「おはようございやす、八重お嬢!」
「あーはいはい、うっさいわね」
立派な木造建築の廊下を歩いていると、八重は着物の男と鉢合わせた。
八重は慣れた素振りで鬱陶しそうに交わし、男の横を通り過ぎる。
とんとんと歩くたび、八重の耳や首にあるアクセサリーが存在を示すようにゆらゆら揺れていた。
「あっ、お嬢」
「おはようございます!」
「お嬢!!」
廊下をすれ違う厳つい男たち。
八重が通り過ぎると頭を下げて挨拶をしてくる。
八重はそのすべてに不快感を表し、スマホで時間を確認したあと、足を進める。
八重が居間に到着すると、その中央には圧倒的な威厳を放つ老人が座布団に腰を下ろしていた。
彼の名は、堂島 源三(どうじま げんぞう)。
八重の、実の祖父にあたる人物である。
そして祖父には、もう一つの顔があった。
『仁侠集団 堂島組五代目 組長 堂島 源三』
そんな祖父の孫の一人が八重なのである。
八重の祖父は地域の人間に慕われており、極道の者にしては一般人の信頼が固い人物だ。
「おぉ、八重。起きたのか、おはよう」
「……おはよ」
居間に来るまで悪態をついていた八重もさすがに祖父には挨拶をした。
少なくとも八重は、祖父には信頼を寄せているようだ。
「朝飯は食べていくか?」
「太るし、いらない」
温和な表情の源三は、八重の発言にそうかそうかと笑って返答し、湯呑みを口につけた。
居間に並べられた数々の朝食は、八重に食べてもらえずに少し寂しそうに見える。
「ねぇ、愛梨は?」
「んん? 愛梨なら随分と前に家を出たみたいだぞ」
「……へぇ」
八重は少しだけ目を細めると、不愉快そうな表情をして踵を返した。
「あたしも行ってくる」
「……お嬢、帰りはなるべく早く帰ってきてくだせい」
源三の近くに腰を下ろした男は、家を出ようとする八重に声をかける。
「はぁ? なんでよ」
「最近物騒な輩がウロついてるらしいんで、もし八重お嬢になにかあれば……」
「そんなのアンタ達の仕事でしょ!? なんでいちいち帰る時間を決められなきゃなんないのよ! まじでうざいっ」
「す、すいやせん」
大袈裟にイラついた声が居間に響いた。
八重は頭を下げる相手に、少しだけ顔を引き攣らせると罰が悪そうに顔を背ける。
「あたし、もう行くからっ」
「……八重、気をつけて行っておいで」
八重は荒い足音で、居間を出て行った。
後ろから聞こえた源三の優しい声に、八重わずかに動きを止めるものの、振り返りはせずそのまま家を後にするのだった。



