家から少し歩いたところにある、小さな公園。
春になると桜が綺麗だと有名な場所らしい。
「想くんがこういうところ誘ってくれるなんて意外だな」
「悪い?」
「悪くないよ」
想くんは人混みが苦手そうだし。
休みの日は課題をしているイメージしかない。
「桜、好きなの?」
聞くと、想くんは少し考えた。
「……嫌いじゃない」
「曖昧」
「綺麗だとは思う」
「そっか」
そんな会話をしながら歩く。
公園の中へ入ると、そこにはまだ満開には程遠い桜の木が並んでいた。
枝の先に、小さな蕾。
あと少しで咲きそうな淡い色。
「まだ咲いてないね」
私が見上げる。
「うん」
「それなのに見に来る人いるんだね」
周りには、私たち以外にも何人か桜を見上げている人がいた。
「咲いてから見るものって思ってた」
そう言うと、想くんは桜を見たまま答えた。
「咲く前も桜だろ」
「……」
想くんらしい答えだった。
「まだ途中だから意味がない、じゃなくて」
「途中には途中の良さがある」
静かな声。
でもその言葉が、なぜか胸に残った。
「想くんって」
「ん?」
「たまにすごく優しいこと言うよね」
言った瞬間。
想くんが少しだけ目を逸らした。
「普通」
「またそれ」
「本当に普通」
「絶対違うと思う」
思わず笑う。
前なら想くんが何を考えているのか分からなかった。
でも今は、少しだけ分かる気がする。
照れた時。
困った時。
嬉しい時。
ほんの少しだけ表情が変わる。
「……茉桜」
「なに?」
呼ばれて振り向く。
想くんは少し迷うように口を開いた。
「前より」
「?」
「笑うようになった」
予想していなかった言葉に、目を瞬く。
「え?」
「最初、ずっと無理して笑ってるように見えた」
胸が少しだけ痛む。
引っ越してきたばかりの頃。
湊都のことで傷付いて。
新しい環境に馴染もうとして。
きっと私は、平気なふりをしていた。
「でも」
想くんは続ける。
「最近は、本当に笑ってる」
その言葉に。
胸の奥が温かくなった。
「……想くん」
「ん」
「ありがとう」
何に対してのお礼なのか。
自分でも分からなかった。
助けてくれたこと。
気付いてくれたこと。
隣にいてくれたこと。
全部。
想くんは少しだけ困ったような顔をする。
「礼言われることじゃない」
「でも」
「……じゃあ」
少し間を置いて。
「これからも笑ってればいい」
その言葉に、自然と笑顔になる。
「うん」
まだ桜は咲いていない。
でもこの時間は。
満開の桜を見る日よりも、きっと忘れない気がした。
