上に呼び出した。


そのイケメンの名前は村田純平。


彼は一ノ瀬の幼なじみだ。
私が何かと一ノ瀬を怒鳴り散らしていると、いい加減にしろと注意してくることがあった。
クラスが違うので、いつもというわけではないけれど。

そして私は、彼自身の口から一ノ瀬の過去全てを聞くことになる。

それはあまりにも残酷なものだった。


一ノ瀬は中学時代、その美しい容姿ゆえに、女の先輩たちから集団で毎日のように襲われた。

その凄惨な苦痛から逃れるため、彼は別人格を作り出したという。


その人格は、主人格を傷つけるもの全てを排除する、攻撃的で冷徹非道なものだった。



「何度も言ったよな俺は。やめろって。そんでお前は主人格をぶっ壊した。」


「え、あ、ありえない、だってアイツ、言い返してたし、それに普通に女子とも話して……」


「主人格は立ち振る舞いが上手いからな。気づかないのも無理ねえよ。でも、最近全然言い返してなかったろ。」


「そ、それは……」


「耐えてたんだよずっと。ただでさえ女が苦手なのに、毎日女からグチグチ当たり散らかされてみろ。ストレス半端ねえから。だから大学も県外の受けたんだよ、テメェと同じ大学は嫌だったから。」


「そ、そんな……。」



授業中に寝ていたのは、一般の人より記憶力が良くてうたた寝をしてしまったという理由のほかに、色んな女性に話しかけられて疲れていたから、というのもあったという。



また、一ノ瀬が女嫌いを隠していたのは、円満な高校生活を送ろうと奮闘していたからだ。


そうとは知らずに私はなんてひどいことをしてしまったのだろう。


知らないからといって何をしてもいいわけないのに。



「あんだけのことしておいて、嫌われてないとでも思ったのか?頭がお花畑もいいとこだな。この人殺しが。」


「――人殺し」という言葉に、胸がズキンと痛む。一ノ瀬の人格を壊した私は、人殺しも同然だ。


「そんな奴が正義を語るなよ。反吐が出るわ。自分より頭がいいのが気に食わねえからって、喧嘩腰で突っかかんなよ。上には上がいんだからさ」


ほんと、その通りだ。


私はなんてことをしてしまったのだろう。


取り返しのつかない過ちを犯してしまった。

まさか一ノ瀬に、あんなにも過酷な過去があったなんて……。

どうしよう。私は、どうしたらいい?

どうしたら



どうしたら



「あ、あの...ごめん、なさい。」


「俺に謝って如何すんだよ。」

「っ。」

「主人格は当分目え覚まさねーから。後お前、今後一切アイツに近づかないほうがいい。殺されるぞ。ま、卒業まで一か月ねぇし、テメェともおさらばできてアイツも良かっただろうさ。」


冷たい目で見下ろされ言い放たれる。


あぁ私は……ただの嫉妬で彼をいたぶってしまった。

それと同時に気づいてしまった。


自分の気持ちに。


心底彼に惹かれていたと言う事実に。


でも、もう遅い。




私が、壊した。



私が、殺した。


私はただ泣き崩れ、深い後悔に沈むことしか出来なかった。




そんな彼と、最悪な形で再会することになるとは、この時の私は知る由もなかった――