気付けば、隣にいた  - 無愛想な同居人は、不器用に優しい。 -



春休み。

大学へ行く必要がなくなった桜ノ木ハウスは、いつもより少し静かだった。


「……なんか変な感じ」


朝、リビングへ降りると、私は思わず呟いた。

いつもなら誰かの起きる音。

キッチンから聞こえる食器の音。

希遥さんの明るい声。

そんな日常がある。

でも。


「みんな予定あるからね」


柊弥さんがコーヒーを飲みながら笑う。


「柊弥さん仕事ですもんね」

「うん」

「社会人って凄いな〜」


都庁に就職した柊弥さんは、毎日決まった時間に起きて、ネクタイを締めて家を出ている。

大学生とは、やっぱり別世界にいるようだ。


私と想くんは、3年生になる。

大学へ入学した時は、まだ何も分からなくて。

新しい環境に慣れるだけで精一杯だった。

でも気付けば、この家で暮らし始めて。

たくさんの人と出会って。

いろんな出来事があった。


「茉桜ちゃんは?」


希遥さんがキッチンから顔を出す。


「今日は?」

「私は課題の整理です」

「真面目〜」

「教育実習の準備もあるので」

「先生になるんだもんね」


そう言われると、少し照れる。


「ちゃんと先生になれるかな」


ぽつりと漏らすと。


「茉桜なら大丈夫」


すぐに希遥さんが答えた。


「優しい先生になると思うよ」

「……ありがとうございます」


こういうところだ。

希遥さんはいつも、迷っている時に欲しい言葉をくれる。


「想は?」


柊弥さんが聞く。


「もう出た」

「早」

「建築の課題じゃない?」

「春休みなのに大変だねぇ」


その名前が出ただけで。

なぜか少しだけ意識してしまう。


「……」


自分でも不思議だった。

冬までとは違う。

湊都とのことが終わって。

想くんに助けてもらって。

あの日から想くんを見ると。

前とは少し違う気持ちになる。

でも、それが何なのか、まだ、私には分からなかった。


「茉桜ちゃん?」

「え?」

「今、想のこと考えてた?」

「え!?」

「顔に出てた」

「出てません!」


慌てて否定すると、希遥さんと柊弥さんが笑う。

春の暖かな風が、窓から少しだけ入り込む。

もうすぐ桜がく季節になる。