君と歌姫はじめました!

***

数学のプリントに赤ペンで大きな丸を付けた瞬間、

有栖は机に突っ伏した。

「おわっっったぁ……」

魂が抜けきった声だった。

隣で英語のノートを閉じた零が、小さく笑う。

「お疲れさま」

「絶対今日寿命縮んだ……」

「大袈裟だなぁ」

「大袈裟じゃないもん……二次関数が私を殺しに来てた……」

有栖は半泣きで唸る。

途中で三回逃亡しようとしたのを、零に捕獲されていた。

窓の外を見ると、もう真っ暗だった。

夕方だった空はすっかり夜に変わっていて、

住宅街の明かりがぽつぽつと灯っている。

「うわ、もうこんな時間?」

「結構やってたからね」

「えぇ……」

時計は九時を回っていた。

その時、こんこん、と軽いノックが響いた。

「はーい」

有栖が気の抜けた返事をすると、ドアが開く。

「二人とも、ご飯できたよー」

顔を覗かせたのは有栖の母だった。

有栖によく似た、朗らかな雰囲気の女性。

「あ、そうだ。零くん、今日は泊まってくの?」

あまりにも自然な問いかけだった。

零も同じくらい自然に答える。

「まだ決めてないです」

「泊まってきなさいよ〜。もう遅いし」

「そうだよ零、泊まってけば?」

有栖も当然みたいに言う。

家が近いとはいえ、もう夜だ。

それに、零が泊まること自体は昔から珍しくもなんともない。