繋ぐ手は何度でも

十月某日。



晴れの日に相応しい青空と、少しだけ冷たい風が吹いていた。



式場の前に立つだけで、胸の奥がざわつく。



光沢のあるグレーのセットアップ。

こんな日はスカートを選ぶべきだと分かっていながら、私はパンツスタイルを選んだ。



真っ赤なリップで唇を色づける。

鏡に映る自分は、少しだけ“仕事用の顔”をしている。



七センチのヒールを履けば、背筋が伸びた。



強く、気高く、できるイイオンナ。



それは今日のために纏った鎧だった。



隙ひとつなく。

泣いている女だと思われないように。



かかとを高く踏み鳴らし、私は会場へと足を踏み入れた。



「知!」



少し離れた場所から声が飛んできた。



振り向くと、手を振る二つの影。



木津彩と宮本聡美。



「久しぶりじゃん!」

「ほんと、やっと来たって感じ!」



「うん、久しぶり。二人とも元気そう」



「元気“そう”じゃなくて元気なの!」

「スタンプ一個で返す女は言うこと違うわね」



「仕事溜まってたの、ほんとに」



三人で笑うと、ほんの少しだけ空気が軽くなる。



相変わらずだ。



二人とも子どもがいて、生活もあって、それでもこうして来てくれる。



「知さ、今日ちゃんと来て偉いじゃん」



「まぁね、呼ばれたし」



「結のとこだもんねぇ」



その一言で、少しだけ胸の奥がざわついた。



「受付まだでしょ?一緒行こ」



彩に背中を押されて歩き出す。



その途中で、松川と目が合った。



「佐藤」



「はい……松川?」



拓未の親友、松川が軽く顎を上げる。



「こっち、新郎側の受付」



「了解」



受付へと進む。



名前を書き、ご祝儀を渡す。

形式的な動作が、現実だけを積み上げていく。



新婦側の受付にも軽く頭を下げると、柔らかい笑顔が返ってきた。



「ありがとうございます」



「おめでとうございます」



その言葉の意味だけが、少しずつ遠くなっていく。



「知」



その声に振り返った瞬間、空気が変わった。



グレーの視界の先に、銀の気配が立っていた。



グレーのタキシードを纏った拓未。



光の加減で、その色はわずかに銀色に揺れて見える。



同じ温度の色。



そう思ったのは、一瞬だけだった。



「来て、くれたんだ」



「どっちも知ってる人間だったから」



淡々と返した声は、思った以上に静かだった。



周囲から、軽い冷やかしが飛ぶ。



「おいおい、新郎登場じゃん」

「なんかドラマみたい」



笑い声の中で、拓未だけが一歩近づく。



その距離が、やけに現実だった。



「この度はご結婚並びにご懐妊、おめでとうございます」



言葉を落とした瞬間、空気が止まる。



たった一拍。



その一拍が、やけに長い。



拓未の呼吸が止まる。



何かを言おうとして、口を開きかけて、やめる。



そのまま、言葉が消えた。



「佐藤さんじゃないか!!」



空気を切るような声。



控え室から出てきた男性がこちらへ歩いてくる。



新婦・結の父親だった。



「田中社長、ご無沙汰しております。この度は結さんのご結婚、誠におめでとうございます」



深く頭を下げると、男は豪快に笑った。



「あぁ、ありがとう!結も拓未くんも、君とは浅くない付き合いだからな。必ず呼ぶようにって言ってあったんだよ」



「お祝いの席にお招きいただき、ありがとうございます」



形式的な言葉が、場の空気を“祝福”へと戻していく。



けれど、一度止まった時間だけは、まだ動き出していなかった。



拓未は、何も言わなかった。



ただ、その場に立ち続けていた。