三日目には、屋敷が完全に機能停止した。
無意識に巡らせていた風の結界が消えたことで、室内には湿気と嫌な臭いが立ち込め、豪華な調度品はみるみる埃に埋もれていく。
「お姉ちゃん! 汚いよ、お腹すいたよぉ!」
フルールが泣き叫びながら扉を叩いたが、私は動かなかった。
皆が「お姉ちゃんならやって当然」と信じて疑わなかった清潔な空間も、温かい食事も。
そのすべてが、私の『風魔法』を極限まで転用した、私にしかできない「仕事」の産物であったことに、彼らはようやく気づき始めていた。
廊下からは、空腹と不潔さに耐えかねた父と継母の、醜い罵り合いが聞こえてくる。
「……馬鹿みたい」
私はすべてを拒絶するように、再び底のない暗闇へと、意識を沈めた。
泣きすぎて腫れあがった目とは裏腹に、長年居座っていた重たい隈が消えた四日目の朝。
私は、いつもの朝食の時間から数時間ほど遅れて食堂に向かった。
食堂の前の廊下では、老執事のセドリックが疲れ切った顔で控えていた。
「ソフィアお嬢さま、お目覚めですか」
「セドリック、どうしてここに……」
「ご命令に背き、申し訳ございません。ですが、パンの焼き方すら知らぬ皆さまが、お部屋を伺う勇気も、私共へ声をかける余裕も持てぬまま、ただ力なく廊下を彷徨っていらしたので……」
「ごめんなさい……あなたたちにも休んでもらおうと思ったのに、結局家族が迷惑をかけてしまったわね」
「いいえ。年老いた夫婦で、普段からお嬢さまのお役にたてることも少なく……ミレーヌ前伯爵がお亡くなりになられてから、一度も立ち止まることなく走り続けてこられたお嬢さまの、初めての我がままです。少しでもお力になれればよかったのですが……」
そう言うと、セドリックは心底申し訳なさそうに俯き、惨状を報告した。
「屋敷の中は、旦那さまが金策のために奥さまの宝石に手を伸ばしては、奥さまがそれに激昂し、台所から居間に至るまで物であふれかえっております。フルールお嬢さまは空腹のあまり、庭の雑草を魔法で無理やり肥大化させ、庭園を毒々しい樹海に変えてしまわれました」
「……家族は今、どこに?」
「今は恐らくどうにか朝食を調えられて、食堂で召し上がっているかと」
「わかったわ。セドリック。しばらく屋敷の後始末をするから、あなたたちは今度こそ休んでちょうだい」
「は、はい。お嬢さまがそう仰るのでしたら」
立ち去ろうとする彼の背に、私はふと思い立って声をかけた。
「あと――部屋の前に置いてあった差し入れ、ありがとう。おかげで助かったわ」
セドリックは怪訝そうに足を止め、ゆっくりとこちらを振り返った。
「……差し入れ、でございますか? 私は一度も、お嬢さまの部屋の前までは」
「え?」
――じゃあ、いったい誰が?
喉の奥に、得体の知れない苦いものが込み上げてくる。
私は今度こそ彼を見送ると、重い食堂の扉に手をかけた。

